Entry

正直言って・・・「よく、わかりません」!? フィンランド2008年ベスト・グラフィック・デザイン&広告大賞レポート

 フィンランドといえば、北欧=デザインの国と連想する方も多いだろう。実際に、シンプルなぬくもりと機能美を備えたインテリア、テキスタイル、テーブルウェアの数々に囲まれて暮らしていると、「デザイン」や「アート」に無頓着で生きているのは、ワインの美味しい国に住んでいながら下戸で飲めないのと同じように、もったいない気がしてくる。

 そんなズブの素人でも気軽に出入りができ、かつ、ありとあらゆるフィンランド・デザインのプロモーションを取り行っているのが、ヘルシンキにあるデザイン・フォーラム・フィンランド。1875年に設立された、世界で2番目に古いフィンランドのデザイン・クラフト協会によって運営されている非営利振興協会だ。

 今回は、そのデザインフォーラムで現在展示中の、Vuoden Huiput (2008年ベスト・グラフィック・デザイン&広告大賞)に注目してみた。同コンペはグラフィック・デザインのプロフェッショナル団体、グラフィアの主催で、プレス関係、一般客はもちろんのこと、メディア・リテラシーの学習用に中学、高校生向けの特別入場日も設けて公開されている。

 昨年中に提出された1319作品の中から、グラフィック・デザイン、出版物、紙広告、マーケティング・コミュニケーション、TV広告、ラジオ広告、ポスター、宣伝コピー、デジタル・メディア、写真・イラストレーション、若手部門、特別賞の12部門において、11作品に金賞、29作品に銀賞、48作品に栄誉賞、また若手デザイナーには“はしご賞”が授与された。

 入口に近かったこともあるが、まず目についたのが、紙広告部門の金賞、ファイザー社のペットの寄生虫駆除薬の広告。グロテスクながらも瞬時に商品の内容が理解でき、それでいて見えないものを、じわっと見せる効果が評価されたという。特別入場日に来た学生達からも一番の注目を集めた。

  
紙広告部門の金賞“Norjalainen metsäkissa(ノルウェーの森猫)”
制作:Mainostoimisto PHS
クリエイティブ・ディレクター:Mikko Toivonen
クライアント:Pfizer


 テレビCMの金賞は、フィンランド人男性一人一人がインタビューに答えるドキュメンタリー形式のもので、クライアントは国営の宝くじ会社、ヴェイッカウス。緊張して黙る者、気さくにべらべら話す者、熱く語る者など、素朴なフィンランド人男性をうまく抽出しており、背景の何の装飾も施されていないスタジオもシンプルで潔い。ヴェイッカウスは、マーケティング・コミュニケーションの部門でも銀賞を受賞しており、くじで使われる数字が印字された黄色いボールをデザインにあしらったベビー服や傘などのグッズの数々に、日本人としてかなり興味が惹かれたが、これらの品々は会社関係者などのごく一部に配布しただけで、商品化される予定はないという。この辺の商魂あっさりしているところが、とてもフィンランドらしい。


こんなかわいいグッズ、私なら欲しい!が、量産の予定は無し。
マーケティングコミュニケーション部門の銀賞
“On Lottovoitto syntyä Suomeen: Lottokousi”
制作:Mainostoimisto PHS
クリエイティブ・ディレクター:Erkko Mannila
クライアント:Veikkaus


 さらに、ポスターと写真の2部門で金賞に輝いていたのが、水道の蛇口やシャワーなどの水回りの金属を組み合わせて作られたキュビスタという作品で、クライアントは蛇口メーカーのオラス。水回りはフィンランド人が家を建てたり、リノベーションをしたりする時、センスの見せどころと言わんばかりに気にかけるキーポイントだ。このピカソのキュビズムを意識した作品は、一般的にどこでも見られるオラス社の製品が、洗練されたデザイン・アートとなり見直された点で、ブランド・イメージが向上したと評価された。


硬質な洗練されたアートが感じられる蛇口のコンビネーション
ボスターと写真の二冠王“Cubista”
制作:Taivas/アート・ディレクター:Nestori Bru(:)ck
写真:Christian Yakowlef
クライアント:Oras


 また、宣伝コピーの部門で金賞に輝いた“En ihan ymmärrä(よくわかりません)”は、ショッキングピンクで国立現代美術館、キアズマの建物に立てかけられていたスローガンで、数多くの人が「勇気ある発言」と褒め称えていた。実際に、キアズマに足を踏み入れるたびに、いくつかの斬新過ぎる作品を目の前に、これを悪趣味と思っていいのか、思ってしまうほど理解が浅いのか、と頭を垂れていた人々にとって、このスローガンは周囲の人と「あれは別にわからなくても良かったんだ」と確認し合う、ブレーク・スルー的な役割を果たしたという。それにしても、その一言を美術館自らがスローガンとしてしまう、正直さ。これにもまた、わからないことをうやむやにせず、正面から「わかりません」ときっぱり言うフィンランド人の国民性が感じられた。


マンネルヘイミン通りを走るトラムの中から、人々が呆然と眺めていた
このコピー。その名も「よくわかりません」
コピー部門の金賞“En ihan ymmärrä
制作:Mainostoimisto PHS
クリエイティブ・ディレクター:Eka Ruola
コピーライター:Helmi Korpinen
クライアント:国立現代美術館Kiasma



 最後に、若手向けの “はしご賞”を獲得した、Onnen pisaroita(幸せのしずく)という作品を紹介しておこう。こちらはなんと、友情の日(2月14日)の記念切手である。ちょうどそのころ、郵便局のカウンターで、局員のおばさんが本当に嬉しそうに、「これが切手だなんて信じられないでしょう?」と封筒に張ってくれたので、記憶にも鮮明だった。フィンランドの郵便局は、切手だけではなく、封筒や箱にもマリメッコやイヴァナ・ヘルシンキなどのフィンランド・ブランドとのコラボ商品がある。――この辺の柔軟性は日本の郵便局が見習ってもいいかもしれない。


花びら一枚一枚が切手になっている “幸せのしずく”。
フィンランドの切手はシールになっているので、本当に
花びらをめくるような感触も楽しめた。

“はしご賞”受賞作 “Onnen Pisaroita”
グラッフィック・デザイナー:Janine Rewell
クライアント:郵便局Itella

 以上、受賞作の数々を紹介してきたが、審査員長のペトリ・ペンソネン氏によると「全体的に良い作品が集まったが、圧倒的にすごいものはなかった。特にマーケティング・コミュニケーションの部門には、産業の構造が目まぐるしく変わっている現在において、遅れを取らないよう警鐘を鳴らしたい」とのこと。一方、今回のコンペを振り返って、グラフィック・デザインと広告に関して、全体的にフィンランドらしい特徴は何かと、グラフィアのPR担当カッチャ・オヤラさんに質問したところ、「うーん、それが一番良くわからないわね」と率直なコメントが返ってきた。ただ、一つだけ言えるのは、フィンランドの広告業界では上下関係も厳しくなく、和気あいあいと気軽に多方面にわたる他分野のクリエイターらとのコラボレーションが生まれやすいこと。――これは、人口が少ない国ならではの特権なのよ、とオヤラさんはやや誇らしげに締めくくった。

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/1048