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モゥ止まらない!? フィンランド牛乳論争

 3月9日付のヘルシンギンサノマット紙(WEB版)に「フィンランドの消費者、国産牛乳の販売を強く希望」というタイトルの記事が掲載された。

 事の発端は、その前の週にフィンランド最大の小売業者、HOK-Elanto社が、取り扱う普通牛乳(スキムミルク、全乳、低脂肪乳など)をフィンランド国産のValio社から、スウェーデン・デンマークの外資系、Arla Ingman社製のスウェーデン産生乳を原料とした製品に切り替えると発表したことにある。この牛乳論争は、3月5日、8日と続いて3回に渡って同紙WEB版で記事となり、物議をかもした。

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低脂肪、無脂肪、低乳糖、スキムミルクと、
様々な種類の牛乳がずらっと並ぶ陳列棚


 ネット上でも書き込みを通して様々な議論が繰り広げられ、ついには、首相のマッティ・ヴァンハネン氏までもが、自身のブログにて発言。国民に「地元のスーパーを25年に渡って愛用してきたが、そこではもう国産牛乳を売らなくなったのでボイコットする」ことを報告した。この騒ぎにHOK-Elantoは、少なくともValioの無脂肪と低脂肪牛乳は、同販売網のプリスマ・スーパーマーケットの棚には陳列しておくことを約束。それ以外の卸先ではValioとArla Ingmanの両方を並べるスペースが確保できるか検討した上で結論を出すことにしている。3月8日に同社は、「生乳がスウェーデン産でも、フィンランド国内で製造加工された牛乳は、“フィンランド産”」という声明も発表した。

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寝る前に飲むと良く眠れるというIngmanの
ユオマイト(夜ミルク)は、日本のメディアでも
紹介されたことがある。



 さらにヴァンハネン首相は、「このような消費者に選択肢を与えない販売方法はけしからん」とブログに綴っているが、そもそもHOK-Elantoが属するSグループとKグループの二大販売網しか存在しないに等しいこの国で、「消費者の選択肢」などそう大きくは無い。しかも、フィンランドのどの町の中心街にもSグループ系列とKグループ系列のスーパーが二つ、至近の距離にあるので、Sにない商品はK、Kにない商品はSと消費者はそういう形で選択をしている。そんなに大げさな話ではないのだ。

 さらに視点をずらして政治的側面から見てみると、Valioは先の選挙でも首相が所属する中央党を支持し、数千ユーロの資金援助を行っている。2007年の選挙でも、与党に対して二万ユーロほどの贈与を行ったとされている。首相のValioびいきはお金のせい? その点、Arla Ingmanはどの政党のキャンペーンにも資金援助などはしておらず、政治色は皆無。「清い牛乳」である。

 一方、ビジネス面から見ると至ってシンプルだ。国産のValioは、一時期はHOK-Elantoのメイン・ミルク・サプライヤーに選ばれたものの、わずか一年足らずで解約された。Valioは製品の製造のみならず、販売・配送ルートの管理をも手掛けることを要求しており、Arla Ingmanにはそのようなこだわりが無いため、同社の乳製品は他の商品とまとめて搬送することが可能だからだ。この柔軟性のある対応に、経済的なサプライヤーに軍配があがったのである。

 それにしても、隣国から牛乳を輸入するぐらいで何をそんなに……? と思われるかもしれないが、Arla Ingman社は欧州随一の乳製品製造業者であり、フィンランド国産Valioにとって、同社と国内で競わざるを得なくなったこの状況はただ事ではない。さらに牛乳よりもっと心配なのはチーズだ。同紙によると、フィンランド国内で消費されているチーズのうち4割もが、輸入製品だというのだ。ヨーグルトも、しかり。リトアニアからの輸入製品が大きく食い込んできている。と言うわけで、チーズやヨーグルトは外国産で良くても、牛乳を輸入することがどうしてこれほど国民感情をあおったのか、Arla Ingmanの重役、ロバート・イングマン氏は「さっぱりわからない」と発言した。

 また、目隠しをして両国産の牛乳の飲み比べ調査をしてみたところ、ほとんどのフィランド人に国産、スウェーデン産の味の違いが分からなかったという。筆者も数年に渡ってValioとArla Ingmanを飲み比べてきたが、未だに味の違いが「さっぱりわからない」。

 一方でKグループにもSグループにも属しないドイツ系スーパーマーケットLidlで、国産Valio製牛乳が最安価で販売されている。たかが牛乳されど牛乳の国民感情を正確にとらえ、商品のほとんどがドイツ製という外資系スーパーマーケットにおいて、客の呼び水になっている。ドイツ賢し、である。

 この一連の牛乳論争。フィンランド人の国民感情にスポットを当ててみよう。歴史をさかのぼると、お隣スウェーデンはかつて700年にも渡ってフィンランドを統治下に置いた目の上の大国。オリンピックのアイスホッケーだって、フィンランドが勝つことより、スウェーデンが負けるのを見届けるのが正しい観戦の仕方だというフィンランド人が、スウェーデン産の牛乳をありがたがってごくごく飲むものだろうか?

 さらに、一年の半分が暗闇に包まれる高緯度の国で、牛乳とは、生活の一部に欠かせない貴重なビタミンD源でもある。身体の大事な基礎である骨組みを作る牛乳だからこそ、子どもに毎日飲ませたい牛乳だからこそ、国産品をと願う気持ちも強かろう。

 一方で、フィンランド国民の中には「国産である必要があるのか?」「そもそも国産牛乳は高すぎる。安ければスウェーデン産のものでも構わない」という声も上がってきている。さまざまな面で感情の波があちこちを交差するものの、何かにつけて合理主義のフィンランド国民のこと。じわじわとなんだかんだ言って、最終的にはスウェーデン産牛乳を受け入れて行くことが予想される。「安い牛乳」と「高い牛乳」の二つのセグメントに分かれたデンマークのコペンハーゲンにヘルシンキが追随する日もそう遠くは無いと言われている。   



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