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医療現場を叩くだけでは好転しない「医療崩壊」

■医療消費者としての賢い患者

いままで3回に渡り患者の視点から見た「痛み」をとりあげてきたが、これには少しばかり訳がある。いま日本の医療が直面している多くの問題を根底から解決できるのは、実は医師でも行政でもなく、私たち患者一人ひとりの意識ではないかと考えているからである。

患者の意識が変われば自ずと医療も変わるに違いない、そう思っている。そのためには自分の健康に敏感な賢い患者にならなくてはならない。さんざん無茶をしておいて具合が悪くなってからあれこれ取り替えろと言っても、そうはいかないのが身体なのだから。

昨年の医学書ベストセラーとなった『「医療崩壊」─立ち去り型サボタージュとは何か』(小松秀樹 著  朝日新聞社)でも指摘されているように、医療体制のバランスはまさに需要と供給の上に成り立っている。いかに人の命を扱う業種とはいえ、病院経営はある程度、潤わなければ継続も発展も望めない。

医療経済学的にみて継続も発展も出来ないような医療サービスで、果たして国民の健康を守れるのだろうか。いま厚生労働省が進めている改革は、医療費の削減にばかりに力が入ってしまって、国民の健康を守るという本来の仕事が疎かになっているように思えてならない。

たとえば、診断や治療などの医療サービスを医療機関の「商品」として考えれば、患者側は「医療消費者」ということになろう。消費者である以上は受けた医療サービスに対して当然対価を支払う。

我が国の国民皆保険は、世界的にみても比類無き優れた制度ではあるが支払い方には問題があった。窓口で支払う自己負担金があたかも医療費のすべてかのような錯覚を患者に与えてしまったのである。健康保健料は毎月給与から差し引かれるため、長い間、患者の消費意識を麻痺させてきたともいえる。どうせなら使わなければ損だという人たちまで現れてしまった。

救急車をタクシー代わりに呼ぶ男性、処方された薬を勝手な判断で服用せずに捨てていたサラリーマン、医師が薬を減らすと文句を言うという老人からも話を聴いてきたが、こうした患者の意識を変え、医療費の徹底した無駄遣いをなくすことも重要だ。

患者の意識が変われば現行の医療保険制度だって変えざるを得なくなるだろうし、医療者側も胸を張って医療費を請求できるような素晴らしいサービスを考えるべきだろう。

もちろん、必要があれば医師の応召義務(診察医療の求めがあった場合には正当な事由がない限り診療を拒むことはできない)だって見直せばいい。大事なことは患者も医療者側も互いの理解をもっと深めるような行動に出ることなのだ。


■医療人としての資質とは何か

さて、医者自身が病気やけがで入院すると、共通したことを口にすることに気付く。それは相手の目線だ。ベッドに横たわっていると、周囲の人の目線が自分を見下ろしている事に初めて気が付く。今まで自分は、患者にこんな威圧感を与えていたのかと反省する医師も多い。

2005年度から全国の医学部および歯学部では、医療面接の際の客観的臨床能力試験(OSCE=オスキー)が実施されるようになった。模擬患者を相手に主訴や病歴などを聞き出すコミュニケーション能力を評価する試験である。

模擬患者(simulated patient)とは、学生の問診を受ける患者役を一定の訓練を受けて演じる人のことである。過去に病気やケガを経験した人などが多く、その体験を活かして医学生に患者の心理を伝えるということに賛同した人たちだ。彼らは一般にSPと呼ばれている。ほとんどがボランティアだ。

SP(模擬患者)には演技力はもとより、学生とのコミュニケーション場面を客観的に記憶し、演技終了後は、すばやく演じた役柄から「評価者」になりかわり、学生に良かった点、改善すべき点を1分ほどでフィードバックしなければならない。

このとき注意しなくてはならないことは、面接中に実際におこった出来事や言葉として発せられた内容、仕草などについて具体的に指摘することだ。評価者といっても、患者の苦痛を理解できる素晴らしい医師になってほしいという願いを込めて接しているから、その眼差しは皆わが子を見つめるようでやさしい。

そもそもこの客観的臨床能力試験(OSCE=オスキー)は、医学生のコミュニケーション能力を引き上げる目的で始められた。ところが、試験となると多くの学生たちは器用に平均的な接客態度をどんどん身につけていく。逆に言葉や態度が上滑りしてくる。実際の患者は表面的な技術よりもその奥を見抜くことができるものだ。

そんななかで、ほんとうは真摯に一生懸命なのだが話術や表情で損をしている学生をたまに見かけると「俺だったらこの子に診てもらいたいなぁ」と、心の中でエールを送ることもある。

 

■参考情報

●東京日和 イザ!「崩壊進む医療制度」小松秀樹先生に聞く 2007/06/16
http://skyteam.iza.ne.jp/blog/entry/197913/

●J-CASTニュース「マスコミの魔女狩報道 医療崩壊を招いた?」2007/05/16
http://www.j-cast.com/2007/05/16007526.html

●団藤保晴ブログ時評「医療制度改革試案とメディアの虚栄」2005/10/23
http://dando.exblog.jp/3664815/

●団藤保晴ブログ時評「勤務医は既に優良職業から脱落した?」2007/04/15
http://dando.exblog.jp/6734312/

●Sun&Moon Blog「追い詰められる医療現場」2007/06/04
http://catsmoon.exblog.jp/6938158#6938158_1

●Sun&Moon Blog「医師不足の構造」2007/05/28
http://catsmoon.exblog.jp/6910333#6910333_1

●Sun&Moon Blog「医療崩壊」2006/11/20
http://catsmoon.exblog.jp/6068370

●道標Guideboard「医療崩壊の元凶」2007/03/22
http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2007/03/post_a86b.html

●道標Guideboard「医療制度どう改革するのか」2007/05/03
http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2007/05/post_a4c2.html

●道標Guideboard「医療崩壊と新自由主義」2007/05/29
http://sword.txt-nifty.com/guideboard/2007/05/post_6dc2.html

●新小児科医のつぶやき「医師不足を認める日」2007/06/05
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070605

●新小児科医のつぶやき「医療のday after tomorrowは」2007/06/06
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070606

●新小児科医のつぶやき「day after tomorrowの続き」2007/06/07
http://d.hatena.ne.jp/Yosyan/20070607

●現在のガン治療の功罪について、抗ガン剤治療と免疫治療
「近づく医療崩壊!?」2007/04/09
http://umezawa.blog44.fc2.com/blog-entry-467.html

●米光 一成  こどものもうそうblog
「『医療崩壊 「立ち去り型サボタージュ」とは何か』感想2006/07/06
http://blog.lv99.com/?eid=517716

 


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