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専門家のインフルエンザ対策に学ぶ。開催を延期した麻酔学会の英断とマスクの効用

 舛添厚生労働大臣は8月19日、新型インフルエンザA(H1N1)が我が国で本格的流行に入ったことを宣言し、国民に対して予防対策の徹底と感染した場合の冷静な行動とを求めた。国立感染症予防センターでも新型インフルエンザによる入院患者数は119名、沖縄、兵庫、愛知で計3名の死亡が確認されたと発表した(8月20日現在)。

 一般にインフルエンザウイルスは気温も湿度も高い真夏に流行することはあまりない。ところが今回の新型インフルエンザは、人間の世界に入り込んで来てまだ間もないため初めて感染する人ばかりであることや、感染した人がクーラーを効かせた涼しく乾燥した環境にいることなどもウイルス活性を高めている原因の一つとして考えられている。以前この欄でも取り上げたとおり、正しい知識と一人ひとりの自律した行動が今まさに必要とされている。これらについては以下のアドレスから過去の記事をご覧いただければと思う。

▼「輸入感染症予防の危機管理。最大の敵はパニックを引き起こす無知な行動」
http://mediasabor.jp/2009/05/post_632.html(2009年5月4日)

▼「開発が進む純国産インフルエンザ治療薬の現況と感染予防対策」
http://mediasabor.jp/2009/02/post_578.html(2009年2月2日)

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 さて、日本麻酔学会第56回学術集会が8月16日から18日までの3日間、神戸ポートピアホテルなどを会場に開催された。実はこの学会も新型インフルエンザ発生の影響で、当初5月に予定されていたものが8月に開催延期となったものである。開催が延期されたとの知らせを受けたとき、感染症が及ぼす社会的影響の大きさを改めて実感した。

 開催直前になっての延期は外国からの招聘者に対する連絡やお詫び、イベントプログラムのキャンセルなど多くの問題が発生し、経済的にも予定外の出費がかさむことは免れない。各方面から延期だ、実施だ、と賛否両論あったことは容易に推察できる。

 しかし、手術室をメインの職場とする麻酔医が全国から参集するこの学会で、もし集団感染が起きてしまったらどうなるか。おそらく外科手術の現場は相当混乱するだろう。万が一手術室にウイルスが持ち込まれてしまっては打つ手がなくなる。

 ただでさえ麻酔科医が足りないと叫ばれている中で、新型インフルエンザによる追い打ちを受けたのでは手術室は機能不全に陥ることは必至だ。現段階では毒性や感染力に関する情報がかなり蓄積されているが、ウイルスの遺伝子解析どころかその毒性、感染力、感染経路すら掴めていなかった5月の段階では、会期の変更は止むを得ない妥当な判断だったと筆者は考えている。医療に携わる者として、手術を受ける患者の安全を最優先に考えた結果とすれば、学会開催の延期はむしろ英断といってもいいだろう。

 医療現場に限らず、警察や消防など国の基本機能に携わる行政組織、さらに物流やライフラインに携わる企業の危機管理には、正確な情報をもとに冷静な判断と研ぎ澄まされた想像力が必要になってくる。今回の麻酔学会も関係者にとって開催の延期は苦渋の決断だったに違いない。

 こうして延期開催された麻酔学会を取材してきたわけだが、メインテーマは「晴れの心。明日の麻酔科学へ」と掲げられ、約40に上る招待・招請講演、約30のシンポジウムやワークショップ、ポスターセッションが滞りなく行われた。また、会場となった神戸ポートピアホテル内には生後3ヶ月から小学校低学年までの子供を対象に託児所が設けられていた。子育て中の医師でも積極的に学会参加できるようにとの配慮で、ベビーカーを押した参加者の姿も見受けられた。全国どこの大学でも今、麻酔科を志す医師の獲得には苦慮している。

 厚生労働省健康局の新型インフルエンザ対策推進室では、27日にも「新型インフルエンザワクチンに関する意見交換会」を開催するとしている。舛添厚生労働大臣が国民に向けて協力を要請したように「感染は自分が止める」という意識は重要である。うがい、手洗い、マスクの着用は個人レベルで誰もができる感染予防策であり、依然として有効な手段である。

 気をつけなければいけないのは咳やくしゃみばかりではない。意外と知られていないが大人でも鼻や口をよく手で触っているものだ。仕事中や電車の中で本を読んでいるとき目をこすったり、会議中や相手の話を聞いているときにも鼻を触ったり顎をなでたり無意識のうちに一日に何度も手を口元へ持っていっている。この無意識な動作から手についたウイルスが鼻や口、目の粘膜から侵入することもある。マスクをしていればこうした何気ない動作からウイルスの感染を防ぐこともできるのだ。

 たとえ感染し、発症したとしてもすべての人が重症化するわけではない。子供の症状からは目を離さないということも必要だが、痙攣や意識障害が出ていないかは素人でもチェックできるし、大人であれば自覚症状もあるだろう。その場合は速やかに医療機関に相談すればいい。パニックを起こさないための知識と覚悟さえあれば家族を守ることは充分できるのである。

 


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