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「ロック・ギターの時代」を築き上げた二人の伝説的ギタリストの共演を目撃!

 先日、『レコード・コレクターズ』5月号の特集のために、『レコード・コレクターズ』の執筆者で琵琶奏者でもある後藤幸浩さんと打ち合わせをしてきた。4月号に掲載した「予告」を見ていただければわかるが、5月号の特集はマイルス・デイヴィスの名盤『カインド・オブ・ブルー』。ジャズの歴史の中で、モード奏法を広く世に知らしめたことでも有名な問答無用の傑作アルバムだ。

 特集のテーマのひとつとして密かに考えていたのは、そのモード手法の、ロック、それも60年代末から70年代初頭のロックへの影響について考えてみる、というもの。以前のジョン・コルトレーン特集(93年8月号)のモード手法について説明を加えていただいた記事でも言及されていたテーマだが、その後、モード手法の一般化という意味でより影響力を持っていたアルバム『カインド・オブ・ブルー』の、ロックやソウル/R&Bアーティストに対する影響に関する具体的な例(ジェイムズ・ブラウンからピンク・フロイドまで!)を知ることができたのと、その『カインド・オブ・ブルー』の50周年記念レガシー・エディションがこの3月18日にリリースされることもあり、93年の記事の発展的続編を掲載するにはいいタイミングだろうということになったのだ。

 その実際の内容は、5月号の特集をお楽しみに、というしか今はできないが、打ち合わせの中で、「どうしてロックの人たちは、ジャズの世界で生まれた、そのような“新しい”方法論を、より柔軟な形で受け継ぐことができたのでしょうか?」という筆者の問いに、後藤さんが答えてくださった一言が強く印象に残った。

 「それはロックがギターの音楽だからでしょう」

 ジャズの世界においては、モードのような脱西欧的ヴェクトルを持った音楽手法と、平均律にきっちり調律されたピアノのような楽器との相性の悪さがしばしば問題になってきたこともあったのだという。しかし、60年代後半から「ギタリスト優位の時代」を迎えていたロックは、シンプルな構造を持ち、ブルー・ノートのような非西欧的な音階にも簡単に対応できたギターという楽器を武器に、より柔軟に新しい感覚を身につけていくことができたのである。

 それでは、ロックンロール──ロックにおいて、そんなギタリスト優位の時代を作ったのは誰か? 少なくとも、いわゆる「三大ギタリスト」という言葉に象徴されるような、何人かのブリティッシュ・ロックの有名ギタリストたちの貢献度が非常に高いことは間違いないだろう。その三大ギタリストのうちの二人、エリック・クラプトンとジェフ・ベックが日本で共演コンサートを行なった。

 たまにイヴェントなどで共演する機会もなくはない二人で、先日リリースされたジェフ・ベックのDVD『ライヴ・アット・ロニー・スコッツ・クラブ』でもそんな共演シーンは見られたのだが、二人の名を冠したフルでの競演/共演コンサートが、それも日本において生で見られるというような機会は、どう考えても最初で最後。これを見逃したら一生後悔する、というような歴史的イヴェントになる。というわけで、大きな期待を胸に、3月21日、さいたまスーパーアリーナに出かけてきた。

 コンサートは、1部がジェフ・ベック、2部がエリック・クラプトンの単独公演、そして第3部がいよいよ二人による共演、という事前に予想された通りの構成で進行した。


ジェフ・ベック(左)とエリック・クラプトン
photo: ニシムラユタカ
提供:ワーナーミュージック・ジャパン


 ジェフ・ベックに関しては、当編集部の杉原クンが、2月の単独公演の様子をすでにリポートしているので(http://mediasabor.jp/2009/02/post_592.html)詳しくは触れないでおくが、初めてギターという楽器を手にした時の感動と驚き、そして限りない好奇心をもった、子供のような感性でもってギターに挑み続けたジェフ・ベックの、何とも微笑ましい永遠なるギター小僧ぶりが、見ていて何とも楽しかった。

 会場の中にかなりの割合でいたに違いない「かつてのギター少年」たちも、ステージ上のスクリーンの映像にジェフの手許がアップになるのを食い入るように見つめていたに違いない。ギター・ロックの時代は「聞きながら弾く」時代でもあったのだ。今回ジェフが連れてきた可憐な新鋭女性ベーシスト、タル・ウィルケンフェルド(86年生まれだそうだから、まだ22歳?)の存在も、ギター少年だったオヤジたちにアピールしまくり! ジェフ・ベックとオーディエンスが、ギターと女の子を媒介にして心をひとつにする、そんなロックの幸福な時代を思い出させてくれたステージだった。硬質なトーンの中で時折聞かせるジェフ独特の泣き節は、青春の味だったのだ。

 「エレキ・ギター」を前面に出したジェフ・ベックのステージに続いて始まったエリック・クラプトンのパートが、通常のセット・リストの前後関係を入れ換え、アクースティック・セットからスタートしたのはなかなか斬新な演出だった。しかも「いとしのレイラ」を、あの大ヒットアルバム『アンプラグド』に収録されていたのと同じアクースティック・ヴァージョンで聞けたのは嬉しかった。エレキ・ギター中心のロックの時代を作ってきた張本人が、エレクトリックな「音圧」を敢えて排除した中でシンプルに聞かせた「歌」の魅力! 『アンプラグド』が、そんなロック・ミュージックの中に潜んでいた優雅な雑食性を暴き出す、結構斬新な試みでもあったのを思い出す。

 この夜聞けた「レイラ」のアクースティックなバラード・アレンジは、そんな試みを象徴する一曲でもあったのだ。それをエリック自身がやったことの意味はあまりにも大きかった。そして結果として大ヒットした『アンプラグド』で聞かせた歌の魅力が、90年代以降のエリックのキャリアを支え続けている、というのは皆さんご存じの通りだ。

 こう考えてくると、90年代ぐらいから、ジェフとエリックという2大ギタリストたちが、どちらもそれぞれのアプローチで「歌」への傾斜を一段と深めて来ているのだ、ということにも思い至って、ギター・ロックのそれぞれの成熟のあり方に対して感慨を新たにする。

 ジェフに対して、あくまでオーソドックスなブルース・ロック、つまりブルースを中心とする黒人音楽の「感性」と「技法」を取り込むことによって(当然、ヨーロッパ近代的な感性による「変換」が作用している部分もあるが)60年代後半以降のロック・ミュージックの基盤を作り上げてきた、という自分の立場を過剰に意識していたようなエリックのステージは、やや一本調子に聞こえる面がなくもなかったが、それはジェフとの共演を前にしてのウォーミング・アップみたいなものだったのだろう。

 そしていよいよ二人の歴史的な共演がスタート。この第3部は、エリック・クラプトンのバンドにジェフ・ベックが合流する形で実現した。先の『ライヴ・アット・ロニー・スコッツ・クラブ』でもエリックとの共演を見ることができた、マディ・ウォーターズのブルース・ナンバー「You Need Love」に始まるこのパートは、クラプトンの昔のバンド、クリームのブルース・ロック・ナンバー「Outside Woman Blues」なども含んだブルース─R&B色が強いもので、派手さはなかったが、さながら彼ら二人が共通のルーツに立ち戻ってみせてくれているようでもあった。カーティス・メイフィールドの96年の遺作『ニュー・ワールド・オーダー』からの曲「Here But I'm Gone」が挟まれていたり、最後のアンコール・ナンバーがスライ&ファミリー・ストーンの「I Want To Take You Higher」だったりしたことも考え合わせると、彼らが「ルーツ」をより柔軟に、モダンなものとして捉えていることも伝わってくる。

 この第3部では、歌は基本的にエリックが担当(一部、エリックのバンドのギタリスト、ドイル・ブラムホールIIが歌った場面も)、ジェフ・ベックはバック・バンドの、ちょっとでしゃばりなリード・ギタリスト、というような役割分担だった。しかし、ソロ・パートになると、エリックもギター・ソロを弾き始める。そんな中で、ギター小僧ジェフが遊び心たっぷりのフレーズで攻めまくると、珍しくエリックがムキになって、いつもより野太いトーンでアグレッシヴなソロを弾き始めた瞬間があった。しばらく忘れていたエリックのねちっこいギター・フレーズでグイグイと押される感覚! 最近はどちらかというと渋さで売ってるようなところのあるエリックも、やっぱりギター少年の心は忘れてはいなかったのだ。このシーンを見ることができたのが、個人的にはこの夜の一番の収穫だった。

 

 

 


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