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小林弘人×井上トシユキ対談 出版・新聞のネオビジネスは業界の外から勃興する

  • MediaSabor 編集部

メディアサボールのビジネスポッドキャスト「ロングインタヴューズ」の第三回目の対談企画。株式会社インフォバーン CEO 小林弘人氏と井上トシユキ氏との対話(放送時間 60分)の一場面から切り取った内容を掲載いたします。 


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 <小林弘人>プロフィール
1965年生まれ。メディアソリューション事業を核とする株式会社インフォバーンCEO。
94年、インターネット黎明期に米国で勃興するインターネット文化を伝える雑誌
「ワイアード」日本版を創刊。98年、「サイゾー」創刊。03年頃から、有名人ブログの
プロデュースに携わり、高橋がなりや眞鍋かをりなど、雑誌やブログのコンテンツを
書籍化し、ブログ出版の先鞭をつける。2006年、全米で著名なブログメディア
「ギズモード」の日本版を立ち上げる。メディア・プロデュースと経営の傍ら、
講演やメディアへの寄稿をこなす。
2009年 著書「新世紀メディア論 新聞・雑誌が死ぬ前に」を発表。
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対談概要としては、紙媒体、ネットメディアの両方を手がけ、新たな地平を切り拓いてきた先駆者 小林氏に、出版、新聞業界の問題点と未来予想、国内外の注目事例などについて迫るものです。

音声本編の配信先は株式会社オトバンクが運営する「FeBe」上です。
http://www.febe.jp/podcast/mediasabor/index.html


 

(井上)
───出版業界のビジネスを振り返ってどう評価されていますか。

(小林)
細かい規制や取り決めごとなどがあり新規参入しづらい業界ですね。老舗出版社に対しての契約条件が異なっていますし、伝統的でイノベーションが起こりにくい業界です。そういう構造の中でプレイヤーとしてやるには、本当に好きじゃないとできないです。ビジネスのしくみとしては合理的ではないと思います。ただ、全国的な流通網が整っているので、その点は優れているのですが、逆に、それしか手段がないのか、ということです。



(井上)
───ビジネスモデルの55年体制のようなものですね。それが、これからは通用しない時代になっているということでしょうか。

(小林)
1998年あたりからいかがなものかと書いたり、言ったりしてきましたが、出版社、取次ぎ、書店が三位一体、共存共栄しあう形といえば聞こえはいいけれども、この3社と話をしても読者のことが出てこないんですね。売れないことについては、お互いの非をいうだけに止まっています。ユーザーオリエンテッドじゃないんです。業界構造があまりにも強固なことを、私は「出版原理主義」と呼んでいますが、業界内からの新しい試みは出てこないとみています。

(井上)
───新聞業界も似たような体質ですか。

(小林)
業界構造は異なりますが、古くからの体制を維持してきたことについては同様です。

(井上)
───10年くらい前のデータと比較してみました。雑誌の売上高は1998年に1兆5315億円だったのが、2008年には1兆1299億円と26%減、つまり、4分の1売上が減ったことになります。書籍は、1998年に1兆100億円だったのが、2008年には8878億円と12%の減少です。このような傾向を考えると従来型出版ビジネスはだんだん成り立たなくなるということでしょうか。

(小林)
基本的には成り立たなくなると思います。経営をやっていればわかると思いますが、コストや配本のしくみが、重くのしかかってきています。配本については、納入してお金をもらって、あとで返本をかぶるという流れになっています。現在、新刊書の返本率は6から7割にものぼっていて、低く見積もっても5割程度だといわれています。いわば、巨大な自転車操業のようなものです。多くは未上場の企業なので、厳格な監査をうけることがないまま経営の危険水域に入っている企業も多いのではないでしょうか。

(井上)
───出版業界の危機はわかりましたが、では、ネットがそこを代替できるのか、という点についてはどうみていますか。

(小林)
ネット専業では難しいとみています。ネットは全体のビジネスモデルを構築する上での玄関、入口の役割として考えるべきだと思います。アメリカの新聞がネット配信のコンテンツを有料化するという話もありますが、それで現業の人員規模を維持することは困難です。

(井上)
───まさに、そういったことを米国のジャーナリストの方でいっている人がいまして、紙をネットにほぼ100%置き換えたと仮定して、コストは40%カットできるものの、収益は90%落ち込んでしまうので、ビジネスモデルとして成り立たないということなんです。

(小林)
それと、働く人のメンタリティーもネックになってきます。これまでの競合者は、自分たちと同等の規模であったり、働き方をしている企業だったわけですが、ネットの世界で闘うことになりますと、休みや睡眠時間を削って働くような無茶をする個人などとも競合することになるので、これまでの働き方、思考では通用しないことになります。また、ネットの技術的な進化にも絶えずアジャストしていくような姿勢、向上心が求められます。

(井上)
───出版、新聞の従来型ビジネスを変えていくには、まだまだ大きい障害があるということはわかりました。コストの削減は喫緊の課題ですが、コンテンツのクオリティをどう保つのか、という問題があります。

(小林)
ネット上でクオリティメディアを実現することは、必ずしも不可能ではないと考えています。『サンフランシスコエグザミナー』の編集員だった人たちが辞めて立ち上げた「サロン・コム」というニュースサイトを運営している企業は株式公開を果たしましたし、ワシントン・ポストが買収した「スレート」というニュースサイトの記事は色々な賞を獲得しています。また、AOLの事業部門MediaGlowにおける取り組みとして、新聞社を早期退職したり、リストラされた人たちを直接雇用して、オリジナル記事を書いてもらったりしていることで、質の高さとアクセス数の伸びを実現しています。

(井上)
───そういうところでは、どうやってビジネスを成立させているんですか。やはり、広告ですか。

(小林)
広告収益の割合が高いですが、記事の二次配信もあります。通信社的な情報販売ですね。それと、アメリカの場合は、国土が広いのでハイパーローカルメディアという形で、たとえばワシントン州に特化した記事を配信し、ユーザーのドネーション(寄付)で収益を賄うようなケースもあります。寄付というと「それは日本にはなじまない」といういわれかたをされがちですが、私の見方は違っていて、米国は少額決済のPayPalが普及していることが大きいと思っています。日本には、まだそのような少額決済のデファクトスタンダードが根付いていません。いずれにしても、ネットビジネスの鉄則ですが、少数精鋭でローコストオペレーションに徹していくことが重要です。そうしているうちに、ある時点で、収益がコストを上回ることになると、印刷などのコストがかからないことや在庫リスクがないことで、利益率が高くなっていきます。だから、高い経費をかけてネット事業を行おうとする出版社がありますが、それは間違っているのです。

(井上)
───少数精鋭でやるということになりますと、一人一人の負担はかなり重くなっていかざるをえないわけですね。

(小林)
そうです。オンラインメディアの従業員にかかってくる負荷は概して重いです。ですが、負担を分散させる方法論はありますし、今後、大手企業がやっているような総合的なジャンルの情報をすべて自前で用意して提供するようなスタイルはより少数の企業に限られてくることになります。これからは、情報を構築していくための様々な機能が分化していって、ファンクションごとに少数精鋭になっていくものと予想します。いずれにしても、収益確保のための標準化はされてない段階ですので、とにかく手をつけるしかないと思うんですね。試行錯誤、実験を繰り返す中から、独自の方法論を編み出していく姿勢が要求されるのです。



<対談の全体概要>
◎伝統的出版のビジネスモデルを振り返って思うところ
◎伝統的な出版業界人とのカルチャーギャップ
◎出版市場の動向
◎ネットは現状の出版市場の代替プラットフォームになりうるのか
◎海外オンラインメディアの動向
◎コストを抑えて、いかに記事のクオリティを保つか
◎旧来の出版ビジネスモデルをどう変えていくべきか、また、どう変化していくのか
◎受け手の変化、多様化、ニッチ化、タコツボ化
◎情報供給側の機能、役割の細分化
◎メディアリテラシー教育の重要性
◎ネットの炎上問題
◎日本のオンラインメディアで注目される動き
◎市民ジャーナリズムは育つか
◎情報ビジネスで稼ぐためのメソッドはあるのか
◎情報配信プラットフォームの近未来

(収録日 2009/08/27)


【編集部ピックアップ関連情報】

○情報考学 Passion For The Future 2009/08/23
 「新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に」
 新しいメディアのプロデュースにおける心構えとして小林氏は、次のように
 語っている。メディアだけでなくITビジネス全般にも通じそうな話でもある。
 「新しいプラットフォームがつくるスフィア(生態圏)では、そこに棲む
 人たちの関心や行動パターンなどを、皮膚感覚で理解する必要があります。
 それが「その他大勢」よりも優位に立てる条件であり、ライティングや
 動画製作のプロであるか否かは二の次だとわたしは考えます。」
 ユーザーオリエンテッドかテーマオリエンテッドで生き残れという指南も
 あった。古い業界体質に対しては辛口だが、出版業界に対する根底的な
 部分での愛を感じる、著者なりのツンデレなメッセージの本である。
http://www.ringolab.com/note/daiya/2009/08/post-1055.html

○Roko's Favorite Things  2009/10/13
 『新世紀メディア論-新聞・雑誌が死ぬ前に』 小林弘人
 新聞や雑誌がドンドン衰退していっている。一時は元気だった
 フリーペーパーすらも広告主が見つからずに苦戦しています。
http://roko3.cocolog-nifty.com/tuiteru/2009/10/--35be.html



【ビジネスポッドキャスト「ロングインタヴューズ」のPR】

爆発的に情報が氾濫する社会においては、選択肢が多すぎることで、逆に本質的で確かな情報を捜し求めることは、以前に増して困難化しつつあります。ネットやケータイは便利ですが、反面、コミュニケーションの質が「薄い」ものになっていると感じることはありませんか? そうした面を鑑み、ネットや雑誌、書籍などのテキスト情報だけでは感じ取ることのできない、アナログで人間的な付加価値の高い情報を提供していく必要性があるとの結論に至り、メディアサボールは、新たな音声番組プロジェクトとして「ロングインタヴューズ」をプロデュースしていくことになりました。

ビジネスポッドキャスト「ロングインタヴューズ」はビジネス分野を中心にメディア、カルチャーなどの分野も含めて月に2から3名の専門家や経営者、クリエイターなどの先達をゲストに迎え、経験豊富なインタビュアーが業界動向、時代の潮流、智恵、ノウハウ、生き様に迫る対談をネット上で配信する番組です。放送時間は1本あたり60から90分程度です。音声コンテンツなので、忙しい方でも通勤時間や移動時間に聴くことができ、普段、なかなか講演会やセミナーに参加する時間がとれないという方にとっても有益な情報源になります。インタビュアーが本音、本質に迫るべく大胆に斬りこみますので、思いがけない話、秘匿性の高い情報も飛び出します。ウェブ検索では手に入らない刺激的な語りをお楽しみください。

今月(2009年11月)は、通常月よりも配信数が多く、10月配信分を含めて6本の中身の濃い対談を980円で聴くことができます。12月以降配信予定の対談ラインナップも記載しましたので参照してください。

音声本編の配信先: 株式会社オトバンクが運営する「FeBe」上です。
http://www.febe.jp/podcast/mediasabor/index.html


▼ 鈴木謙介(関西学院大学 社会学部 助教)─井上トシユキ
 (一部を抜粋のテキスト記事リンク: 変貌するメガヒットのメカニズム「わたしたち消費」とは
http://mediasabor.jp/2009/10/post_707.htm

▼ 神林広恵(ライター)─永江朗
 (一部を抜粋のテキスト記事リンク: スキャンダル雑誌の金字塔『噂の眞相』のつくりかた
http://mediasabor.jp/2009/10/post_708.html

▼小林弘人(株式会社インフォバーン CEO)─井上トシユキ(上記掲載抜粋記事参照)

▼ 梶原しげる(フリーアナウンサー)─永江朗
  ビジネスで成果を上げるための「濃いしゃべり」の本質

▼ 伊藤直樹(クリエイティブディレクター)─河尻亨一
  「インテグレーテッドキャンペーン」で「グルーヴ」を起こす

▼ 小飼弾(プログラム開発者)─井上トシユキ
  創造と依存のバランスが「仕組み」を活かす


※12月以降配信予定の対談ラインナップ
▼中島孝志(出版プロデューサー、キーマンネットワーク主宰)─永江朗
▼森谷正規(技術評論家)─永江朗
▼三浦展(カルチャースタディーズ研究所 代表、マーケティング・プランナー)─河尻亨一
▼夏野剛(株式会社ドワンゴ 取締役、慶應義塾大学  政策・メディア研究科特別招聘教授)
   ─本田雅一(テクニカルジャーナリスト)
▼宮永博史(東京理科大学MOT大学院 教授)─本田雅一

 

 


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