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高収益を上げる新しい波のハイパーローカルジャーナリズム

新聞の衰退は止まるところを知らない。150年の歴史を持つシアトルの老舗新聞社、シアトルPI(Seattle Post Inteligencer)が今年になって新聞の発行を停止し、オンラインに移行した。慢性的な財政難に陥り、身売り先を探している同社だが、いまだに買い手は見つかっていない。同社のライバルである地元最大の新聞社シアトル・タイムズも、購読者数の減少により青息吐息の状況が続いている。筆者がシアトルに転居した三年前、ワシントン大学で新聞の未来を探るシンポジウムが開催され、地元紙を含む新聞7社が参加したが、そのうち2社はすでに新聞の発行を止めてしまっている。新聞に未来があるかという議論はもはや消えうせ、いかにビジネスを収束させるかにシフトしてしまった観さえある。

そんな中で、今後のジャーナリズムの一つの形として注目されているのが、ハイパーローカルジャーナリズムというものだ。直訳すれば超ローカルジャーナリズム、限定された狭い地域でのコミュニティージャーナリズムといったものである。ハイパーローカルジャーナリズムの多くは、この世界に吹き荒れる不況の嵐をものともせず、その多くが高収益を上げている。

ボイス・オブ・サンディエゴ(VOSD voiceofsandiego.org)は、そうしたハイパーローカルジャーナリズムの代表格だ。2005年の創立以来、ジャーナリズムの実験モデルとして全米の注目を浴びている。VOSDのユニークな点は、年間8000万円の運営費の大部分を人々からの寄付で賄っていることだ。つまりそれだけの支持を地元から得ているということだが、成功の要因は二つある。まず、記事のすべてを地元サンディエゴに特化しており、ナショナルニュースは一切扱わないという潔さで、徹底的な地域報道を行っている点。もう一つの特徴は、大手メディアのベテラン記者を集めて、本格的な調査報道を得意としている点だ。

このため、記事のクォリティーはきわめて高く、地元の政治スキャンダルにも鋭いメスを入れている。いわば一点集中主義で、サンディエゴ・ユニオン・トリビューンなどの地元有力紙を出し抜いてしまうこともしばしばだ。新聞という性質上、地元の有力紙は全国区のニュースを扱わざるを得ず、どうしても中途半端な状態から抜けられない。地元報道に全力投球するVOSDはローカル新聞にとって予想もしない強敵となった。VOSDに追随する試みは各地にいくつか見られ、シアトルでも前述のシアトルPIのOB記者を中心に、新たなNGOを作ろうという動きがある。

ハイパーローカルジャーナリズム台頭のもう一つの追い風として、これも新しい傾向であるハイパーローカル広告の影響がある。ネットの普及により、旧弊の広告モデルは大幅にシュリンクしたが、その中で真空地帯となってしまったのがローカルビジネスだ。米国は、都市の構造上ローカルビジネスによる地元媒体への広告が不可欠である。しかし、ピザの宅配、クリーニング店、自動車修理工場、病院等、限られたラジアス(半径に入る範囲)に発信しなければならないこれらのビジネスにとって、インターネットによる広告はあまり効果的ではない。その結果、昔ながらのチラシ・ダイレクトメール産業が息を吹き返すという皮肉な現象まで起こっている。こうした広告の受け皿として、ハイパーローカルジャーナリズムはまさに絶好の媒体である。こうした流れも後押しして、地域報道というひとつのトレンドが形成されたのだ。

未来の経済モデルのひとつの可能性とされている地産地消だが、ジャーナリズムの分野でも、地域化、セグメント化が進行することは十分に考えられる。ロサンゼルスタイムズがジャーナリズムの新しい曙光と絶賛したVOSDだが、これが一つの方向性として定着するか、注目すべきところだ。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○ニッチメディアラボ 2009/04/16
 「ハイパーローカルとロングカーペット理論」
 従前より活況を呈しているハイパーローカルなメディアビジネスは、
 一カ所でやっていくよりもビジネスとして成功させるためには、
 このロングテール理論を商品ではなく各地域に落とし込むのがよろしいかと。
 つまり、ローカル情報検索の総元締になる米国Marchex社のように、全米の
 あらゆるエリアのあらゆる分野のビジネスを縦割りにして、そういった
 検索サイトをすべて束ねてしまえといったモデルです。
http://kobahencom.weblogs.jp/mttp/2009/04/post-1fac.html


○メディア・パブ 2009/03/04
 「市民ブロガー参加型のハイパーローカル版,NYTが開設」
http://zen.seesaa.net/article/114972131.html

 

 


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