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鈴木謙介×井上トシユキ対談 変貌するメガヒットのメカニズム「わたしたち消費」とは

  • MediaSabor 編集部


メディアサボールの新たなプロジェクト オンライン音声対談番組「ロングインタヴューズ」の第一回目の対談企画。社会学者 鈴木謙介氏とジャーナリスト 井上トシユキ氏との対話(放送時間 70分)の一場面から切り取った内容を掲載いたします。

<鈴木謙介>プロフィール
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1976年生まれ。関西学院大学 社会学部 助教。
国際大学グローバルコミュニケーションセンター研究員。専攻は理論社会学。
インターネット、ケータイなど、情報化社会の最新の事例研究と、政治哲学を
中心とした理論的研究を架橋させながら、 独自の社会理論を展開している。
2006年より、TBSラジオで「文科系トークラジオLife」のメインパーソナリティを
つとめる。 同番組は2008年、第45回ギャラクシー賞ラジオ部門において大賞を受賞。
著者に『カーニヴァル化する社会』 『ウェブ社会の思想』
『サブカル・ニッポンの新自由主義』『わたしたち消費』など。
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テーマ概要としては、ネット文化や若者の内面について社会学的な立場から発言し注目を集める若手研究者である鈴木氏に、変質している人々の コミュニケーションやライフスタイルの様相を問い、さらに現代のヒット商品にまつわる、かつてとは異なる消費メカニズムの特徴に迫ったものです。






メディアサボールは、2007年2月に創刊して以来、国内外のジャーナリストや出版社の編集者、業界紙記者、経営者、大学教授の方々からビジネス、政治経済、ライフスタイル、社会問題、エンターテインメントなどのジャンルを中心に寄稿いただき、編集部からも企画提案するなどして、ビジネスパーソン向けに記事を配信してまいりました。 しかし、現代の情報化社会が抱える問題に一石を投ずるには、ネットや書籍などの
テキスト情報だけでは得られない、アナログで人間的な付加価値の高い情報を提供していく必要性があるとの結論に至り、新たなオンライン音声対談番組プロジェクトとして「ロングインタヴューズ」をプロデュースしていくことになりました。

今回のプロジェクトの概要は、書籍の著者や注目の経営者、各種業界の専門家、クリエイターの方々を月に2から3人ゲストに招き、経験豊富なインタビュアーと対談(60から90分程度)していただいた音声コンテンツをネット上で配信する試みです。昨年から企画構想と各方面への交渉を続け、紆余曲折を経ながらもようやく公開が実現しました。

ここに掲載した対談含めすでに以下の収録を済ませており、順次、配信していきます。

▼ 神林広恵(元「噂の眞相」デスク、ライター)─永江朗
▼ 小林弘人(インフォバーン 代表取締役CEO)─井上トシユキ
▼ 梶原しげる(フリーアナウンサー)─永江朗
▼ 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)─河尻亨一
▼ 小飼弾(プログラム開発者)─井上トシユキ
▼ 中島孝志(出版プロデューサー、キーマンネットワーク主宰)─永江朗

音声本編の配信先は株式会社オトバンクが運営する「FeBe」上です。
http://www.febe.jp/podcast/mediasabor/index.html

今後もチャレンジングなキャスティングを推し進めてまいりますので応援してください。よろしくお願いいたします。

 

(井上)
─── 経済環境や価値観の変化、ネットの普及に伴うバーチャル性を帯びた社会の中で、自己を見失ったり、何をしていいのかわからない、夢が持てない、といった人たちが増えている現代社会をどうみていますか。

(鈴木)




かつての高度経済成長期に形作られた一般的な人生モデルとして、いい大学に入って、いい会社に入社して、家庭を持って、子育てをして、マイホームを購入してといったような、経済成長に乗っかって仕事をコツコツと継続するとともに家族を養い、将来にも期待を持てるような時代がありました。女性であれば、家庭におさまり、専業主婦として伴侶を支え、子育てに注力することが一つのモデルケースだったのです。ところが、経済の変動や、すでに安定した家庭環境が整っている層への世代交代によって、上記のような人生コースを疑う人たち、これでいいんだろうかと考える人たちが出てきました。それが、自分なりの生き方を模索する若い世代を含めた「自分探し」といわれるような現象にも繋がっていきます。

一つのデータがあるのですが、財団法人日本生産性本部が毎年実施している新入社員アンケートで、今年のアンケートだと、「自分には仕事を通じてかなえたい夢がある」という回答が70%くらいで過去最高でした。この傾向は過去15年ずっと変わってなくて、どんどん伸びています。これは、景気が良かろうと悪かろうと若者は自己実現したいと考えているということです。自己実現の手段というのは、10年くらい前だとベンチャーを起こして独立してやりたいといったような話でしたが、社会環境が変わったことで、今は正社員として安定した長期雇用の下でという傾向に変化しています。が、仕事を通じて自己実現したいという意識は変わっていないのです。つまり、何になりたいかはわからないけれども、何かになりたいと思っている自分を肯定し、とりあえずの拠り所としているように思われます。


(井上)
─── 高度経済成長期の平均的で同質的な価値観が、だんだん揺らいでいって、他人と違う自分を探したり、自己実現欲求が高まったりする中で、逆に何をしたらいいのかわからない人も増えている混乱状態が現代社会の様相と捉えていいのでしょうか。


(鈴木)
戦後、誰もが貧しい欠乏状態からスタートしたため、競争するように他者と同じような生活を目指した人並み消費社会、大衆消費社会を経済界はあてにできたわけです。規格化されたものを企業が大量生産し、それを大量消費するコンシューマーが存在することで、日本の経済はめざましい発展を遂げました。それが、同じような方向に向けて皆が動いているような気がする世の中だったのです。その時代にイメージされた価値観、人生のモデルがいつしか既定路線となっていきました。人並みという価値観に合わせるために、勉強して、いい学校に入って、いい会社に入って、家族をつくって、そして親とは違う家計で、親とは違う家に住んで核家族になるんだという指針をもつことができたのです。まさに、ゼロから1になる上昇過程だったわけですが、そういうことは、1回しか起こらないことなんです。


(井上)
─── 残念ながら終わってしまったということですね。そこから、社会、生き方の多様性が生じ、人の考え方も様々になり、何をしていいかわからない人も増えていったということですね。それが「わたしたち」ということになるんですか。


(鈴木)
「わたしたち消費」という著書執筆のいきさつですが、当初、電通からオファーがあったときには、1980年代に「分衆」とか「少衆」といわれて、これからは先ほどいったような大量生産、大量消費社会は終わりだとされていたけれども、メガヒット商品が色々出ていて、「割とみんなが同じものを消費しているんじゃないですか?」、ということだったのです。


(井上)
─── DCブームやアメカジブームは、その典型で、みんなが同じ流行を追っているようでした。


(鈴木)
実際、90年代にもメガヒットが連発しているし、「コンシューマーニーズの多様化、細分化はウソだったんじゃないですか?」 という問いかけがあったわけです。それは、一見そう見えるかもしれないけれど、マスメディアが流行をリードした大量生産、大量消費時代の、人並みにみんなが同じものを買おうとした動きとはメカニズムが大きく違っているんだよ、ということを説いたのが「わたしたち消費」なんです。ライフスタイル、嗜好の多様化の中で、各々が見出した商品が、たとえばインターネットを媒介とすることでティッピングポイントを超えたときにメガヒットになっているわけで、それは、広い層に共有されるようなかつての消費構造とは性質が異なります。


(井上)
─── そのメカニズムが作用する先はどういうところですか。


(鈴木)
人並みモデルが通用しなくなった社会において、「わたしたちは、こうありたい」という思いが湧き出てくるメカニズムが、どのように生まれてくるんだろうというといったときに、「大量生産型消費社会はやめよう」とか、「ゆっくりずむ」とかいわれていた1970年代から1980年代にかけての時代には、仕事だけに埋没するのではなく、生活面でのコミュニティ活動やボランティア活動を充実させるような生き方を志向するようになるといわれていました。

しかし、現在、仕事面では経済不況が深刻化し、コミュニティは崩壊している状況にあり、仕事と生活を分けて、仕事のことを心配せずに生活面の充実に腐心するライフスタイルは志向しにくくなっています。では、何が拠り所になるのかと考えたときに、私自身は、消費を通じた連帯、繋がりが大きなフックになりうると思うし、それは、政府や自治体が「地域でまとまりましょう」と掛け声をかけるよりも、はるかに企業が動いて何かの繋がりを生んで、その繋がりの中から単なる消費で終わらない「わたしたち性」をつくっていくものと考えています。その意味で、「わたしたち消費」という本は政治的な色彩も含んでいて、政治家を通さない政治をどう実現させるのかという提言にもなっています。


(井上)
─── 今いわれた消費という言葉ですが、必ずしもモノの消費だけを指しているのではなく、恐らくコトも含めてのことなんですよね。


(鈴木)
たとえば、「初音ミク」という音声合成ソフトですが、確かに消費者はソフトを購入しているんですけれど、同時にそれを使って自分なりのコンテンツを創出して、動画共有サイトなどで新たな情報発信も行っているわけです。いわばプロシューマー(未来学者アルビン・トフラーが1980年に発表した著書『第三の波』の中で
示した概念で、生産者 (producer) と消費者 (consumer) とを組み合わせた造語。生産活動を行う消費者のことをさす)的な動きであり、そうしたところからネタ的コミュニケーションが発生しています。


(井上)
─── 以前は若い世代がユーザーの中心だったインターネット利用者層は、現在に至って、中高年層への広がりが顕著です。総務省の情報通信白書によりますと、去年、今年と同様の傾向として、最も増えているユーザー層は50代以上です。団塊世代がネット上で暴れているといってもいいでしょう。

そうした成熟化したネットを媒介とした「わたしたち消費」の起爆源でもある、SNSなどのネットコミュニティやブロガーらを軸とした、タコツボと言い換えてもいい、ある特定の嗜好を持つ小集団に対するマーケティングの手法について、どのように考えていますか。端的にいってしまえば、あるトピックを期待して集まっている人たちなんだから、そこに関連の商品を投下すればいいだけではないかと簡単に考えている人もいますが、そういうことではないんでしょうね。


(鈴木)
商品自体をネット上のある集団に投下することは簡単ですが、それで簡単に火がつくというものではありません。ネットユーザーは企業のあからさまな金儲けのために自分たちが利用されたり、影響をうけることに反発する傾向があります。ネット上のコミュニケーションは、商品やネタ(メディアから発信される情報など)を間にはさんだ形で盛り上がるわけですが、当然、ポジティブな話ばかりではなく、「炎上」と評されるようにネガティブな話も多いわけです。だから、今までは企業としては、危ないからやめておこうという消極的な姿勢に止まっていたのです。

けれども、そこに入っていくための作法を学びさえすれば、打開していく方策はあると考えていまして、簡単に言うと自ら参加しコミュニケーションしていけるか、コミュニケーションの輪の一員になっていけるか、ということが一つのとっかかりになると思います。つまり、コミュニケーション、対話を通じて得られたコンシューマーのニーズを的確に捉えて、あるいは先回りして商品やサービスの開発、改良に活かせるかどうかということです。こういうタイプのブランディングに成功している事例は、徐々に出始めています。そして、もうひとつ重要なことは、価値観、嗜好、ライフスタイルが多様化する現代社会においては、最初から大きな市場規模を目指すのではなく、小さな規模から始めて、その市場を育てて創造していくような、データだけに固執しないアプローチが求められているといえます。


<対談全体の概要>

◎「わたしたち」のライフスタイルの変化
◎揺らいでいるかつての人生モデル、価値観
◎自分探しをする若い世代
◎高度成長期の「人並み」に向かって消費が行われた大量消費社会の様相
◎分断化、孤立化が進む社会の中で、繋がりを求める人々の媒介役になるネットの影響力
◎昔とは異なるメガヒットのメカニズム「わたしたち消費」とは
◎コミュニケーションのためのネタを媒介にして活性化される消費
◎現実世界に近くなったネットユーザー層の広がり
◎マーケティングの本質は、受身ではなく「市場創造」
◎2ちゃんねるユーザーのコミュニケーションの変化
◎関東と関西のコミュニケーションの差異
◎都市における「儀礼的無関心」とネットコミュニケーションの作法
◎ユーザー流動性の高いネットの世界では、顧客を引き付ける場づくりの継続性が重要 

(2009年6月29日収録)


音声本編の配信先:株式会社オトバンク運営「FeBe」
http://www.febe.jp/podcast/mediasabor/index.html


 

 


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