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不景気時代のファッションリーダー「リセッショニスタ」

 「リセッショニスタ」(Recessionista)が新たなファッションリーダーとなりつつある。「ファッションに敏感な人」を意味する「ファッショニスタ」(fashionista)をもじった言葉で、英語の「Recession(景気後退)」と引っかけた造語だ。はっきりした定義はないが、不景気に流されず、自分のスタイルで、上手に買い物を楽しむ人といった意味で使われる事が多い。

 「贅沢は敵だ」とばかりに、米国ではラグジュアリーブランドの買い物が手控えられる傾向が続く。ニューヨークの五番街に軒を連ねる高級百貨店からも顧客の足が遠のいている。

 全米に800店以上を構える米国百貨店業界の最大手「メーシーズ」は2月2日、全従業員の4%に当たる7000人の削減を発表した。一部の高級百貨店は見栄もイメージもかなぐり捨てて、顧客に密かに来店を促すお誘いのダイレクトメールを打ったという。アッパー系百貨店のこれまでの取り澄ました態度を知る人には驚きだ。

 ニューヨークの高級ショップでお得意様となってきた富裕層には、金融界の成功者が少なくない。世界最大の出来高を誇る証券取引所や、金融のプロが集まるウォール街を抱えるだけあって、マンハッタンのリッチピープルにはマネーマーケットに携わる人が大勢いる。米国金融界への不信から発した今回の世界的景気後退で大きな影響を受けている層として、これまでファッションショッピングの上顧客だった人たちも含まれる。

 ニューヨークでは今、「こっそりショッピング」が静かに人気を得ている。募る買い物欲に負けて、百貨店やラグジュアリーショップで高額品の買い物を済ませても、そのショップのロゴ入り紙袋は断り、無地の紙袋に包んでもらったり、宅配で届けてもらう買い物の事だ。派手なロゴ入り紙袋を持っている姿を、町中で誰かに見られては困るというわけだ。

 後ろ指を指されないよう、身をすくめているといった状況だが、一方のリセッショニスタはこの時期だからと言って、必ずしも買い物を控えているわけではない。むしろ、上手に消費するそのスタイルが「カッコいい」と評価を受けている。高額品を買わないファッションリーダーの出現という不思議な現象だ。

 リセッショニスタの買い物は、実はファッショニスタに重なる部分がある。どちらもピカピカの新品ではなく、ヴィンテージや古着で掘り出し物を見付けるのが上手だからだ。

 リセッショニスタはリサイクリストにも通じる。昔買った服やアクセサリーをワードローブから掘り起こして、上手に装ってみせるからだ。新品にはない風合いや時代感がかえって成熟した大人の気品・風格を漂わせる。

 こう考えていくと、「リセッショニスタ」というのは、「おしゃれ上手」の別名ではないかと思えてくる。テレビドラマ「セックス・アンド・ザ・シティ」の主演女優サラ・ジェシカ・パーカーもヴィンテージを巧みにミックスする着こなしで有名。彼女がヴィンテージの魅力を広めたおかげもあって、近年は映画賞のレッドカーペットのような晴れ舞台でもヴィンテージをまとう女優やセレブリティも増えてきた。

 割安なディスカウントショップや、季節の変わり目・決算期のセールで、お値打ちな品物を買うのも、リセッショニスタの得意技。言い方を変えれば、リセッショニスタは目先の流行に目を奪われず、自分のスタイルを持ち、スタイリングの主導権を握っているとも言える。

 日本ではなかなかこうはいきにくい。そもそも、米国にはフリーマーケットやガレージセールが根付いている。親から子へ、時には祖父母から孫へ服やアクセサリーが譲り渡されるのもざらだ。祖父から譲られたツイードのジャケットを大事に着るような習慣はアッパークラスの家庭にも息づいている。

 しかも、ニューヨークにはたくさんのヴィンテージショップがある。いわゆる古着とは異なり、きちんと保存された状態のよいヴィンテージ。1度しか着ないで、すぐに業者に引き取らせてしまうリッチピープルの存在も、在庫の豊かさを下支えしている。

 いわゆるファストファッションの台頭もリセッショニスタの選択肢を広げた。百貨店やラグジュアリーブランドに比べれば、リーズナブルプライスのファストファッションは米国でも売り上げを維持している。スウェーデンのヘネス・アンド・モーリッツ(H&M)は2008年度第4四半期(9─11月)の売上高も前年同期比でプラスを維持した。

 日本でも百貨店が売り上げをダウンさせるのを尻目に、「ユニクロ」が売上高を積み上げ続けている。国内既存店の売上高は1月まで3カ月連続で前年水準を上回った。景気後退という出来事は、値段と品質のコストパフォーマンス感に優れた「ユニクロ」の強みをあらためて消費者に確認させるきっかけになったと見える。ジャパニーズ・リセッショニスタはニューヨーカーのようにはフリーマーケットやヴィンテージショップを活用できないが、「ユニクロ」という心強い味方を再発見したようだ。

 今ではラグジュアリーウエアと「ユニクロ」「ZARA」「H&M」などのリーズナブルアイテムを組み合わせる「ハイ&ロー」のミックスはかなり浸透してきた。ミシェル・オバマ米大統領夫人もこのミックススタイリングがお得意。大統領就任式でもリーズナブルブランド「J.Crew」の手袋を、超高級ドレスと組み合わせて見せた。

 景気後退と聞くと、悪い事ばかりのような気がしがちだが、リセッショニスタの出現は、自己表現としてのファッションの奥行きが一段と深まりつつあることを物語る。時間や値段、ブランドなどをミックスする着こなしの定着は、リーズナブルプライスで自分流を表現するスタイリングの進化という意味では、「後退」ではなく、むしろ「前進」と言ってよさそうだ。

 

 


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