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洋上の廃墟 軍艦島、上陸解禁。耳を澄ませば、炭坑夫や家族たちの生活の音が聴こえるか――

 長崎県長崎市高島町の端島(はしま 通称・軍艦島)は、これまで許可なくして上陸は禁止されていたが、ついに長崎市が観光目的として、軍艦島の一部上陸を認めた。これを受けて大手旅行会社の近畿日本ツーリストや日本航空(JAL)などは4月下旬から、軍艦島上陸ツアーを実施する。


近くから見た軍艦島

 


 軍艦島の歴史は、さまざまな書物や、ネット上で語られている。江戸時代の1810年ごろに石炭が発見され、その後1890(明治23)年から採掘が本格的にスタート。主に八幡製鉄所に製鉄用原料炭を供給してきた。長崎港から約18キロの海上にある端島。1960年代の最盛期には約5200人が生活を営んでいたという。島民の生活は裕福で、三種の神器と言われた家電の普及も早かったという。東西約160メートル、南北約480メートルの敷地には、住宅のほか、小・中学校や旅館、病院や映画館、料理屋、パチンコ店、お寺、神社まで生活に必要なあらゆる施設があった。

 日本の高度経済成長を支えながら、7―10階建ての日本初の鉄筋コンクリート造高層集合住宅が立ち並び、洋上の楼閣として繁栄した軍艦島。しかし、盛者必衰の理――石炭から石油へと、国のエネルギー政策が転換されると、海底から石炭を掘る端島は閉山。住民は島を離れた。閉山から3カ月後の1974年4月20日、ついに端島は無人の島となった。“炭坑のためだけの島”であったから、炭坑を閉山してしまった端島は、無人となった。「無人」イコール「廃墟」である。軍艦島を故郷とする人々はいるが、今は端島という住所は消えている……。

 近畿日本ツーリストが3月末に開いた軍艦島上陸ツアー発表会には、「NPO法人軍艦島を世界遺産にする会」理事長の坂本道徳氏が出席し、軍艦島の歴史を説明した。軍艦島上陸ツアーにも坂本氏が同行し、解説をしてくれる。

 坂本氏は19歳まで端島に住んでいた。父は炭坑夫だった。今から10年ほど前に25年ぶりに同窓会を開いたときに、仲間たちと軍艦島上陸を果たす。「端島は上陸禁止だったが自分のふるさとなので行ってみた。自分がかつて生活していた部屋には、教科書やノートが島を離れた当時のままにあった」と話す。洋上であることで、引っ越しにトラックが利用できないため、テレビや扇風機などは居間や台所、勉強部屋に置いたままになっているのだ。

 「旧高島町時代に、『軍艦島を産業廃棄物の島にする』という噂が流れ始めた。このままでは軍艦島が無くなるのだと思ったのが、軍艦島保存に動き出したきっかけ」と語る。坂本氏が保存運動に動き始めるなか、「こんな大きなものを保存するには世界遺産にするしかない」とある人からアドバイスを受ける。そして、軍艦島は昨年9月、「九州・山口の近代化産業遺産群」として、文化庁の世界遺産国内暫定リスト入りした。

 坂本氏は軍艦島上陸ツアーを「単なる物見遊山で終わってほしくない。軍艦島が持つ過去と未来のメッセージを感じて帰ってほしい」と強調する。

 上陸といっても、島のほんの一部。幅2メートル、長さ230メートルの見学用の通路のみ。建物のあるエリアは倒壊などの危険から、立入りは禁止されている。上陸できる地点からはまったく建物が見えない。上陸の際、船上から異様な島影を眺めることが可能だが、上陸してからできることは、耳を澄まし、目を閉じて、大きく息を吸い込み、かつて炭坑夫たちが生活を営んでいた声や家族らの生活の賑わい、活気を感じることに全神経を集中させること、である。閉じた瞼に、在りし日の端島の姿が浮かぶだろうか――。

 「軍艦島が世界遺産になったときには、必ずガイドがいる」との考えから、坂本氏は「軍艦島コンシェルジュ」(軍艦島案内人)を立ち上げ、現在約30人が講習を受けているという。

 軍艦島は荒天時などを除き、上陸可能な日は1年間に100日程度。上陸ツアーは長崎港からチャーター船(40人程度)に乗って40分弱で軍艦島に着く。上陸時間は1時間程度で、全行程は2時間半から3時間を予定している。


活気に溢れていた軍艦島の生活の様子

 

 私自身、「炭坑節」を生んだ福岡県・田川市近くの、小さな海辺のまちで生まれたせいか、華美を打ち消す炭抗夫の生活に、なにやら離れがたき郷愁を感じる。炭坑の町の風景は、一種独特な面影がある。この春、足尾銅山を訪れた。晩雪の残る薄墨色の足尾の町は肌を刺すような冷たい風が体を冷やした。夏目漱石の異色の小説『抗夫』の舞台にもなった足尾銅山の坑道に佇み、しばしの間、抗夫たちの生活を思い描いてみた。太陽を犠牲にした男たち、家族を地上に残し、地下深くで人生の大半を捧げた男たちの人生観に、複雑な共感が生まれた。

 いつか、私も軍艦島を訪れてみたいと思う。  
              


【編集部ピックアップ関連情報】

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 架空の元島民が離島後30年ぶりに島を訪れ、
 島内を歩いているうち、にしだいに昔の思い出が甦ってくる。
 子供の頃の楽しい思い出やちょっと変わった島の生活、
 炭鉱での仕事や悲しい思い出、そして閉山…
http://blog.goo.ne.jp/ruinsdiary/e/5dfcfff97144760bfc15dec587da7a4c


○[廃墟]軍艦島を歩く color version(05:29)
http://www.youtube.com/watch?v=KQcb58xvhEc&feature=related
                    

 


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