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Road to Vancouver 『冬のサーカス』でみつけたスポーツのかけら

 『冬のサーカス』。冬季オリンピックをこう呼んだのは誰だっただろうか。すっかり商業化されてしまったオリンピックが、シルク・ドゥ・ソレイユのようなスーパーアスリートのエンターテイメント集団と呼ばれてもある意味仕方のないことかもしれない。

 五輪開催が決まって6年。町の発展のため、経済効果のためと、ここまで散々政治家やオリンピック委員会から甘い言葉を飲み込まされ、すでに胸やけ状態になっていた。そんなにオリンピックが必要なのかとすら思い始めていた。

 その答えがこの冬にあった。そこで見たものは想像以上に収穫の多いものだった。

 2010年2月に冬季五輪は開催される。実はこれまでバンクーバーでは大きな国際スポーツ大会というものが行われたことがなかった。そのため、1年前の今季は、テスト大会という位置付けで、多くの競技がW杯や国際大会をバンクーバー・ウィスラーの本番会場で行った。

 去年10月末に行われたスピードスケートショートトラックを含めて、今年1月中旬から3月中旬までの2カ月間でオリンピック11競技、パラリンピック5競技を開催。そのうち、幸運にもオリンピック7競技、パラリンピック4競技、種目数にして数え切れないほどの試合を観戦し、取材するという機会に恵まれた。

 初めて見る競技や種目も多かった。個人的には、日本のメディアと行動を共にするという経験も結構面白かった。しかし、何よりも面白かったのはやはり生で観戦するアスリートたちの熱い戦いだった。

 会場の空気、ファンの声、選手の動き、雪や風の温度、すべての要素がその場に凝縮され、密度の濃い空気に包みこまれている感じが、何とも心地よかった。

 そんな中で見る世界トップアスリートたちの緊迫した言動に、テレビでは表現されない面白さを発見した。

 団体追い抜きというスピードスケート種目を初めて見た。リンクサイドから見ているとその美しさがよく分かるスポーツだ。空気抵抗を極力避けた低い姿勢で、3選手が呼吸を揃えて氷上を斬るように滑るその無駄のない動きは、鍛え抜かれた肉体をより一層美しく際立たせていた。百分の一秒を争うスピード感がこの競技の醍醐味だと思っていたが、これほどまでに美しい競技だったのかと見入ってしまった。

 スピードスケートショートトラックは、テレビで見るよりもずっとスリリングな競技だった。

 モーグル日本代表には2年続けての取材ということもあって個人的に思い入れがあった。男子の附田雄剛選手の銀メダル表彰式後、チームメートに胴上げされる附田選手と、胴上げする仲間のうれしそうな顔が附田選手の言葉とともに心に焼き付いた。「誰が代表に選ばれてもモーグル日本代表として表彰台に立てたらうれしい」と。
 
 プロ選手も参加したスノーボードハーフパイプ。アメリカのショーン・ホワイト選手は年間1000万米ドル、日本円にして10億円を稼いでいるという人気選手。黄色いゼッケンを着けながら2位となった青野令選手も「力の差があった」と言うほど、プロの実力を見せつけられた種目だった。

 スキージャンプのベテランの活躍も、壊れそうなフィギュアスケート選手の細さも、来年初登場するスキークロスの単純明快な面白さも、語りだせばきりがない。

 ただひとつ共通していたことは、どの競技においても、主役は選手であり、脇役は観客であることだった。

 去年秋、世界経済が崩壊した。バンクーバーオリンピックも直接的間接的に影響を受けている。現在も、選手村建設、メディアセンター建設、高速道路拡張工事など、着実に進んでいるように見えるこれらのインフラ整備も予算超過で、市民州民の税金が注ぎ込まれている。それでもオリンピックを開催する価値があるかと問われれば、今なら私はあると応えると思う。
 
 『冬のサーカス』、たとえそう呼ばれようとも、その中に確かにスポーツとしての輝きが残っているのが見えた。トップアスリートの研ぎ澄まされた肉体と精神力は世界最高の舞台でより力を発揮し、観客はその純粋なただ勝つことのみを追求する一瞬の輝きを目撃することで言葉にならない力を吸収する。その経験こそがオリンピックの存在意義ではないかと確かめられたことが今回の何よりの収穫だった。

 スポーツには確かに、政治にも、ビジネスにもない『エネルギー』があると思った。それは、パラリンピック競技でよりパワーを発揮していた。パラリンピック競技は次の機会に取り上げたいと思う。

 1年後、もし取材する幸運に恵まれたら、アスリートにとって4年に1度の特別な舞台『オリンピック』で、世界最高のスポーツの輝きを目撃したいと痛烈に思った。
 


【編集部ピックアップ関連情報】

○プリンス座談会 2009/02/17
 「いよいよ、あと1年に迫ったバンクーバー五輪に向けて」
 1976年夏季モントリオール、1988年冬季カルガリーと史上2回の五輪を
 開催してきたカナダですが、この2大会でカナダ選手が金メダルを獲得
 したことはありません。近代五輪の歴史においてカナダはこれまで
 夏季58個・冬季38個の金メダルを取ってきたというのに・・・。
 だからこそ「バンクーバー五輪で金!」という国民の総意は痛いほど
 理解できます。
http://www.jsports.co.jp/tv/skate/prince/2009/02/1.html

 

 

 


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