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人気の観光系学部・学科が近年激増。観光産業への就職率23%というミスマッチ

 観光系学部・学科の新設ラッシュが続いている――。観光学部・学科を設置している大学の定員数は、1992年度は240人だったのに対し、2009年度は4402人(39大学43学科)と20倍近くまで拡大している。これだけ激増するからには、学生側からの需要も多いのだろう。しかし、観光系学部・学科が激増しているからといって、観光産業が隆盛を極めているというわけではない。


 観光産業の実情を見ると、旅行会社は人件費が軽微で済む宿泊予約サイトの快進撃に圧倒されている。大手、中堅旅行会社では、店舗の統廃合や人材削減傾向が続き、また、小さな“まちに密着した”旅行会社の倒産が相次いでいる。いわゆる「旅のプロ」と呼ばれる経験豊富な人材が減りつつあるのだ。新しい人材を育てる環境が、経費削減や効率化の中で確実に失われつつある。観光産業は“人”が一番の財産といわれるが、長きに渡る安売り競争、薄利多売ビジネスの渦に巻き込まれ、全般的に疲弊してしまっており、時間をかけてじっくりと有能な人材を育てていく余裕を失っているのが現状だ。


 派遣労働が昨今、社会問題となっているが、観光産業も正社員雇用を減らして、派遣や臨時スタッフ、パート・アルバイトといった非正規雇用を積極的に取り入れてきた(取り入れざるを得なかった)産業でもある。専門知識を持った人材や、豊富な経験や知識を持った人材の喪失は、中長期的な視点から「産業が痩せ細る最大の要因」となる。


 このような状況にあって、観光系学部・学科の新設ブームは、本来なら諸手を挙げて歓迎されてしかるべき現象である。


 全国に広がりつつある観光系学部・学科をつぶさに見ていくと、ホスピタリティ・ツーリズム学科、ウェルネスツーリズム学科、貿易・観光学科、環境ツーリズム学科、サービス経営学科、地域ビジネス学科、観光デザイン学科……など驚くほど細分化されている。エコツーリズムやユニバーサルツーリズム、サスティーナブルツーリズムなどを専門とするコースなど、多種多様。今後もさらに多様化、細分化が進んでいく様相だ。


 観光学部・学科の老舗は立教大学だ。1967年に日本で初めて観光学科を創設。1998年には観光部設置と、大学院に観光学研究科を創設するなど、立教大学がこれまで観光学を牽引してきた。最近では、地方の国立大学にも観光学部を設置する動きが見られるのが特徴だ。山口大学、琉球大学、北海道大学(大学院)、和歌山大学などでも観光系の学部・学科が新設されている。


 新設ラッシュのなか、観光系学部・学科を設置した多くの大学が頭を悩ませている問題は、「卒業生が観光産業で活躍したくても、産業界から求人がない」――ということだ。卒業後の進路に関して、悲劇的なミスマッチが生じているのだ。国土交通省の調べでは、観光学部・学科の卒業生が観光産業に就職する割合は、わずか23%程度に過ぎない。さらに、観光系大学を卒業した後に、シティホテルやテーマパークなどの観光関連企業に就職できたとしても、実務者としてのポジションがほとんどである。


 多くの大学では、観光ビジネスのマネジメント層やミドルマネジメント層を育てるカリキュラムが整っていない。先進事例として、しばしば引き合いに出される米国のように、即戦力として経営マネジメントのプロを育成していくようなカリキュラムは日本の観光系学部・学科では行われていないし、また、現状ではこれら専門的な知識を体系立てて教えることができる教員の不足も大きな課題となっている。


 そして、大学側の最大の問題は、“まず新設ありき”で十分な準備ができていないうちに、人気が高くなかった学部・学科の上着だけを衣替えし、突貫工事的に観光学部・学科を新設するなどの杜撰さが散見されることだ。


 一方、航空会社、鉄道会社、旅行会社、シティホテルなどの観光関連産業や、「まちづくり」「地域振興・活性化」を担う部署を配する都道府県庁などの行政機関は、新卒採用の際、法学部や経済学部、経営学部の卒業生に比べ、観光学部卒の生徒の採用に優遇策をとっていないのが一般的。いや、悪く言えばむしろ、“消極的”な傾向すらみえる。


 大学と産業がしっかりとスクラムを組み、太く、確かな道筋を築いていなければ、寸断された岐路で学生が路頭に迷うことになりかねない……。


  “ツーリズム産業界の経団連”といわれる、日本ツーリズム産業団体連合会(TIJ)の舩山龍二会長が、「産業は観光系大学について無関心だった。産業界も大学に向けて『このような人材が欲しい』と要望してこなかった」と語るなど、最近では産業界から反省の弁も聞かれるようになった。行政も手をこまねいているわけではない。昨年10月に発足した観光庁も、観光産業と観光系大学の人材育成面のミスマッチに非常な危機感を抱いていて、産学官の代表者による検討会議などを開いている。その成果として、このほど観光分野における経営マネジメント教育の充実を目的とした「カリキュラムモデル案」を作成した。同庁は新たな予算を活用し、今秋にもカリキュラムモデル案の試験導入に応募申請があった全国の大学の中から、6大学程度を選び実践する予定だ。


 少子高齢化がさらに加速する今後の日本は、今以上に地域振興や、地域活性化が大きな課題となる。現在多くの大学がゼミなどを通じて、地元産業や商店街、自治体などと連携して、地域づくり、まちづくりの研究を行っている。地域づくり、まちづくりの基本は、地域のリーダーとなり得る人材づくりが最優先課題と言われる。そのような時代的な要請のなかで、観光系の学生は机上を離れ、まちに出てさまざまな産業や地域住民と触れ合う機会が求められる。インターンシップの受け入れ一つとっても、産業界と大学側の間で多くの問題を抱えているが、何はともあれ、産業と大学間の交流を少しずつでも盛んにしていき、構造的な問題を一つずつ解決していくしか、光明は見出せない。大学と産業がこれまでのようにそれぞれ利己的な視野に縛られていたら、大学も産業も早晩倒れるだろう。人材育成を中心に据えた、産学官のさらなる連携強化が一層進むことを期待する。

 

 


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