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旧反政府ゲリラ組織の候補が当選---中米エルサルバドル大統領選挙

 中米の小国エルサルバドルで3月15日、大統領選挙が行われた。野党FMLNの候補マウリシオ・フネス氏が、僅差で与党の候補に勝利したのである。FMLNは1980年代の内戦で反政府ゲリラだった組織で、今回の歴史的な選挙結果はこの小国が世界的に報道される契機となった。反米的な言動で知られるベネズエラのチャベス大統領をはじめ、中南米では近年に次々と左翼政権が誕生。このような左傾化が、エルサルバドルにも押し寄せた形となった。


▼選挙の2週間前に現地を訪問
 
 私は今年3月上旬、この国に足を運んだ。隣国グアテマラから陸路で越えての入国だった。自慢ではないが、私は今回この国を訪れて、ラテンアメリカすべての国に行ったことになる。

 それまで私がこの国へ渡航しなかったのは、エルサルバドルに文化的な特徴がなく、特にめぼしい観光名所もないからだ。この記事を読んでいる人も、エルサルバドルの国情どころか、場所でさえ知らない人も多いに違いない。

 エルサルバドルのことが日本で最も多く報道されたのは、1980年代の内戦に関してだろう。それまでの弾圧的な親米軍事政権に対して、FMLN(ファラブンド・マルティ民族解放戦線)という反政府ゲリラ集団が組織され、1980年に内戦が勃発。1992年の和平合意まで、およそ7万5千人の犠牲者を出した。ちなみに、映画『イノセント・ボイス---12歳の戦場』(2006年日本公開)は、この作品の脚本家が自分の体験をもとに、1980年代の内戦の様子を描いている。

 さて、私がこの国に滞在していた時は大統領選の2週間前で、選挙運動の真っ最中だった。与党ARENA(民族主義共和同盟)と野党FMLNは、街中の選挙広告の数はざっと見た感じ同じくらい。最近の世論調査でも両党は拮抗していた。ただ私の印象としては、貧困層に支持の高いFMLNの方が、勢いがあるように思われた。


FMLNの巨大な選挙ポスター

▼それまでの親米政権が崩壊
 
 1992年の和平合意によって、エルサルバドルの内戦が終結した。反政府ゲリラのFMLNは政党として合法化され、野党として国会や地方自治体に議員を輩出する。民主的な政権が誕生したが、内戦で壊滅的な被害を受けたエルサルバドルは、親米的な政策をとるほかに手段がなかった。

 与党ARENAは、米国べったりの政権だった。1989年からのARENA政権は、対米従属と新自由主義路線を続けていた。米ブッシュ政権時代にエルサルバドルは、中南米諸国で数少ないイラクへの派兵を実施。一方で貧富格差の拡大や犯罪増加などの諸問題は解消されず、20年間の政権は疲弊して国民の支持を失っていく。

 2006年3月の国会および自治体の総選挙で、ARENA政権を揺さぶる選挙結果が出た。首都サン・サルバドルの市長に、野党FMLNの女性候補ビオレータ・メンヒバル氏が当選したのである。また2009年1月の総選挙では、FMLNが国会で第一党に躍り出た。

 今回の大統領選挙で当選したマウリシオ・フネス氏は、テレビ局の記者やレポーターとして活動してきた。また近年は政治討論番組の司会者として知られ、ARENA政権を激しく批判することもあったそうだ。そんな著名なテレビキャスターを、FMLNは大統領候補として立てる。反政府ゲリラだったFMLNが、戦闘員経験のない候補を立てた初めての選挙でもあり、より幅広い有権者の支持を集めることとなる。


▼中南米の左傾化とこの国の行方
 
 私が各国を取材し、庶民の声を聞いてきた経験からも、中南米では全般的に反米および嫌米感情が高いと言えよう。これはかつて米国が中南米を裏庭と化して、自分たちに都合のよい政策を押し付けてきたからだ。さらにグローバル経済への反発、イラク戦争による嫌米感情の高まりも影響している。

 ベネズエラのチャベス大統領に代表されるような反米的な国家元首が、近年ラテンアメリカでは次々と誕生。こうした中南米全域の左傾化が、エルサルバドルにも押し寄せた形となった。今やこの地域で親米路線を続けているのは、メキシコやコロンビアなど少数派である。

 エルサルバドルでの大統領選挙に関してだが、FMLNは去年の一時期、圧倒的な支持を集めていた。しかし与党ARENAが盛り返し、選挙直前の世論調査では両者が拮抗。得票率の結果はFMLNが51.3%、ARENAが48.7%と、僅差での勝利となった。

 FMLN新政権は外交面では、反米的な近隣国との接近も考えられる。1959年の革命後に国交を断絶した社会主義国キューバと、国交回復が期待される。しかしマウリシオ・フネス氏は選挙公約の中で、米国とはある程度の関係を維持すると表明。中道左派のブラジル、チリのような、穏健な政権になると予想されている。

 選挙結果に見られるように、この国の世論は二分している。また今年1月の総選挙では、首都サン・サルバドルのFMLNの現職市長が、再選ならずに敗退した。こうした状況からも、新大統領は難しい舵取りを強いられそうである。


【関連情報】

○外務省 各国地域情勢/エルサルバドル
http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/elsalvador

○エルサルバドル議会選、元左翼ゲリラが第1党に(AFPBB News)
 今年1月の総選挙に関する記事
http://www.afpbb.com/article/politics/2560287/3697953

○中米エルサルバドルの総選挙(JANJAN)
 2006年の総選挙に関する筆者の記事
http://www.news.janjan.jp/world/0604/0603311706/1.php?action=tree

○映画『イノセント・ボイス---12歳の戦場』公式サイト
http://www.albatros-film.com/movie/innocent-voice

○『イノセント・ボイス---12歳の戦場』映画評
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=5898


【編集部ピックアップ関連情報】

○毎日がラテン 「サルバドル 遥かなる日々」2009/03/17 
 この映画は1980年1月にFMLNが首都サンサルバドルを一斉攻撃した
 事件を中心に、その前後のエルサルバドルの恐ろしい現実を描き
 出しています。実は、私は1979年末にグアテマラに着き、80年3月に
 エルサルバドルに入りました。この時、この地域の情勢をまったく把握
 していなかった私は、平気で旅行していたのですが、バスで一緒になった
 カナダ人と話をしていて、エルサルバドルではすさまじい内戦が起きて
 いて、多くの人が死んでいると聞かされました。そして、
 「絶対にエルサルには行くな。死ぬぞ」と忠告されたのです。
http://latename.blog113.fc2.com/blog-entry-10.html

 

 


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