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「高速道路料金上限1000円」の影響と「旅行需要平準化」の課題

 2009年の旅行・観光業界を振り返ると、新型インフルエンザのパンデミックや、リーマンショック後の世界的な景気後退による大打撃などが真っ先に上げられるが、その陰で地殻変動のごとく、グラグラと観光産業のゆるい地盤を揺らし続けているものが、一つある。

 それは、2009年3月末からスタートした高速道路のETC割引による上限1000円化だ。

 何が変わったか? まず、ロングドライブによる日帰り化が一気に増えたため、観光地の旅館の宿泊者が減った。一方、航空機や鉄道、フェリーなどの公共交通機関の利用者が減った。さらに、マイカードライブ&ネット(携帯)宿泊予約の増加で、旅行会社の利用者が減った。当然、土・日・祝日の高速道路の激しい渋滞が増えた。

 つまり、旅行者個人にとっては相当に割安である一方で、旅館やホテルの年間宿泊者数の減少、航空会社や鉄道会社などの公共交通機関の利用者減、そして旅行会社離れと、観光産業にとっては、全方面で逆風となっているのである。
  
 しかし、このような結果は観光業界の関係者であれば、大方予想はついていた。旅館・ホテル、レジャー・観光施設は、休日には黙っていてもお客さんは来る。むしろ、「満室のため、申し訳ございません」と身を切られる思いで大切な顧客を断っているくらいだ。

 そこにもってきて、国が「日本全国どこまで行っても上限1000円」(例外あり)という、特典をつけたものだから、土・日・祝日に旅行者が集中するのは火を見るより明らか。

 これまで観光業界は、「旅行需要の平準化」へさまざまな取り組みをしてきた。将来を見据えれば、旅行需要の平準化が最大の課題であり、10年くらい前から、しきりと言われていた。約13億人の人口を有する中国をはじめ、世界中で観光客が爆発的に増加するなかで、休日には万里の長城といった有名観光地が混雑しすぎるという問題が当然出てくる。日本だって、年間5000万人が訪れる京都の清水寺や金閣寺なども、ハイシーズンの休日は観光客で溢れている。全国各地にある桜や紅葉の名所も、ピーク時の週末はマイカーや観光バスの渋滞が激しく、駅も観光客でごった返す。楽しい行楽気分よりも、苦痛が先立つ。そして、旅先では、旅館やホテルの予約はまったく取れない。

 一方、平日は、車はスイスイ、部屋はガラガラ。これでは、旅行者にとっても、観光産業にとっても不幸な状態である。

 マイナス面ばかりを並べたが、「高速割引1000円」が観光産業や地域の活性化に大きな可能性を与えたのも確か。1000円効果によって、これまでに「夢にも行こうとは思わなかった」遠距離の観光地に旅行者を運ぶ効果が現れている。

 かく言う私がもっとも良い例だ。

 今年の夏休みのことだが、神奈川県から青森県下北半島の「恐山」まで、高速道路ETC1000円割引で行って来た。早朝と真夜中のちょうど中間くらいの時間帯にひっそりと家を出て、車のエンジンを掛けて、気合を入れてハンドルを握った。どのくらい運転しただろうか。意識が朦朧としてきたので、サービスエリアで遅めの美味しいモーニングコーヒーを飲んだのが、仙台近く。時間帯が良かったのか、混雑はほとんどなかった。

 恐山観光を存分に楽しんだのだが、その恐山の随所に散りばめられた異様な風景以上に驚愕した光景は、相模ナンバーの我が車の横に、練馬や習志野、川崎、静岡ナンバーがずらりと並んでいることだった。よく見ると、和歌山や九州の熊本ナンバーもあり、背筋がゾッとした。高速道路が1000円になると、恐山の魔力は、遠く首都圏や九州までも届き、吸い寄せられてしまうのかと、感じ入ってしまった。まあ、恐山のようなマニアが好む場所でさえそうなのだから、東京ディズニーランドや、ユニバーサル・スタジオ・ジャパンなど大きな“吸引力”を持つ人気観光地には全国各地から1000円で訪れたことであろう。

 さて、財団法人日本交通公社主任研究員の黒須宏志氏は、12月16日に開いた旅行動向シンポジウムで高速割引1000円に着目し、さまざまな分析結果と今後の見通しを語った。

 「この10年、わずかではあったが平日出発の宿泊旅行が増えていたが、09年4―9月は08年の35%から29%に減少。一方、夏休みやGW、土・日・祝日発の宿泊旅行の比率が増えた」と黒須氏はウェブ調査の結果を報告。また、同期間に「09年4―9月の宿泊者数が全体で20%近く減少し、その3分の2は平日の減少分」とした。

 高速道路の完全無料化をマニフェストに掲げる民主党だが、現在のところ早期の実現は難しそう。手や足の指先にまで血液が流れなければ、日本国内は活性化しない。休日のみに心臓から大量の血液を吐き出しても、細い血管はすぐに詰まってしまうし、最悪破れてしまう。365日大きな変動もなく、地域的に大きな格差もなく、観光地に人が流れ続けることが大切。高速道路の完全無料化が難しいならば、たとえば「365日一律上限1000―2000円」などの方が、理にかなっている。また、現在の状況では、JRや航空会社など公共交通機関の、宿泊券とセットになった「平日観光割引」等、弾力的なサービスが望まれる。高速道路では不可能な、平日の「お得感」を打ち出してほしいものだ。

 そして、地方自治体は、マイカーで多くの観光客を迎え入れるメリットを享受する一方で、地元のバス会社やフェリー会社を地域全体で愛し、守り、育てていく努力も必要だろう。

 いずれにせよ、今年導入した「高速道路1000円」が与えた産業や地域への影響、そして、今後の日本の観光を考えるうえでの影響度は、計り知れなく大きい。

 

 


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