Entry

クリス・アンダーソンの新著“フリー”の波紋。有料とのハイブリッド型も提示

インターネット界のトレンド・セッター、クリス・アンダーソンの新著“フリー”。IT関連ではこの夏一番話題をさらったトピックといって良いだろう。タイトルとなっている“フリー”は、“自由”ではなく、いわゆる“無料”の意。最近のウエッブビジネスの傾向である、コンテンツの無料化について論じた本だが、ロングテールという概念を提唱して一躍時代の寵児となったアンダーソンの新著ということもあり、米国での議論は少々過熱気味だった。大学から職場まで、すっかり“フリー”の話題で持ちきり、フリーをテーマにした論文や特集記事がうんざりするほど溢れ、しまいにはタダでも読みたくないという気分になったほどである。

アンダーソンの主張の骨子は比較的単純だ。要約すると、コンピュータのハードの価格の下落とインターネットの世界規模の普及により、その周辺のあらゆるサービスも価格を下げていき、やがては無料が当たり前になるだろう、というもの。確かに現状を見回すとGメールやフリーゲームなどに代表される無料コンテンツが目白押しだし、かつてあれだけ栄華を誇ったマイクロソフトオフィスでさえオープンオフィスに押され気味である。ニューヨークタイムズは無料で一般公開され、Gメールを追撃するヤフーメールは容量無制限のフリーメールという究極の一手を打っている。まさに世はフリー時代、である。

インターネット=無料はネット世界の始まりからの暗黙の前提だし、今になって殊更強調する必要もない気もするが、そこはさすがアンダーソン、その洞察は中々深い。
アンダーソンは、今までの主流だった無料コンテンツ・サービスによって人目を集める広告モデル以外の、最近現れてきた様々なパターンの“フリーの波”について分類・考察している。アンダーソンの主張の中から主な“フリー”のパターンを拾ってみよう。


<フリーミアム(Freemium)>

フリーとプレミアムの合成語で、フリー部分で顧客をひきつけ、有料のプレミアムサービスに誘導する形のサービスを指す。ソフトウエアなどに見られる、ベーシックの機能は無料で使えるが、より多くの機能を使用する場合はお金を払わなければならないというパターンなどがそれだ。ソフトだけでなく会員制のサービスでも良く見られる方法だ。映画サイトIMDBなどの、基本的な情報は無料で使えるが、踏み込んだデータは有料会員のみしか見られないという設定もフリーミアム。一般的なフリーミアムのパターンでは、会員比率は99%が無料ユーザー、残りの1%がプレミアム(有料組)だという。


<広告型>

これは以前からある広告型モデル。テレビ・ラジオ型とでも言おうか。コンテンツ自体は無料、サイトを見に来た人々に広告を提示することで収益を上げる。この流れを加速したのがグーグルアフィリエイトである。


<相互補助型(Cross-subsidies)>

ある商品・サービスの無料化によって消費者に別の購買意欲を起こさせる戦略。例えば殆ど利益なしの商品を販売し、店舗に足を運んだ消費者に他の商品を購入させるという図式である。ネットコミックスの無料配信などがこれに当たる。無料に惹かれてやってきたユーザーが他のコミックスも購入するという仕組み。


<ゼロ・マージナル型>

インターネットによる効率化により、従来のビジネスモデルの収益点が限りなくゼロに近づき成り立たなくなってしまった例。要するに、広告や物販など、直接的なビジネス要素(収益)のまったくない無料化パターンのことである。この場合、サイト運営者はネットの外の現実社会にメリットを期待することになる。典型的な例としてアンダーソンは音楽を挙げている。楽曲販売による利益は年々減少するばかりだが、一部のミュージシャンは発想を転換し、ネット配信の音楽はコンサート活動のプロモーションのためと割り切っている。楽曲は完全に無料。また、自分の音楽を世に知らしめることを目的としたアマチュアの作品もこのカテゴリーに入る。


<労働交換型(Labor exchange)>

サービスと引き換えに何らかの労働を行なうケース。労働というと大げさだが、要するに“アンケートに答える”、“ニュースサイトでニュースを評価する”、などがこれに当たる。グーグルの無料番号案内サービスなどもこれ。グーグルは通話者のアクセントや会話パターンなどを集めてデータ化し、コストをかけずにデータ収集を行なっている。これらは当然、将来のビジネスに活かされる。グーグルが次に目指している世界が何となく見える。


<ギフト・エコノミー型>

リナックスなどに代表される、いわゆるオープンソースなどを含む“無償の貢献”に基づいたサービスを指す。典型的なのはウィキペディア。参加者はまったくの善意、あるいは自分の知識を披露したいという動機からサービスあるいはコンテンツ作りに協力する。ある意味究極の“フリー”である。


こうしてみると、細かい分類はさておき、結局のところ広告・情報収集型と無料奉仕のギフト・エコノミー型の2つに分けて問題なさそうだ。どちらも今に始まった事ではないし、今回のアンダーソンの新著はLONGTAILの時のような目新しい感じがあまりしない。さらに言えば、無料化傾向が今後も推し進められるという説には、個人的には? と思ってしまう。無料化はどこかで破綻するのではないかという気がするのだ。無料化がコンテンツの質と関連しているというのは、誰しも薄々感じているのではないだろうか。無料=品質が低い、というストレートな図式ではないにしても、無料コンテンツが玉石混交なのは事実である。また、サービス供給者及びユーザー双方が無意識に持っている、無料ゆえの責任意識の希薄さも気になる点だ。有料サービスであればサーバーが落ちた場合に強いクレームを訴えることができるが、無料の場合、「まあタダなんだから」という事で、今ひとつ責任追及の矛先も鈍ってしまう。結果として“ぬるい”サービスが蔓延するという予感が拭えないのだ。

この意見をとあるディスカッションで述べたところ、それはオールドスクール(旧態依然とした考え、の意)の考え方だ、という結構強い批判を受けた。GメールにしろTwitterにしろ、今やすっかり社会に根付いている。何らかのトラブルが起これば一気に信用を無くすだろうし、企業が負っているリスクは有料サービスと何ら変わらない、というのだ。確かにそれも一理あるが、無料はそんなに簡単に有料にとって変われるのか? それともこれは日本人的考えなのだろうか?

 “フリー”をめぐる喧々諤々の議論はいまだに続いている。やがてその決着はつくだろうが、一つ気になるのは、アンダーソン効果とでもいうべき著者の影響力である。ロングテールの時もそうだったが、出版後しばらくは、“OK、ロングテールで行こう”的な、なし崩しトレンドが起こった。今回も“次はフリーらしいぞ”となるのは目に見えている。ロングテールの時は、時間の経過とともにアラも見えてきたが、今回はどうなるのだろう?


【編集部ピックアップ関連情報】

○ZDNet Japan  2009/07/17
 単なる「無料」はビジネスモデルではない—
 「無料提供」とビジネスモデルの関係を考える
 Wiredの編集者クリス・アンダーソン氏が出版した著書をきっかけに、
 コンテンツサービスの無料提供についての議論が巻き起こっているが、
 浮ついた議論が多いようだ。無料提供とビジネスモデルの関係を
 考えてみよう。
http://japan.zdnet.com/news/ir/story/0,2000056187,20396825,00.htm

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/1124