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平成版「父子2人旅」で新たな市場創出

  子供にとって、「父との2人旅」は、良くも悪くも大きな意味を持つ。一般的に、父親は、母親ほど子供に対して細やかな配慮が足らないし、気も回らない。だから、子供にとって「父と2人だけで旅に出る」と決定が下った時点で、不安と期待の幅が尋常になく大きく振れ、大冒険に値するほどスリリングな気分を味わうことになる。

 旅行をするときには、「何処に行くか」という要素はとても大きな部分を占めているが、父と2人だけで旅をするという状況においては、「何処に行くか」を超越した、未知なる体験を予感させるだけのインパクトがある。
 
 私は小学校のころ、父のオートバイの背中に掴まり、何度か20キロほど離れた小倉球場に巨人戦を観に行ったことがあった。薄暗い照明に照らされた、狭い地方球場で開催される1年に1度の巨人戦は、異様な盛り上がりを見せる。まさに、男達の世界だ。「昭和時代の北九州」という、なんとも荒くれて男臭い街の外れにある、寂れた小倉球場の内野席で、バッターボックスに立つ背番号1の王貞治を観た感動、そして試合終了後の夜更けに、うらぶれたラーメン屋のカウンターで、不器用極まりない父と2人でラーメンを啜るという状況は、よそ行きの服を着せられて出かける母とのデパートでの1日とは、ひと味もふた味も違った趣のある小さな旅だった。帰りは決まってオートバイの後ろで父の背中に寄りかかって眠っていたが、父は、背中で眠る少年の私にお構いなしで、猛スピードでオートバイを走らせていた。であるから、父との2人旅という状況は、少年期、少女期の子供にとって大冒険に匹敵するものだと思う。

 さて、現状の旅行動向を見渡すと、相変わらず若者の旅行離れが進む一方で、家族旅行も低迷している。「じゃらん宿泊旅行調査」によると、子供連れ家族旅行は、少子化や受験準備の低年齢化の影響で2005年から減少傾向にある。減少の要因はさまざまだが、下の子の妊娠期間や、0―2歳の幼年期はなかなか旅行に出づらいというのも主な要因だろう。一方、上の子が小学校の上級生になると、習い事や塾などで忙しくなり、家族全員で旅行に行くことがなかなかできないというのが現状だ。

 旅行会社やホテル、旅館も多種多様な家族旅行向けのプランや企画を練っているのだが、家族全員が揃うゴールデンウイークや盆、正月時期は、渋滞したり、料金が高かったりと、なかなか思うように旅行に出られないという日本の休暇制度の問題もある。ならば、と、リクルート旅行カンパニーのじゃらんリサーチセンター(JRC)は、「家族のユニットを分離することで、旅行回数を増やせるのではないか」との考えに及び、“父親が主役となる”父子2人旅という、新しいタイプの旅行市場の創出に取り組み始めた。

 これまで現れた家族旅行の新しい形態としては、おじいちゃん、おばあちゃんが旅費を出して、子供夫婦や孫たちと旅行する「三世代旅行」、成人した娘が母親と2人で旅行する「母娘旅行」などが、社会情勢や経済情勢の変化に呼応して出現し、ある程度定着もしてきた。しかし、「父と子の2人旅」に関しては、あまり脚光を浴びることなく今日に至っている。
 
 ひと昔前の子育て世代の父親は、日々仕事の比重が高く休日くらいは体を休めたいのが本音でも、「たまには家族全員で旅行に連れていかなければ」という義務感が、“家族サービス”という意味合いを濃くしてしまい、必然的に妻や子供の希望を優先させてしまう。その結果、家族旅行における父親の存在は空気のように薄まり、日常生活の延長として“母親が主役”の旅になっていたのかもしれない。

 JRCの横山幸代研究員は、「団塊ジュニアを中心とする子育て世代の父親(平成パパ)は家族回帰の傾向があり、休日には自分が主役になって子供を巻き込んで遊びたいという父親像も透けて見える」と分析する。また、「父親の趣味であるゴルフなどを、子供と2人で取り組むことで、強固なリピーター市場となる可能性も大きい」と話す。
 平成のパパは、昭和の父親とは違った新しい親子の関係性を築いているのだろうか。

 JRCが今年1月に実施した父子2人旅のモニターツアーには、「母親からの応募が多かった」のが特徴だ。父と子供が旅行中に、母親は美容院やショッピングに出掛けたり、子供と行けないレストランでの食事に行けるなど、「自分のための時間を使う機会が与えられ、リフレッシュできた」という声も多かったという。

 いかに「父子2人旅」を広く浸透させるか――が課題となるが、横山研究員は「『入園・入学直前の春休みは父親と初めての2人旅』といった、儀式(セレモニー)のようにしていくと、複数の子供とまんべんなく2人旅をする機会が与えられる」と提案する。
 
 新型インフルエンザ発生の影響で、修学旅行が中止になったり、延期になったりで、子供たちの旅行機会がますます減っている。

旅行会社やホテル、旅館などの経済的な損失は計り知れなく大きいものとなったが、子供たちが旅行することによって得られるはずだった知識や、交流、貴重な思い出が損なわれたことは、もっと大きな損失である。

 この夏、平成の父親たちは、子供の胸に何かを刻むことができるだろうか? たとえ小さな旅であっても、「父子2人旅」をおすすめしたい。
               

 


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