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フィンランドは“ねたみ”の文化。仕事がおろそかになる長者番付発表日

 2005年に日本では犯罪防止などの理由により廃止された長者番付、すなわち高額納税者番付がフィンランドでは根強く残っている。今年の番付は11月2日に各主要、地方新聞及びネットメディアで公示され、瞬時にして各市町村における高額納税者トップ1000名の氏名、納税額、税率など(各市町村別にはそれぞれトップ300まで)が公開された。


オレンジ色の表で紙面の半分にズラリ。
各都市トップ300の高額納税者の名前が公開された。

 さて、この長者番付に自らの名前が発表されるとどうなるか。シミュレーションしてみよう。まず、遠い親戚から用もないのに突然電話がかかってくる。近所の人や友人、知人、実の兄弟姉妹を始めとする親戚縁者の態度が少々ぎこちなくなり、よそよそしくなる。かと思うと、それはもうストレートに「ねぇ、どんなお仕事をなさっているの?」と子どもが通う幼稚園や小学校の同級生の保護者の一人に直撃インタビューされるなど、たちまち日常生活に波紋が広がる。ただでさえ、人口520万人という規模の国ゆえに、住んでいる地域の人の名前と顔は、いとも簡単に一致するのだ。

 職場においても、番付公開の日には、しばし仕事は脇において、ネットでセレブ、スポーツ選手、公務員、政治家と――ありとあらゆるジャンルの人々の納税額から収入などを調べ上げては人々が情報交換をするせわしない1日となる。そして、ここでも同様、その職場内の個人名も検索すれば情報が出てくるので「俺とあいつの給料比べ」なんてことに時間をついやす輩も出てくる。 結果として、この公開日以降に職場などでいざこざや衝突があると、給料の高い方が低い方からのねたみと受け取るので、人間関係がややこしくなる。フィンランド人の多くが自らをそう評するように、フィンランドは“ねたみ”の文化なのだ。

 それでも「全国民の収入や資産が覗けるんだ。これ以上の娯楽はないよ」とセレブやスポーツ選手の年収に好奇の目を輝かせるフィンランド人もいれば、企業の業界別のランキング表を見比べて「製紙業はどこも給料が低いから転職したくないなぁ」と転職活動の参考資料に活かしている御仁もいる。公表されているのは、個人名、就職先のみならず役職名も入っているので、そこを見て、勤めている業界で自分の役職における給料の相場をざっと算出することも可能だ。さらに納めた額の税率から推測して、仕事で得た収入か資産運用による収入かまでもが見えてくる。

 例えば、番付総合30位には元ノキア会長兼CEOで現ロイヤル・ダッチ・シェルの会長ヨルマ・オリラの名前が見られるが、彼の収入に対する税率は49%と高いので就労による収入であることが一目瞭然だが、その30位以上に名前を連ねる面々の税率は29から34%と税率が低いので、彼らは株や土地などの資産運用で稼いだ人達、すなわち資産家であることが見えてくる。


ヨルマ・オリラなど気になるあの人の顔写真もズラリ。
11月3日付のKESKI-UUSIMAA紙で発表された長者番付

 そんな数字の背景の面白さにうっかり感じ入ってしまうところだが、プライバシーの侵害や一般人の名前をズバリ公開することによって治安が悪くはならないのかと心配になる。住所までは公開していないので問題ないだろうというのが国民の理解だが、前述の通り、人の名前と顔が一致しやすいコミュニティゆえに、住所の追及もそう難しくはない。それに何と言っても、これまた前述の通り、実名で公開されてしまった人の周りの人間関係がぎくしゃくしてしまうことに、フィンランド国民は煩わしさを感じないのだろうか――という問いには、煩わしさよりも好奇心が勝つので公開大歓迎ということだった。

 一つだけ大きく頷けるのは、この公示制度のおかげで政治家の給与がガラス張りになっていることだろう。ネットで公開されている番付表のランキングカテゴリーで「政治家」を選ぶと一目瞭然だが、フィンランドの政治家の給料全般の低さには桁数を一つ間違えたかと思わず目をこする(大統領のタルヤ・ハロネンでさえも年収10129ユーロ:約137万円)。これを筆頭に、フィンランドのあらゆる政治家の収入をチェックしながら「この年収で、先日の豪勢なパーティーの資金はどこから出てきたものか?」などと監視の目を光らせることが可能なのだ。これぞ、(2008年に入って5位に下がったものの)ここ数年フィンランドを「世界で一番汚職が少ない国」にランクインさせてきた一要因とも言えるだろう。

 また、番付表では、教職者の収入の低さも数字で見てとれた。お国自慢の「教育の質」がこの数字で守られるか――不安に感じたというフィンランド人もいる。国民の好奇心を満たすだけにはとどまらず、社会全般を改善するためにも役立つ数字が満載の長者番付を改めて見直した。


<関連サイト>

▼ウェブ版イルタサノマット紙上の長者番付トップ1000
http://www.iltasanomat.fi/verotiedot/2008/isotuloiset1000.asp


【編集部ピックアップ関連情報】

○Mz ☆ Hiroのモイモイ フィン・ロック通信
 「フィンランドロック界長者番付!」  2009/11/03
 フィンランドの高額所得者が公表になりました。
 その中で気になるのがフィンランドのロック界で一体誰が一番稼いでいるか?
 さてあなたの予想は???
http://suomirock.blog78.fc2.com/blog-entry-931.html



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今月(2009年11月)は、通常月よりも配信数が多く、下記4本の対談を980円で聴くことができます。合わせて10月配信分の対談も聴くことができます。12月以降配信予定の対談ラインナップも記載しましたので参照してください。
 

▼ 小林弘人(インフォバーン 代表取締役CEO)─井上トシユキ
  少数精鋭、コストダウンを余儀なくされる出版、新聞の近未来

▼ 梶原しげる(フリーアナウンサー)─永江朗
  ビジネスで成果を上げるための「濃いしゃべり」の本質

▼ 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)─河尻亨一
  「インテグレーテッドキャンペーン」で「グルーヴ」を起こす

▼ 小飼弾(プログラム開発者)─井上トシユキ
  創造と依存のバランスが「仕組み」を活かす


※12月以降配信予定の対談ラインナップ
▼中島孝志(出版プロデューサー、キーマンネットワーク主宰)---永江朗
▼森谷正規(技術評論家)─永江朗
▼三浦展(カルチャースタディーズ研究所 代表、マーケティング・プランナー)---河尻亨一
▼夏野剛(株式会社ドワンゴ 取締役、慶應義塾大学  政策・メディア研究科特別招聘教授)
  ---本田雅一(テクニカルジャーナリスト)
▼宮永博史(東京理科大学MOT大学院 教授)---本田雅一


配信先:株式会社オトバンク「FeBe」
http://www.febe.jp/podcast/mediasabor/index.html


<2009年10月配信分の参考記事>

▼ 鈴木謙介(関西学院大学 社会学部 助教)─井上トシユキ
 (一部を抜粋のテキスト記事リンク: 変貌するメガヒットのメカニズム「わたしたち消費」とは
http://mediasabor.jp/2009/10/post_707.htm

▼ 神林広恵(ライター)─永江朗
 (一部を抜粋のテキスト記事リンク: スキャンダル雑誌の金字塔『噂の眞相』のつくりかた
http://mediasabor.jp/2009/10/post_708.html

 

 

 

 


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