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酒井穣×永江朗 対談 「人材育成の成否が経営を左右する時代」

  • MediaSabor 編集部

メディアサボール制作 ビジネスポッドキャスト「ロングインタヴューズ」 第20回目の対談企画。
テーマ: 「人材育成の成否が経営を左右する時代」(放送時間:90分)
■ゲスト:酒井穣   インタビュアー:永江朗

ゲストの酒井穣氏は、「誰でも最高のマネジメント知識へアクセスしうる今日においては、いかにモノやカネを動かしたところで、競争優位は確保できない。ヒトこそが企業経営に残された最後の開発ターゲットである」と提唱されています。人材育成が重要だという認識を持っている企業は多いものの、場当たり的なOJTであったり、外部の研修サービス会社が作ったカリキュラムに依存しているケースが少なくないのではないでしょうか。つまり、その中身や効果について深く踏み込んだ設計がなされていない現状があります。酒井氏は、これからの人材育成の実務は、受動的な「研修のデザイン」ではなくて、社員の自発性を促す「経験のデザイン」という方向に向かうと主張されています。金融経済ショック、企業経営のグローバル化、新興国の台頭、成熟化、モノ余りなど、様々な環境変化に見舞われている時代のなかにあって、人材教育にも、これまでとは異なる創意工夫が求められているといえます。人事部のあり方が問われているのです。

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 ■酒井穣(さかい じょう)氏プロフィール
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1972年、東京生まれ。慶應義塾大学理工学部卒、オランダTilburg(ティルブルフ)大学TiasNimbas Business School(ティアスニンバス ビジネススクール)経営学修士号(MBA)首席(The Best Student Award)取得。商社にて新事業開発、台湾向け精密機械の輸出営業などに従事。後、オランダの精密機械メーカーに転職しオランダに移住する。2006年末に各種ウェブ・アプリケーションを開発するベンチャー企業であるJ3 Trust B.V.をオランダで創業し、最高財務責任者(CFO)として活動。財務経理、採用、人事制度構築をはじめとして、 南米スリナム共和国における アウト バウンド・ コールセンター(アウトソーシング)のハンドリング や 、開発リソース(プログラマ)の中国とルーマニアからの調達、オランダ、ドイツ、スイスに分散する顧客に対応する事業戦略の展開などを担当。2009年春より、フリービットに参画するため、活動拠点を東京に移す。

主な著書に『「日本で最も人材を育成する会社」のテキスト』(光文社)、
『はじめての課長の教科書』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)がある。
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音源本編から、その一部を切り取った対話を下記に掲載いたします。

(永江)
───酒井さんが日本を離れていた8年の間に日本の企業社会、労働環境は大きく変化しました。恐らく、酒井さんが日本を立たれた頃というのは、日本企業に成果主義人事の導入がされつつある時期だったと思いますが、帰国(2009年)後の日本企業の様相は景気の悪化とも符合して、成果主義による様々な歪や予測していなかったマイナス面が生じる惨状です。それについては、どう感じられましたか。

(酒井)
最初の著書が「はじめての課長の教科書」だったのですが、そのメッセージの一つの軸が成果主義は間違っているんだというものでした。もう一つは、ITによって組織がフラット化していくことで課長の存在意義がなくなってしまう、といった風潮があったので、それは逆だよというメッセージが込められています。日本の企業社会って、流行しだすと一気にそれを導入してしまう変な傾向があります。どうしても他社のやっていることを意識してしまうんです。

(永江)
───私も日本に成果主義が導入される頃に、雑誌の仕事で企業やコンサルティング会社への取材過程において、あの頃、すでにある種の危険性が指摘されていて、こうすればもっとよくなるというアイデアも言われていたんだけれども、なし崩し的にズルズルときてしまったのが残念に感じています。現実に、それで不幸になってしまった人たちの中には、この10年くらいの人生の大切な時間を無駄にしてしまったと思っている人がたくさん存在します。

かといって、ますます企業を取り巻く環境が厳しくなっている現代においては、昔ながらの終身雇用、年功序列には戻せないということも現実問題としてあります。このように、企業と労働者の間で高まっている相互不信感を軽減し、組織の活力を取り戻すためにはどのようにしたらいいんでしょうか。

(酒井)
いくつも解決しなければならない問題点がありますが、最もクリティカルな部分は、本来、別々にデザインすべき賃金を決めるための評価制度と人材を成長させるための評価制度が混同されていることです。それが人事評価上のデザインエラーなのです。そもそも人を成長させるための評価というのは、頻度が命です。子どものしつけや飼育動物の訓練などに古くから用いられてきた「オペラント条件づけ」という学習プログラムの一種がありますが、たくさんフィードバックを受けないと学習したことが定着しませんし、人は変わっていかない側面があります。それが、半年とか1年の長いタームでの評価しかなされないのでは効果が期待できません。

もう一つの賃金を決めるという重要な作業ですが、企業にとってどこに落としどころがあるかといいますと、「納得感の形成」になります。それは、必ずしも成果を数値的に厳密に評価するような方向性ではありません。

(永江)
───成果主義を構想した人というのは悪意があったわけじゃないと思うのですが、結果的には労使双方がアンハッピーになってしまったように思えます。

(酒井)
そもそも愛がないですね。愛が。人を育てようという気持ちがないですし、成果主義に賛同した従業員の側からしても、もっと給料がほしいといいますか、どれだけ会社からテイクできるかという自分本位の人が多かったのではないかと想像します。だから、人材を育成するための施策と賃金決定の評価軸は分けて考えないといけません。

(永江)
───いじわるな見方になるかもしれませんが、当時、成果主義が導入されたら、多くの人が自分は認められて上にいけると信じていたのですが、我々のようなフリーランスの立場からすると、逆に9割の人は評価されないだろうと見ていました。そういう自分に対するうぬぼれの強さというのは、ある意味、人間の本能的な部分なのかもしれません。

(酒井)
まさに、それが成果主義破綻の要因の一つで、社員の納得感が形成できなかったわけです。人が納得するのは、自分の評価が高かったときだけです。いかに評価が真実に近かったとしても、低い評価に納得する人は皆無です。自分の能力が高いと思っている人が多いわけですから、結果として、納得しない人を大量に量産するシステムになってしまいます。成功するわけがありません。

これからの人事制度は、賃金決定の評価とは別に、人を育てるためのシステムを確立し、実際にどれだけ成長しているかを測定していくような制度が必要です。一方、賃金体系がどうなっていくかについてですが、「フリーエージェント化する社会」といわれているように、会社という枠組みがゆるやかなものになり会社員も事実上のフリーランスになっていきますので、そこで待ち受けているものはマーケットバリューの賃金だということです。これは、自社内での閉じた考え方ではなく、外部の競合他社をも含めたトータルな考え方になります。自社内で優位に立っているというだけでは不足で、他社の売上動向や人材マーケット全体の中での優位性などが絡んでくることになります。プロフェッショナリズムに徹しきれてない人にとっては、マーケットバリューによる賃金の発想を持つことがなかなかできません。

(永江)
───企業の立場で考えて、これからの人材育成の目的をどこに置いたらいいのでしょうか

(酒井)
基本的には、企業理念の達成です。何のために自分が生きているのかを問い直さなくてはいけなくて、それが、どういう価値観、共感をもたらすのかを考えてみることです。その実現に向かって人を採用し、育てていくことになります。

(永江)
───正しく理念が立てられているのか、という問題もありますが。

(酒井)
そうですね。そもそも論になりますが、大企業は理念が形骸化しやすいんです。

(永江)
───定款には美辞麗句が並んでいても、経営者自身がそれを覚えているのかと問いただしたくなる会社もたくさんあります。

(酒井)
信念を持って生きている人とそうでない人とでは、成長の速度が違います。企業にとっての信念は企業理念なので、理念が形骸化してくれば必然的に、その企業の成長は鈍ります。

(永江)
───ミッションという言葉に置き換えてもいいのでしょうか。

(酒井)
ミッションは理念の下に位置するものです。こういうことをしたいから自分たちが集まっているんだという前提が大事で、その原点に常に帰れて、誠実に生きているのかが問われます。理念が形骸化してしまい、社員個々が会社からどれだけテイクできるか、自身がどれだけいい暮らしができるかといったことだけに一生懸命になっている限り、いい組織になっていく道理がありません。

(永江)
───ここ20年くらいの傾向を考えてみますと、多くの企業は人を育てる時間もコストも省こうとしている様子が伺えます。企業の余裕がなくなっている中で、人材育成のどこに的を絞って資金を投下していくべきでしょうか。

(酒井)
必ずしもお金をかければいい人材教育ができるとは限りません。前提として、現代社会は情報がフリーでふんだんに供給されていて、図書館なども活用することで、向上心の高い人であれば、幅広い知識を身につけられる環境下にあります。自発的に学習するのと、会社から押し付けられて受身で学習するのとでは、その効果に大きな違いが出てきます。そこが大きなポイントで、たとえば、私事で恐縮ですが、娘に読ませたい本があったとします。でも、「この本は素晴らしいから読んでごらん」といっても、その時点で娘にとっては受身になりますし、拒絶されるかもしれません。そこを一工夫して、たとえば、自宅のトイレに、さりげなく、その本を置いておいたらどうでしょう。自発的に本を手にとって読んでもらえる可能性が高まります。同じような仕掛けを「経験のデザイン」と呼んでいますが、空間のデザインも含めて自発性を損なわないような学ぶ環境のデザインは工夫次第で可能だと思っています。

(永江)
───昔、騎手の武豊さんを取材したときに、「クルマの運転と乗馬は似てますよね」と話しかけたら、武さんは「全然、似てないよ」というんです。そこで、私は「馬は手綱を右に引けば右にいってくれるし、左に引けば左にいくし、足で胴を締めれば止まるし、これって、クルマのペダルとハンドル操作の仕組みと同様でしょう」と、さらに問いかけました。そしたら、武さんは、「競走馬は違う。手綱を右に引いても右にいかないのが競走馬で、簡単にはいうことをきかない。」と答えました。「じゃあ、どうやって馬をコントロールするんですか?」と聞きましたら、「右に行ったら、なんかいいことがありそうだなと馬が思うようにするんです」と言ってました。

(酒井)
そこに具体的にはいえないノウハウが隠されているのだと思いますが、まさしく、私が考える人材教育のあり方にも同じようなことがいえます。個々にプライドを持っていますから大人を教育するというのは難しくて、いかに自発性を促す環境をデザインできるかが大事になってきます。

(永江)
───中小企業の経営者や幹部の方々と話をしますと、未だにOJT(On The Job Training)幻想を抱いている方が多いように思えますが、酒井さんは、単なる「人材を現場に放置するようなOJT」への依存は危険であると主張されています。

(酒井)
確かにOJTが機能した時代もありましたし、それを全面的に否定するつもりはありません。但し、現在は、産業構造や世界経済の仕組みが大きく転換している時代ですし、それに伴って人事部や人材育成のあり方もパラダイムシフトしています。社員教育を現場任せにして、社員へのフィードバックおよび効果測定などを行わずに、偶然性に頼るような手法のままでは立ち行かなくなっているということを認識しなければいけません。

(永江)
───酒井さん自身は、いわゆる「ロスジェネ世代」に、ぎりぎり入るくらいの年齢だと思いますが、先日読んだ本で、稲泉連さんの「仕事漂流」というノンフィクションがありまして、それは、就職氷河期に一流の大学を出て一流企業に入社したり、国家公務員になったけれども3年くらいで転職したという人たちのルポルタージュです。それを読んでみて、登場人物が、ものすごく真面目に職業や働くことについて考えているのが伝わってきました。決して、給料が安いとか上司が気に入らないということではなくて、今の組織の中では充分に力を発揮できないとか、人間にとって働くということはどんなことなのかといったことを真剣に考えた末の転職なんです。ですが、3割は共感、3割は同情すると同時に、4割は、ちょっと真面目に考えすぎじゃないかという感想を抱きました。今日、酒井さんの話を聞いても、仕事に対する考え方が、すごく真面目だと感じました。

(酒井)
その指摘は確かに当たっていて、きっと上の世代の人たちよりも自分のキャリアの設計に関しては相当戦略的に考えていると思います。それによって失われるものも、きっとあるんでしょうね。

(永江)
───そこが、52歳の私には、そこまで考え込まなくても、もう少しのんびりでもいいんじゃないのという印象になってしまうんです。

(酒井)
我々の世代の立場からすると、そういう考え方はしにくいんです。これは生存競争なので、仕事と真摯に向き合わないということは、「死にますか?」という問いに同意することになりかねません。右肩上がりの時代と違って、我々は下りのエスカレーターを登らなければなりません。地球上には60億人がいて、30億人の人は飢えています。これまでは先進国という既得権のもとに、発展途上国を犠牲にして栄えていた面があるわけですが、グローバル経済というのは国境がボーダーレスになっていくことなので、いよいよ先進国の既得権が崩れて、「一物一価の法則」と同様に「同一スキル同一賃金」の社会が迫ってきているのです。そうすると、これまでは安泰だった先進国の人々は、いやおうなしに後進国の人々を含めた厳しい生存競争の渦中に放り込まれることになります。飢えたくないので、真剣に仕事、キャリア形成のことを考えて成長を目指すマインドに繋がっていきます。

<対話の全体項目>
◎オランダの企業風土、社会の特徴
◎ベンチャー企業創業の経緯と事業内容
◎フリービット社の人事戦略ジェネラルマネージャーへの転身
◎成果主義の問題点
◎分けて考えるべき人材育成評価制度と賃金制度の設計
◎内定獲得に苦しむ学生の就活について
◎これからの時代に求められる人材像
◎問われる人事部のあり方
◎企業における人材育成の目的
◎「研修のデザイン」から「経験のデザイン」へ
◎外部会社による研修の功罪
◎重要性が増す人材採用のあり方
◎フリーエージェント化する社会
◎OJT依存の問題点
◎リーダーを育てるための徒弟制度の意義
◎世代間ギャップのある生き方、働き方に対する考え方

 (2010年5月25日収録)

 


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