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レックス・ノキア最終決議と深刻化するフィンランドの飲酒問題

 まずは、前回(縮小する携帯市場。日々是、フィンランドのメディアをにぎわすノキア小噺2話 http://mediasabor.jp/2009/03/2_4.html)お届けした「レックス・ノキア」の続報から。

 日本やアメリカなど、資本主義の国ではさほどの抵抗もなく浸透していった、“勤務先でのメールの検閲”がフィンランドでは憲法とプライバシーの侵害との壁にぶつかり、長期にわたる大論争に発展した様子をお届けした。そして3月4日の最終決議は、賛成96、反対56により可決。ようやくテレビから目が離せない日々が終了した。

 さて、テレビから目が離せないといえば、最近、独占企業である酒類販売チェーン、アルコが、アルコール依存症クリニック財団や国立健康福祉研究所、子ども福祉協会との共同制作のCMを流している。パパ編とママ編の2通りがあるのだが、かわいいアニメーションで楽しく父子、母子が遊んでいるものの、父母ともに、お酒が入ってくると次第に遊びに毒々しさが加わっていき、最後には子どもがおびえて固まってしまう、というものである。「あなたはお酒を子どもの前でどう飲みますか?」という締めの言葉にも込められているように、アルコールによる害は、この国では大きな問題だ。

 2008年12月に報じられたヘルシンギンサノマット紙(インターネット版)によると、35歳以下の若者のうち約20%が、アルコールに依存性や問題を抱えているという。ヘルシンキ大学のハンヌ・アホ教授によると、「(フィンランド人の間で)飲酒がコントロール不可能なほど激しくなるのは20代で、60代の退職する頃になって再び第二の波がやってくる」のだそうだ。そして、国立保健機関(KTL)によれば、飲酒がらみの問題を起すのは、40代の男性に最も多くその傾向がみられるそうだ。

 飲酒問題には、過剰摂取による欠勤、人間関係の悪化、酒気帯び運転などがあげられる。ある企業の人事部に勤める友人は、一時期、従業員の勤務時間中の飲酒を取り締まるのに腐心していると漏らしており、フィンランド統計局によると、飲酒がらみの死者数の割合が1969年から2007年にかけて、約1万人に1人だったところが、2500人に1人と、右肩上りに伸びている。各自治体や地域では、アルコール依存症患者が集うホームが設立されており、それらの親たちによって心身を傷つけられた子ども達、いわゆるアダルトチルドレンの心のケアをする自助グループも活動している。

 前述のアルコが独占企業の形態をとっているのは、アルコールの流通を一手に把握し、状態によっては国がすぐに介入できるように、ということらしい。フィンランドでは、飲酒問題が悪化するたびに酒税が引き上げられてきた。若者の間で飲酒問題が蔓延するということは、すなわち、“国の主要な納税者の戦力減退”という計算になるからである。国立保健機関の調査によると、飲酒問題を抱えている若者の多くは、無職あるいは低学歴で、35歳以下の若者においては、何らかの精神障害にかかっている割合が多いという。特にこの不況の中、就職に対する不安から35%もの若者が気分の落ち込みを、45%が孤独感を訴えており、退職年齢の引き下げの動きがある今では、問題は深刻化する可能性が高い。

 日本でも北へ北へと北上するほど、お酒が陽気さから陰気さへと変わりゆくように、ヨーロッパ大陸でも、北へ行くほどアルコールが魔物化する。中央、及び南ヨーロッパの大都市のオープン・エア・レストランなどで、太陽を浴びながら昼間から人々がビールやワインを飲む様子を見ると、「ヨーロッパは開放的でいいな」と心踊らされるものだが、それらと比較すると、ヘルシンキのオープン・エア・レストランのテラスはかなり控えめだ。人々がおおっぴらに飲んで騒ぐ祭といえば、5月のヴァップ(メーデー)ぐらいなのだが、当日は飲みすぎて川や湖に飛び込む人が続出し、ニュースでは死者数が報じられる。

 そんなわけで、「開放的」どころか、フィンランド人にはお酒に対してネガティブなイメージを持っている人が多いので、うっかり日本の晩酌の様子を思い浮かべながら「私の父は毎晩飲む」「親戚一同集まると、子ども達が遊びまわる傍ら大人達は飲む」と気軽く話してしまうと、「一族郎党アル中?」と驚きの反応が返ってくる。ゆえに、食事はおろか、おつまみもそこそこに、ビール×5から10杯+ウォッカ×2から5杯+コニャック、と、とことんやるのが「飲む」ことになっている彼らとの間に誤解のなきよう、「食事をしながら」と付け加えることを忘れないようにしている。

 読者の皆様の周りでも、「食事をしながら」のレベルを逸脱し、子どもが悲しむような飲酒習慣をされている方がいらしたら、一度このCMのクリップを見せて差し上げたらいかがだろうか。http://www.lastenseurassa.fi/

 

 


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