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世界金融不況下のフィンランド国内の様子

 フィンランド在住者の視点で、世界金融不況がフィンランド国内に及ぼした影響についてお伝えしよう。まず、ノキアなどの大企業が一年分の給与を支給するなどして希望退職者を募り大幅な人員整理を行った話は以前にもお伝えしたが、それと同時にメディアをにぎわせていたのは、各企業、業界での従業員の“一時休職”という制度である。

 フィンランドと言えば、「高福祉社会」という国民が手厚く守られている国というイメージがあるが、ビジネスとなると雇用者の解雇が、例えばドイツなどと比べると容易な国である。それと同様に、フィンランドでは企業が経営状況に応じて、雇用者に無給で休暇を与える措置も比較的簡単に成立するのだ。

 早速、2009年初頭には、お暇をいただいた従業員がインタビューに応じている様子が、各チャンネルのニュース番組で報じられていたが、「休暇中はどうするつもりですか」という質問に「せっかくだから家でのんびりするわ」と答える休職者の面々の表情は、心もち明るかった。また、ドイツ企業に多くみられる雇用者の勤務時間の短縮と、フィンランドの無給休職をヘルシンギンサノマット(オンライン版)が比較調査して記事にしていたのが興味深かった。同紙によると、時間が短くなったとはいえ、毎日出勤する先があるというだけでもドイツ式の方が良さそうに見えるが、実際には、毎日現場で、プロジェクトや部署が無くなり吸収されていく様子を目の当たりにするドイツ式の方が、雇用者の精神衛生に悪いというのだ。「それならいっそのこと、オフィスから離れて家でゆっくり、ネットを利用して就職活動でもやっていた方が効率的」と、フィンランド人の大半は、このフィンランド式を支持している。

 また、高待遇の希望退職を果たして「もっと子どものそばに居たい」という理由で、自宅で起業するベンチャー・パパも増加している。日本では自営業者は一年中忙しくて子どもにかまってあげられないというマイナスのイメージが強いが、フィンランドではこのマイナス感が無いようだ。また、職安に登録すると一年に渡ってもらっていた給料の7割がもらえるので、離職者が誰でも職安に駆け込むのかと思ったら、そういうわけでもない。一度職安に登録してしまうと、職安経由で紹介された仕事はむやみに断れないので、よりよい仕事を自分のペースでじっくり探したい人は、あえて登録せず、ネットで就活でもする方が得策なのだ。

 このように、中流レベルでは、不況はなまぬるい風のように、いまひとつ、人々の生活を直撃しているような印象を与えていないのだが、その一つの理由はやはり、高福祉社会ゆえに、万が一ケガや病気をしてもお金の心配が無いことだろう。二つ目は、不況と言えばすぐ売り上げに響く観光・サービス業などの従事者の割合が少ないことも理由の一つになっている。(これがゆえに、日本のように高いサービスレベルが期待できないので一概に素晴らしいとは言えないのだが)

 というわけで、実際に不況を実感するのは、玄関越しにドア修理の御用聞きや、ロシア人の民芸品売りが頻繁に来るようになって、あるいはヘルシンキに限らず周辺都市でも“物乞い”が出現したのを見て、であるが、この“物乞い”とやらにご注意だ。ヘルシンキ中心街にレギュラーで現れる片足が不自由な外国人の物乞いがいたのだが、この物乞いを警察が尾行したところ、人気のない裏通りでは両足で普通に歩き、小銭がたっぷり入っている“売上金”を持って外国製の自家用車に乗り込もうとしたので取り押さえられた。どんなに不況でも高福祉社会のシステムが揺らぐことはなく、「物乞いを見たらインチキと思え」と言うのが、実際に現在でも手厚い生活保護を受けているコソボ自治州からの難民の弁だ。

 そして、不況と言えば財政難の政府はどうかと言うと、すでに2009年第二四半期のGDPは昨年比で9.4%も落ち込み、昨年夏と比べて25歳以下の失業率が79%増という数字が出ている。それを受けて与党では、2011年からはこれまで22%だった付加価値税を25%に引き上げる議論が進んでいる。25%と言うと、スウェーデンやデンマーク、ハンガリーと並んでEUで最も高い国の仲間入りをすることになる。

 余談だが、北欧の高負担について日本のメディアで論じられる際に、この付加価値税(VAT)をよく「消費税」と言われているが、日本のように無差別にあらゆる物品に対して課税されている税とは違う。フィンランドの付加価値税は、サービスや品物の種類によって、例えば薬品は9%、食品は17%などと税率も細かく分けられている。さらに、税率は、一度上げられたものは一方通行で上がりっぱなしというわけではない。例えばフィンランドでは、かつて美容、理髪店を始めとする零細企業によるサービスの税率が22%から8%に引き下げられ、またこの秋からは食料品に対する税率を17%から12%に下げられることが決まっている。

 というわけで、現在フィンランドでは、どの品目に対してどれだけ税率を上げるべきか、そもそも付加価値税ではなく、法人税を引き上げるべきではないのかという議論をも含め、グラフやチャートを引っ張り出して、様々な立場の代表によって喧々諤々の論議が繰り広げられている。

 付加価値税の引き下げは、必ずしも価格の引き下げに反映されない場合もあり、また付加価値税の引き上げによっては、インターネット・ショッピングなどにより、より税率の低い国から品物を購入する動きにつながり、国内企業に打撃を与える可能性なども指摘されている。炭素税、環境税とあらゆる税金に対して、しぶしぶながらも「国民全員の為ならば」と納得しては高負担を続けてきたフィンランド国民のこれからの反応が興味深い。

 


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