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輸入感染症予防の危機管理。最大の敵はパニックを引き起こす無知な行動

 国際空港のロビーには大型連休を海外で過ごした人たちが続々と帰国してくる。大きな旅行カバンをカートに乗せ、免税品店の袋にはブランド物のお酒や化粧品が詰まっている。ところが、旅行者が外国から持ち帰るものはおみやげばかりではない。近年、日本ではすでに絶滅したはずの寄生虫を知らずしらずからだに潜ませて帰国する旅行者も多いと指摘する専門家もいる。

 いま日本の大学の医学部では寄生虫学教室がどんどん減っている。「もう日本には寄生虫はいなくなったから、もっと今日的な学問を…」というのが理由らしい。ところが近年のペットブーム、海外渡航者の急増、無農薬野菜、有機栽培が見直されたことなどで寄生虫病がにわかに増えつづけているというのだ。

 その中には肺がんと誤診された寄生虫症のケースもあるという。熱帯熱マラリアなど危険な熱帯性原虫やウイルス感染症を診断できる医師は年々減っていくばかりなのに、風土病といわれてきた遠い国の病気も航空網が発達し、ほんの数時間で日本に持ち込まれてしまう。とりわけ途上国への感染症対策支援は立ち遅れ、現在でも毎年100万人がマラリアに罹って死亡していることはあまり知られていない。

 そんな中、国際的な視野にたった寄生虫医学教育の必要性を10年以上前から訴え続けているのは、東京医科歯科大学名誉教授の藤田紘一郎氏だ。藤田氏は「笑うカイチュウ」(講談社刊)などの著書があり、自身のお腹にサナダムシを飼っている事でも知られる寄生虫学の第一人者である。

 筆者が輸入感染症の問題について藤田氏に会って話を聞いたのは1997年のことである。当時スリランカへの取材を控えていた筆者は「めずらしい寄生虫に罹って、是非また私のところに来てくださいね」と藤田氏から激励されたのを今でもよく覚えている。

 そもそも「寄生」というのは、他の生き物の組織や細胞を住み家にして栄養を奪ったり、遺伝子の複製機構を借りたりして子孫を増やすことをいう。寄生する側は一般に自分より体の大きな相手を選び、相手よりも寿命が短く遺伝的な変異や進化の速度が早い傾向にある。ウイルスやバクテリア、きのこ、カイチュウなど、感染の仕方や毒性なども多種多様である。

 余談になるが、一説には地球上の全生物の約半数は寄生生物であるといわれるほどだから、人間も地球という生命体に寄生しているという図式が成り立つかもしれない。もしそうであれば早い段階で相利共生という道を模索しなければ、いずれ人間は地球上で生きていけなくなるに違いない。

 さて、こうして原稿を書いているうちにメキシコで豚からヒトに感染した新型のインフルエンザが発生という、とんでもないニュースが飛び込んできた。鳥インフルエンザについては国産の抗インフルエンザウイルス薬の開発情報を本欄(2009年2月2日号 「開発が進む純国産インフルエンザ治療薬の現況と感染予防対策」http://mediasabor.jp/2009/02/post_578.html)に書いたのでご覧いただいたとおりだが、今度の感染は豚からヒトへの感染であるという。しかもその後ヒトからヒトへの感染が確認されている。つまり、インフルエンザウイルスも寄生虫と同じように寄生生物なのである。WHOは指定地域でのヒト対ヒトの感染を確認し、ついに感染警戒レベルを初の「フェーズ5」に引き上げた(4月30日現在)。これはパンデミックの一歩手前ということになる。

 ウイルスは細胞膜を持っておらずそれ自体では生きていけないという特徴がある。そこで彼らは、生きた細胞内に侵入し自分の遺伝子を侵入した細胞の核に注入して子孫を増やすという繁殖の仕方をする。たとえば、ヒトがインフルエンザウイルスに感染すると咳やくしゃみなどを引き起こすが、彼らはその飛沫物の中に潜み、それを吸い込んだ人の喉や鼻の粘膜細胞から再び侵入し増殖しようとする。

 人間の体には高度に発達した免疫システムがある。ウイルスなどがいったん体内に進入すると、白血球がサイトカインという物質を分泌する。これが炎症を引き起こして発熱し免疫システムが発動するのだが、分泌が過剰だと肺組織が破壊されたりして呼吸困難に陥ることがある。こうした免疫機能の過剰反応はサイトカイン・ストーム(Cytokine Storms サイトカインの嵐)と呼ばれ、スペイン風邪で若者が多く死亡した原因ではないかと考えられている。今回の流行にも同様の傾向があることから子供やお年寄りばかりでなく、若者にも注意が必要とされている。

 ところで、ニワトリや豚に共通する点は極めて高い生息密度で飼育されている家畜であることだ。伝染病の流行にはその生物の生息密度(ヒトの場合は人口密度)というものが重要になってくるといわれ、ある一定の生息密度を超えると病気が発生し伝播していくという傾向がある。伝染病の流行にはいくつかの要素がある。インフルエンザなどの感染は、未感染の人が感染者と接触することで伝播していくが、感染した人が完全に回復するかあるいは死亡するまでの期間に、何人に感染(2次感染者)するかによって、その伝染病の増殖率が割り出される。

 視点を変えてウイルスの側から見てみよう。彼らはヒトの免疫システムを上手くかいくぐり出来るだけ長く寄生していたいはずである。そのほうが繁殖のチャンスが増えて都合が良いからだ。かつては致死率の高かったインフルエンザも現在は毒性の弱い季節型インフルエンザに変貌していることからも、彼らが人間をターゲットにしている意図が見えてくるのだ。

 要するに、2次感染者さえ出さなければ感染はすぐ終息するということだ。当たり前のことだがもし自分が感染したと感じたら絶対に家族にうつさないようにしなければならない。治療には時間がかかるし、慌てて病院に駆け込んでも2次感染者を増やすだけである。まず保健所に連絡し、外出を避けマスクなどをして的確な指示を待ったほうが良い。極力他人にうつさないということが感染拡大を防ぐ最良の手段なのだ。

 病原体に対する予防知識を持ち実践する事が何より大事な事である。莫大な予算と人命を犠牲にしないよう、日頃から自律した行動をとりたいものである。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○楽園はこちら側 「豚インフルについて、研修医の皆さんへ」2009/04/28
http://georgebest1969.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-6163.html


○GIGAZINE  2009/05/01
 「インフルエンザA(H1N1)」について最低限知っておくべき情報とネット上の
 信頼できる情報源まとめ
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20090501_influenza_a_h1n1/


○メディア・パブ 2009/04/29
 「豚インフルエンザの情報案内のWidget,米政府が発行」
http://zen.seesaa.net/article/118275630.html

 

 


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