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反発受ける米国の新たな乳がん検診指針

11月に米政府の予防医学作業部会が発表した乳がん検診に関する新たな指針は、全米の女性達に大きな波紋を投げかけた。これまでは健康診断時に医師による胸の触診と、40歳以上の女性は年に1回の乳房X線撮影(マンモグラフィー検査)、そして自分でも毎月、胸のセルフチェックをすることが推奨されていた。新たな指針ではこれが一転して、40歳ではなく「50歳から」の、毎年ではなく「隔年」のマンモグラフィー検査、そして「医師によるセルフチェック指導は無用」となったのだから、天と地がひっくり返ったような騒ぎである。

米国女性の8人に一人は、一生のうちに乳がんを発症すると言われている。乳がんの診断を受ける人は年間21万人にのぼり、女性のがんによる死亡の中では、肺がんに次いで乳がんが2番目の要因だ。長い間、米国がん協会をはじめ様々な団体が乳がん制圧をめざして検診の普及や啓蒙に取り組んできただけに、新たな指針に対する反発は強い。

私の住むテキサス州ダラス市には、スーザン・G・コーマン・フォー・キュアという乳がんの研究、教育、啓蒙活動を支援する非営利団体がある。36歳だった姉のスーザン・G・コーマンさんを乳がんのために亡くした後、乳がん撲滅のためにできる限りのことをやるという約束を果たすべく、ナンシー・ブリンカーさんが1982年に発足した団体だ。これまでに13億ドル以上の基金を集めるなど、世界最大規模の乳がん撲滅活動団体に成長した。11月23日、ブリンカーさんは早速、この新たな指針は乳がん撲滅への取り組みを逆行させるものだと非難し、「マンモグラフィー検査は、命を救う。これまで通りの対応を続け、医師と相談しましょう。私達の団体では、指針を変更しません」という声明を発表した。

新たな指針発表から半月あまりが過ぎようとしているが、今も多数の乳がん経験者から「マンモグラフィー検査を受けていたから、乳がんを発見でき、今も生きていられる」、「家族に乳がん歴もなく、食事や運動にも気を配った生活をおくっていたのに、40代で乳がんになった。40代のマンモグラフィー検査は絶対に必要だ」といった体験談が全米のメディアで報道されている。

「マンモ検査は50歳から隔年でよい」という結論だけが一人歩きしている感が強いので、報告書に目を通してみた。今回の指針変更は、新たな発見があったために、方向転換されたわけではない。これまでの様々な研究調査データをもとに、乳がん検診の有効性、及び乳がんリスクが高くない人に関して最も効率のよい検査プログラムを特定するために、乳がん検診と乳がん死亡率の関連や、検診による恩恵と不利益を分析したものだ。

乳がん検診の有効性については、「マンモグラフィー検査が、39歳から69歳の女性の乳がん死亡率を低下させている。偽陽性結果や、そのための再検査も見られる。医師による触診やセルフチェックによる(死亡率低下の)恩恵は見られない」と結論づけている。これが医師によるセルフチェック指導は無用という指針になったわけだ。

またマンモグラフィー検査による不利益として、偽陽性のために実施される不必要な再検査や細胞診とそれに伴う受診者の精神的苦痛、また過剰診断により、成長が遅く生命に危険を及ぼさないであろう異変でも発見されれば治療してしまうといったことが挙げられている。マンモ検査で偽陽性がでる確率は40代の人の方が50歳以降より60%高く、また隔年検査にすることで偽陽性などの不利益を50%近く削減できるとして、「40歳から49歳での検査は、不利益が恩恵を上回る」と結論し、検査開始推奨年齢や検査頻度が変更された。

また乳がん検査と乳がんによる死亡を効率性の観点から分析すると、60歳から69歳の検診がもっとも有効で、次に50歳から74歳、40歳から49歳で受ける検診と続く。60歳から69歳では377人の検診を行うことで一人の乳がん死を防ぐ計算になり、50歳から74歳では一人を救うために1339人を検診する必要がある。40歳から49歳では、1904人の乳がん検診をしてやっと一人を救えることになるという。

新たな指針は、データに基づいた分析及び確率論から導き出された結論である。報告書の考察欄をみると、「全国的な検査プログラムの目標が、最も効率よく死亡率を減らすことであれば、50歳から69、74、あるいは79歳までを対象に隔年で行うのが良い。もし検査プログラムの目標が、生存期間を最大限に延ばすことであれば、40歳から隔年で検査をするのが良い。いつから検査を開始し、いつやめるかは、偽陽性や過剰診断リスクをどこまで許容できるかによる」と書いてある。

指針はリスクの低い40代の人は、マンモグラフィーを受けるなと言っているわけではない。
予防医学作業部会の副座長のダイアナ・ぺティティ医師も、「あなたが40代の女性だったら、どうすべきか。医師と相談し、健康状態や家族の乳がん歴、自分自身の考え方を踏まえて、マンモグラフィーを受けるかどうかを決めてください」とコメントしている。

科学はデータに基づく必要がある。マンモグラフィー検査で間違った結果がでることがあるのも事実だ。しかし人はデータではない。データや確率論だけでは割り切れない。やはり受診者側が様々な情報を収集し、自分で納得して決めるしかないのだろう。

<関連リンク>

http://www.ahrq.gov/clinic/USpstf/uspsbrca.htm 
(英語、予防医学作業部会の乳がん検診指針勧告)

http://www.afpbb.com/article/life-culture/health/2665255/4927143
(日本語、40代はマンモグラフィー検診不要に医師らが大反論、米国 AFPニュース

http://abcnews.go.com/Health/OnCallPlusBreastCancerNews/celeb-survivors-rail-breast-cancer-screening-guidelines-olivia/story?id=9128759 
(英語、ABCニュース、乳がん検診の指針変更に反対する乳がん経験者のオリビア・ニュートンジョン、ジャクリーン・スミス、ジェリル・クロー)

http://www.dallasnews.com/sharedcontent/dws/dn/latestnews/stories/112709dnmetmammograms.3f4c9cb.html 
(英語、ダラス地区の診療所は新たな乳がん指針を無視し、マンモ検査を推進)

http://ww5.komen.org/ 
(英語、スーザン・G・コーマン ウェブサイト)

 

 


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