Entry

広告収入ゼロで世界に12万部を発行する雑誌「アドバスターズ」

 広告を一切掲載せず20年間発行を継続している雑誌がある。『アドバスターズ』だ。アドバスターズ・メディア・ファンデーションという非営利団体が発行する雑誌で、“Journal of Mental Environment”をサブタイトルに、多い時には世界に12万部を発行する。『カルチャラル・レボリューション』を掲げ、巨大広告主とそれに迎合するメディアに奪われた文化を作り上げる力を、再び自分たちの手に取り戻すという大きな目的を核に、雑誌のほか、ウェブサイト(www.adbusters.org)、Buy Nothing DayやDigital Detox Weekなどの世界的なカルチャー・ジャミングの仕掛け人としても活動している。



 本部はバンクーバー市の閑静な住宅街にある。木造建て家屋の一角にあるオフィスは、さわやかな風が気持ち良く吹き抜ける空間で、雑誌制作室独特の殺伐とした光景は全くない。

 ここからあの重厚な雑誌が生まれているのは不思議な感じがする。隔月発行だが、厚さ2ミリ程度の薄っぺらい雑誌ではない。経済を扱った特別版の最新号は約150ページもある。通常はもう少し薄いそうだが、一切広告を掲載していない雑誌ではかなりの量だ。

 テーマは常に時代の潮流に乗ったものを選択している。選択しているというよりは『キャッチ』しているとカレ・ラースン氏は表現した。『サイトガイト』。ドイツ語で『時流の魂』という意味らしい。それを掴むのだと言った。そこから、世界中にいるアドバスターズに共感するライターや写真家、各界専門家などから意見が集まり、形作られていく。「我々の雑誌は共感してくれる支持者たちの情熱で成り立っているんだ」と熱弁する。

 カレ・ラースン氏はアドバスターズの共同創設者。今回のインタビュー中、彼は何度も“Passion”という言葉を口にした。創設から20年、人々の情熱がアドバスターズの核となっている。

 非営利団体ということもあり、雑誌発行のいきさつも商業メディアのビジネスモデルとは全く異なる。きっかけは、ラースン氏が体験したTVメディアの広告主第一主義に対する怒りからだった。1989年、カナダブリティッシュ・コロンビア州の材木会社が森林伐採を正当化するイメージアップキャンペーンを始めたことにさかのぼる。耳触りのいいテレビCMを連日流し、悲惨な現状は表に出さず、CMは『永遠の森』を主張し続けた。しかし現場では森林は悲鳴をあげ、それを見かねた人々による森林伐採反対運動も起こっていた。そこで、ラースン氏と数人の仲間で現状を訴える短編映像『秘密の森』を製作し、アンチCMとして流すようテレビCM枠の購入を試みた。しかし、局側は承諾しなかった。この時ハッキリとメディア側の意図が分かったという。「結局、大手広告主のためなら偽りの姿を流し、真実は否定される。正当な主張をする一般市民は30秒のCM枠も買えないのだ」。

 ここからアドバスターズが出発したと言っていい。ラースン氏と支持者たちは徹底抗戦した。プレスリリースを配り、支持者を増やしていった。「このプレスリリース自体が雑誌の役割を始めたんだよ」。これを機に本格的にプレスリリースを発行するという形を取った。第1号は2000部ほど刷ったがあっという間になくなったという。その後、テレビ局は『永遠の森』の放映を打ち切った。ラースン氏たちの主張が偽りの広告に勝った瞬間だった。

 こうしてアドバスターズは発進した。初期の頃には赤字になったことも何度もあったとサラリと言った。それでも辞めることは考えなかった。「我々は非営利団体だから利益を追求しているわけではないんだ。目的は自分たちの主張を発信し続けることだったんだ」。そうしているうちにこれまでのトロントやワシントン州だけでなく、アメリカ全土から注文が来るようになった。1993年、Buy Nothing Dayを初めて主催した。偽善的な広告にうんざりしていた市民が多く賛同し、アドバスターズの主張に共感、発行部数も順調に伸び始めた。

 1990年代半ばには、それまでの年4回の季刊誌から年6回発行に増やした。「アメリカの大部分をカバーしてくれていた販売業者からアドバイスされたんだよ。季刊誌がニューススタンドで成功したためしはない。年6回は発行した方がいいってね」。現在は、カナダ、アメリカをはじめ、オーストラリア、ニュージーランドのニューススタンドで販売されているほか、ヨーロッパ各国の書店にも置かれている。

 現在でも収入のほとんどは雑誌販売で、ニューススタンド販売からが最も多い。次が定期購読だ。あとは関連グッズや寄付となっている。支出は雑誌製作にかかわる諸費用、ライター、写真家、制作スタッフへの報酬、さらには、世界各国に配送するための郵送料も含まれる。これで収支の均衡を保っている。

 ラースン氏は言う。「我々は昔のメディアが持っていた理想の形かもしれない。ここまで続けられた最大の理由はもちろん我々の考えに共感してくれるサポーターたちの情熱だよ。アドバスターズは決して安くない。アメリカ、カナダでも1冊8ドル95セントもするんだからね」。

 アドバスターズを始めて20年。メディアの形態も大きく変わった。広告掲載なしで20年続くことはすごいことですよねと言うと、「それをよく言われるんだよ。もちろん、その通り。でも、考えてみれば当たり前のことなんだ。人々が買ってまで読みたいものを作るってね」。初期の大変な頃には、金銭面も含めて支援してくれた支持者が多くいたという。「彼らなくして今のアドバスターズはなかっただろう」と振り返る。

 「人々が私たちの雑誌を買うのは我々が信じているもの、情熱を抱いているものに共感してくれているからなんだ。もし、アドバスターズに何か成功の秘密があるとするならば、それは、情熱に動かされているということさ、ビジネスではなくてね」。

 人々は今も情報洪水の中でおぼれ、何かを見失っている。そして状況は雑誌を始めた20年前よりも悪化していると感じるという。アドバスターズはこれからも自分たちが信じるメッセージを発信し続けていく。「何かを信じる人々、何かに情熱を傾ける人々による出版物や雑誌、ウェブサイトがこれからは成功していくんじゃないかなと思うよ」と語った。
 

 
【編集部ピックアップ関連情報】

○Re-turn's Blog「さよなら、消費社会」2006/08/11
 「気になる靴」を取り上げた「ADBUSTERS」アドバスターズの
 発行人でもあるカレ・ラースン氏の著書。読み応えと知性を刺激される一冊。
http://blog.goo.ne.jp/re-turn/e/302f6547835a13b68523a8e63321a5f2

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/1105