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豊富な観光資源と限界集落の狭間で備中高梁のまちづくり始動 

  「観光客が来ても、ウチのまちには見てもらうものは何もない」という話は、よく耳にする。

 一方、貴重な観光資源がたくさんあるのに、過疎化によってなす術もない状態の地域も、全国に散在している。

 仮に、金閣寺や大仏、名城がなくても今や、100人いれば100通りの旅の目的があり、どんな小さなものでも、観光資源になり得る時代だ。

 昨今流行りのB級グルメの祭典「B─1グランプリ」の出場も、全国のB級グルメたちの注目を集め、ずいぶん遠くからマニアックな観光客を呼び寄せる手段となっている。

 第1、2回グランプリの「富士宮やきそば」(静岡県富士宮市)や、第3回グランプリの「厚木シロコロ・ホルモン」(神奈川県厚木市)、第4回グランプリの「横手やきそば」(秋田県横手市)などは、B級グルメマニアならずとも名が知れ渡り、全国区の知名度を得ている。そのほかにも、「浜松餃子」(静岡県浜松市)や、「久留米やきとり」(福岡県久留米市)なども積極的に情報発信している。

 これらのまちは、心配は不要だ。自分のまちを誇りに思う人が存在している。地域の人たちが「わがまちの自慢」を外に向けて発信していく強い意志を持ち、行動を起こしている。20代、30代、40代という中心的な世代が地域に留まり、家庭を持ち、次の世代に繋げていく力と、躍動感を感じる。

 一方、貴重な歴史的な町並みや、文化や風習がありながら、若い世代が流出し過疎化によって活気を失い、このまま何も手を打たなければ朽ち果てていくしかない地域も数多くある。華々しく脚光を浴びる街もあれば、再生力を失ったまちが人知れず明かりが消えていくという、もう一つ別の現実に、今の日本は直面している。

 その代表的な例として、岡山県の中西部に位置する高梁市(たかはしし)があげられる。
 
 高梁市(近藤隆則市長)の人口は約3万5000人。2004年10月の1市4町の合併によって広域となり、観光資源にも恵まれた地域だ。

 なかでも、備中松山城は標高430メートルに天守があり、現存する山城のなかでは日本一の高さを誇り国の重要文化財である。また、ベンガラの町として国の重要伝統的建造物群保存地区の「吹屋ふるさと村」は、江戸末期から明治にかけ、銅山とベンガラの町として栄えた。町並みが弁柄色に統一され、「こんな山奥にこのような素晴らしい集落があるのか」と感心するほどだ。しかし、その多くの住居は空き家になり、現存する生活者の中心は70―80代で、50―60代が青年部といわれている。


ベンガラのまち「吹屋ふるさと村」のまちなみ

 近くには、1900年ごろに建築された吹屋小学校の校舎もある。使用している木造校舎としては日本一古いもので、校庭や校舎の温もりに懐かしさを感じる。夜にはライトアップされ、さまざまな撮影の舞台にもなっている。そのほかにも、ベンガラで富を築いた広兼氏の邸宅があるが、これは山の中腹に石垣を重ねた異様な佇まいで、横溝正史原作の映画「八つ墓村」のロケ地になった場所でもある。


日本一古い木造校舎の吹屋小学校





映画「八つ墓村」の舞台にもなった広兼邸

 これら貴重な観光資源を有していながら、山間地域であるため若者が流出し、少子高齢化が加速するという悪循環が続き、「限界集落」の問題に直面している。08年10月時点の高梁市の高齢化率は35・6%で岡山県内の15市中、最も高齢化が進んでいる。

 このような状況で、高梁市は総務省が展開する「地域力創造アドバイザー事業」に応募した。そして、約2倍の競争率をかいくぐり、09年度事業の全国11市町村の一つに採択された。総務省はアドバイザーとして、東武トラベル企画仕入部副部長で、内閣府地域活性化伝道師の篠原靖氏を高梁市に派遣。篠原氏は現地に入り、地域住民と会合や話し合いを重ね、このほど「備中高梁市元気!プロジェクト」が本格的に始動した。

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 同プロジェクトが実施した「高梁市の観光実態アンケート調査」によると、7割以上が県外からの訪問者で、県外客は近畿地方が4割以上と最も多い。関東地方も2割以上を占めている。また、最も多い旅行者タイプは50歳代の夫婦で、ほとんどが個人旅行。移動手段は7割以上がマイカーということがわかった。

 実際、JR伯備線の「備中高梁駅」から車で約1時間の山間にあるベンガラのまち「吹屋」に行く道すがら、細い農道を通る。車が擦れ違う時には、バックしなければならない場所もある。標識らしいものがほとんどないため、初めて行く人は迷うかもしれない。

 赤銅色の石州瓦と、ベンガラ塗りの外観で統一された「吹屋」の約300メートルの町並みには、人気がほとんどなく長閑だ。にぎやかな観光地をイメージして行くと、拍子抜けする。

 うどんやそばが食べられる食事処や、喫茶店や、お土産屋さんもわずかだが、存在する。まちなみの入口には今年9月にオープンしたばかりの、かやぶきcafe&アートショップ「紅や」がひっそりと佇み、観光客を受け入れる。とても雰囲気が良く、おすすめだ。

 先のアンケートで、不満度が高かったのは、「観光マップ・案内サイン」がないこと、「魅力的なお土産がない」などがあった。実際に行ってみて、残念ながらそれは実感だった。

 高梁市内で1人当たりの観光消費額では、日帰り客が2621円(岡山県平均が6463円)、宿泊客が2万111円(同2万7894円)と低く、「魅力的な飲食店が少ない」「買いたいと思うような土産物がない」などの意見を反映した結果となっている。

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 もうひとつ、標高430メートルの臥牛山頂上に天守が建つ備中松山城は難攻不落の名城。頂上に近いふいご峠駐車場まで車で行かなければ、徒歩ではつらい。しかし、その駐車場も14台収容なので、多くのマイカー客を受け入れることができない。このため、土・日・祝日は車両通行制限によりシャトルバスが運行する。

 10月16日には高梁市内で、「備中高梁元気!プロジェクト」のキックオフと位置づける「地域観光フォーラム」を開いた。高梁市の近藤隆則市長は同市商工観光課長から昨年10月に市長に就任した。全国でもこのようなパターンがよく見られるようになった。

 近藤市長は「ギラギラとした、大手資本が入る観光地化は望んでいない。歴史と伝統文化に育まれた高梁市が今後進むべき方向は、『心に安らぎや潤いが与えられるようなまち』だと思う」と力強く語った。

 近藤市長が方向性を示すように、「本物」の武家屋敷なども現存する備中高梁には、大手資本による「作られた商業的観光施設」は似合わない。アドバイザーとして現地に入った篠原氏は、地域のリーダーたちと膝を詰めて、今も「備中高梁」のまちづくりに取り組んでいる。取材で2日間訪れ、市長や地域の人たちと意見を交わす機会に恵まれ、触れ合った感想は、魅力的な人が多かったということ。これからどのように変化していくのか、今後の高梁市のまちづくりに期待したい。

 そして、ぜひ、心を癒したいときに、そっと訪れてほしい町である。

P.S 
お土産があまりないと書いたが、高梁市宇治町のピオーネ(ぶどう)は大きくて、すごく美味しい。



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