カナダ政権交代の歴史にみる信頼回復の難しさ
- カナダ在住ジャーナリスト
劇的な政権交代劇から25年。1984年に行われた連邦総選挙で圧勝した進歩保守党(Progressive Conservative Party)の当時の党首で第18代総理大臣となったブライアン・マルルーニー元首相を囲んで、マルルーニー政権が発足した9月17日に記念パーティが開かれた。
現在政権を担っている保守党(Conservative Party)議員らも参加。歴史に残る大勝を果たし古き良き保守党時代を懐かしく振り返っていた。
(2009年9月17日 カナディアン・プレス)
1984年9月4日に行われた総選挙では、進歩保守党が当時の国会議席282議席中211を獲得。ついに1968年から続いた国民的人気の高かった自由党ピエール・トルドー政権に引導を渡した(進歩保守党に政権交代する直前は自由党のジョン・ターナーが短期の首相を務めた)。前回の103議席から一気に多数派政権を奪取した華麗な政権交代劇は、カナダ史上に残る大勝として現在でも語り草となっている。
その時代背景は現在とよく似ている。1982年にカナダを襲った景気後退、前政権への政治不信、新しいカナダを模索している時だったと当時の政治担当記者は振り返っている。スローガンは“a brand new day and a brand new Canada”だったそうだ。
そうして国民の期待を背負って発進した第1次マルルーニー政権は、60余りあった国営会社を半分以下に減らしたり、多文化主義を促進したり、日系カナダ人排斥政策への全面謝罪を行ったりと、後のカナダに深く影響する良策を実現した。しかし、第2次マルルーニー政権では政府への信頼は大きく失墜していった。一時は首相の支持率が11パーセントまで落ち込んだ。
大きな要因は、再びカナダを襲った不況と消費税導入だった。俗に連邦税と呼ばれているGoods and Services Tax (GST)を1991年に導入したため、国民の生活を直撃した。加えて、カナダ軍の湾岸戦争参加、NAFTA締結なども結果的には支持率を低下させる要因になった。
1993年に行われた総選挙では、初の女性首相キャンベル党首で臨んだ進歩保守党だったが自由党に惨敗。議席数を169から2まで落とし、これまた歴史上に残る大敗を喫した。経済の立て直しと政治不信の回復を掲げて立ち上がったマルルーニー政権は10年後不況と政治不信で失脚した形となった。
ところが、歴史は繰り返されるものである。1993年に政権を取り戻した自由党は、2006年の総選挙で保守党に敗北。再び野党に転落した。敗北の原因は、政治と金の問題だった。自由党政権は10年以上にもわたり、国営会社へ実態のない仕事に対して資金を垂れ流していたことが発覚。政治と金に嫌気がさした国民が、そんな政党にノーを突きつけたのだ。
この2006年の総選挙時の当時野党保守党のスティーブン・ハーパー党首が訴えたのは、「わが党は、クリーンな政治、GSTの削減、医療、養育の仕組みの充実を約束する」だった。一生懸命働いて税金を納めている一般国民が住みやすくなる政治を目指していく、これが保守党政権のスローガンだった。
進歩保守党への政治不信から奪取した与党の椅子も、自らが政治不信を招いて失い、今でも自由党への信頼回復はなされていない。カナダ国民は、とにかく汚い政治に嫌気がさしているようだ。2006年から2回の総選挙が行われているが、その度に、「国民はまだ自由党が犯した罪を許していないようだ」という論調が湧いてくる。
政治への信頼回復には長い年月がかかる。この30年近くのカナダ政権の移り変わりがそれを表している。それは経済の立て直しよりも、ずっと難しいことなのかもしれない。
話をマルルーニー元首相に戻すと、彼は歴代のカナダ総理大臣の中でも最も国民に嫌われている総理大臣らしい。ところが、対外的には世界で最も知られたカナダの総理大臣のひとりに数えられ、国内でも歴史専門家などの間では評価が高いという。専門家と国民の間の評価に差があるのも面白い。
マルルーニー政権時代に導入されたGSTは1993年の総選挙で政権奪取した自由党でも廃止をしなかったし、現在ではしっかり国民の生活に根付いている。
GST導入成否の判断は難しい。ただ、国民のためになる政策でもそれが必ずしも国民の支持を得られるとは限らないところが、政治の難しいところなのかもしれない。
カナダの政治の仕組みはあまり日本に知られていない。立憲君主制、議会制民主主義は日本と同じ。君主はイギリスのエリザベス女王であり、その名代としてカナダ総督が任命されている。上院、下院で構成された議会は、上院が任命制、下院が選挙制で一般にカナダ政府とは下院のことを指し、下院の第一党党首が総理大臣となる。現在の保守党政権は少数派だが、野党3党と折り合いをつけながら連立を組まずに政策を遂行している。
カナダは国としては142年と若いが、民主主義政治は日本よりも成熟している。比較的穏やかで勤勉な国民性も日本とよく似ている。さまざまな面で、日本が、アメリカやイギリスではなく、カナダから学べるところは多いと私はいつも思っている。
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