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昭和のプロデューサー 阿久悠の軌跡

  • レコード・コレクターズ 編集部
  • 祢屋 康

先日、作詞家の阿久悠が亡くなった。60年代後半から80年代中盤あたりまで、日本の音楽界最大のヒット・メイカーの一人として、グループ・サウンズ(GS)から演歌、アイドル・ポップスまで名曲の数々を残してきた。

60年代中盤のGSブームあたりから、それまでの日本の音楽業界を支えてきた作詞家、作曲家のレコード会社専属制が崩れ、新しい世代のフリーの作詞家、作曲家たちが登場してくるが、阿久悠もその中の一人だった。

作詞家では、なかにし礼(「恋のフーガ」など)、橋本淳(「ブルー・ライト・ヨコハマ」など)、安井かずみ(「わたしの城下町」など)、作曲家では筒美京平(「また逢う日まで」などを阿久悠と共作)、村井邦彦(「翼をください」など)、都倉俊一(ピンク・レディーなどを阿久悠と共作)といった優れた才能が続々と登場したこの時代以降、それぞれが日本の歌謡音楽に次々と新しい試みを加えていくことになる。

そのGSブームの筆頭グループの一つ、スパイダースの65年のデビュー・シングル「フリフリ」のカップリング曲「モンキー・ダンス」が実質的なデビュー作ということだが、その後、67年のモップスのデビュー曲も手がけている。

この曲を作曲した村井邦彦(6月に村井の作曲作品をまとめたボックス・セット『The Melody Maker─村井邦彦の世界』が発売されている)は、インタヴューで以下のような回想をしている。

「この曲は、書き終わるまで帰さないと、赤坂の小さいホテルに缶詰にされたので、さっさと書いて、作詞の阿久悠さんに渡して帰ったことを覚えている。そしたら、出来上がったのが<朝まで待てない>だった(笑)」(『レコード・コレクターズ』07年7月号の村井邦彦のインタヴューから。インタヴュアーは北中正和氏)。

これは有名な話らしいが、この逆境の中で、それを歌詞に生かす大胆な着想が最初期から窺がわれる、じつに面白いエピソードだろう。

ピンク・レディーや沢田研二の全盛期がちょうど小学生だった僕らは、次から次へと阿久悠の曲を浴びるように聞いて育った世代で、彼の荒唐無稽な歌詞の世界を何の疑問もなく受け入れていたように思われる。

「ペッパー警部」(76年)、「渚のシンドバッド」(77年)っていったい何のことなのか? しかし、その大胆な意味のなさや独特のユーモアが、かえって子どもにはすんなりと受け入れられる理由にもなっていたような気はする。

注文殺到で品切れ中だという阿久悠の5枚組アンソロジー『人間万葉歌』の解説(北沢夏音氏による)には“非日常性のエンタテインメント路線”という表現が出てくるが、山本リンダ(72年の「どうにもとまらない」など)やフィンガー5(74年の「学園天国」など)も含めたこの系統の、意味性を超越した世界は阿久悠の一つの柱だったのだろう。

一方で、都はるみの「北の宿から」(75年)、石川さゆり「津軽海峡・冬景色」(76年)、小林旭「熱き心に」(85年)など演歌系の作品の数々では、定石的な手法とは違うようだが、結果としてそれぞれの代表作となるようなイメージを作り上げた。

「津軽海峡・冬景色」や沢田研二の「勝手にしやがれ」などは個人的には、歌を聴いているとすぐに情景が浮かぶ、その描写力というか映像的な歌詞が印象的だった。それが叙情的なあるいはハードボイルドな情感に直接結びついていた。

「勝手にしやがれ」は特に、小学生のときに大好きだったのだが、小学生の頭の中にも「壁際に寝返りを打って」いる情景を浮かべさせる明快さがある。また、「津軽海峡・冬景色」はタイトルそのものに歌詞の世界がすべて集約されている(もちろん曲自体を知っているからなのだろうが)ということにも改めて驚いた。

切れ味の鋭いフレーズで70年代を駆け抜けた、不世出の作詞家を悼みたい。

 


■関連情報

○阿久悠オフィシャルホームページ「あんでぱんだん」
http://www.aqqq.co.jp/


○CNETブログ 夢幻∞大のドリーミングメディア
 「阿久悠と山口百恵」 2007/08/05
http://rblog-media.japan.cnet.com/mugendai/2007/08/post_42dd.html


○livedoorニュース 2007/08/07
 「時の過ぎゆくままに」そして、阿久悠は逝った。
http://news.livedoor.com/article/detail/3260130/


○世に倦む日日 2007/08/02
 阿久悠を悼む(1) - カーネルは「お笑いの全体主義」を拒絶する
http://critic3.exblog.jp/7230272/


○赤尾晃一の知的排泄物処理場(わかば日記)
 「阿久悠スクリプトはカーネルの一部」 2007/08/02
http://www.akaokoichi.jp/index.php?ID=890


○イザ! 「作詞家の阿久悠さんが死去 70歳」 2007/08/01
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/entertainment/music/72596


○入日茜(シンガーソングライター)Blog
 「さようなら阿久悠さん」 2007/08/04
http://blog.livedoor.jp/soulpp/archives/50478033.html


○Ban'ya(夏石番矢)
 「1998年の座談会 阿久悠さんの思い出」 2007/08/04
http://banyahaiku.at.webry.info/200708/article_6.html


○てれびのスキマ 2007/08/05
「阿久悠をも唸らせた半田健人の歌謡曲鑑賞術(阿久悠追悼に変えて)」
http://d.hatena.ne.jp/LittleBoy/20070805#p1


○インサイター 「阿久悠を悼む」2007/08/05 
http://blog.livedoor.jp/insighter/archives/51082405.html


○たけくまメモ 「阿久悠の死去に思う」 2007/08/02
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2007/08/post_7e67.html


○KENNYの趣味趣味ブログ 「阿久悠さん死去」 2007/08/02
http://love.ap.teacup.com/kenny/978.html


○くらやみのスキャナー 「阿久悠さんの死を悼む」 2007/08/03
http://d.hatena.ne.jp/kataru2000/20070803/p1


○玄倉川の岸辺 「すごいひと・すごいうた」 2007/08/04
http://blog.goo.ne.jp/kurokuragawa/e/8a38d16aee1c158a2c2cba76412e3874


※阿久悠 作品集 「人間万葉歌」「移りゆく時代(とき)唇に詩(うた)」の曲目タイトルが掲載されています。
○RSS口コミ情報。話題はブログから。
 「阿久悠さん 感動、ありがとう。」 2007/08/04
http://www.pwblog.com/user/kudo/070321/57567.html

 


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