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紙媒体と電子出版のはざまで揺れる出版社

 共和党の副大統領候補としてよくも悪くも話題を提供したサラ・ペイリン元アラスカ知事が「厄介者」と題する回顧録をまとめた。ハーパーコリン社より11月17日に発売予定だが、早くもベストセラー・リストに名を連ねており、初版は150万部となる予定。最近ではネット通販大手アマゾン社のキンドルなど電子ブック・リーダーの普及により、従来の紙媒体に加えデジタル版を同時刊行する出版社が多いが、今回、ハーパーコリンズ社は、あえてハードカバー本のみ先行販売とし、電子版はクリスマス明けの12月26日まで発売しないことを決めた。

 デジタル版の発売を遅らせるのは、同社にとって初めての試み。9月30日付けのウォール・ストリートジャーナル紙によれば、「出版計画の焦点は、販売が落ちるクリスマス前に本の販売をできる限り促進すること」と、ハーパーコリンズ社のブライアン・マリー社長は説明する。

 こうした作戦をとり始めたのはハーパーコリンズ社だけではない。今月はじめに故エドワード・ケネディ上院議員の回想録を出版したトゥエルブ社も、電子版の発売は未定としている。同上院議員の回顧録も初版は150万部で、9月の発売時からベストセラー・リストの上位ランキングに留まり続けている。

 ハーパーコリンズ社のマリー社長は「電子版がハードカバー販売を食ってしまうのか、それとも追加的な販売になっているのかを判断するのは時期尚早」と話しているが、出版社は紙媒体と電子出版のはざまで方向性を決めかねているようだ。故ケネデイ上院議員の回顧録は1冊35ドル(約3150円)で、サラ・ペイリン氏の回顧録は1冊28ドル99セント(約2610円)で販売される予定。これに対してアマゾン社の電子版書籍の価格は、ベストセラーが一律9ドル99セント(約900円)。現在、アマゾン社は卸値として正規小売価格の半額で電子書籍を仕入れており、新刊の電子書籍ではなく、電子ブック・リーダー自体やその他のコンテンツ販売で利益を上げるビジネスモデルをとっている。しかしアマゾンもやがては新刊の電子版の卸値に値下げ圧力をかけてくるのではないかと懸念する出版社は少なくない。

 出版社の電子版販売を遅らせる試みについて、評論家らは「アップル社がiTunesでデジタル版楽曲を急速に普及させた時のレコード会社の対応を彷彿とさせる」、「価格を気にして消費者が欲しがる形態の製品を市場に出さなければ、海賊版が出回るだけ」といった見方をしている。アマゾンの電子ブック・リーダー「キンドル」は、オリジナル・モデルだけで何十万台も出回っている。現在は第二世代のキンドル2に加え、iPhoneやiPod Touch用のキンドル・アプリケーションも販売している。またGoogleも電子書籍販売に参入する計画を持っており、電子版に対する需要は加速度的に増える一方だろう。

 今後、紙媒体の書籍は音楽CDのような道を辿るのか、出版社と電子ブック海賊版との闘いが始まるのか、それとも出版社は電子書籍を活用し、新たな方向へとビジネスを拡大させていくのだろうか?


<関連リンク>

○WIRED VISION  2009/06/02
 「Googleが電子書籍販売」:Amazon.comや出版社への影響は?
 Google社の書籍販売計画は、Kindle(日本語版記事)にとっては悪いニュースだ。
 非常に読みやすく低電力の米E Ink社製ディスプレーのおかげで、Kindleでの
 読書は称賛に値するほど快適だが、Google社の潜在的な顧客数ははるかに多い。
 『Google』サイトで検索が行なわれるたびに、関連する電子書籍を紹介する
 機会が得られるからだ。
http://wiredvision.jp/news/200906/2009060222.html 

http://online.wsj.com/article/SB125427129354251281.html?mod=googlenews_wsj 
(英語、ハードカバー販売を重視し、サラ・ペイレンの回想録電子版の販売を遅らせる、
 ウォールストリート・ジャーナル 9月30日付)

http://www.ebookjapan.jp/ebj/info/news/2009/07/iphoneipod-touch-1.asp 
(日本語、iPhone、iPod touch向けの電子書籍サイトが好調、
 イーブック・ジャパンの発表資料)

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○メディア・パブ 2009/10/08
 「アマゾンの野望,キンドルで電子書籍市場の世界制覇を」
http://zen.seesaa.net/article/129749105.html

 

 


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