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世界一の成功率─ 代理出産を手がけるインドの女医ナイナ・パテルのいう「子宮の寄与」

<記事要約>

6年の結婚生活を経ても子供が出来なく、少々自暴自棄気味になっていたカリフォルニアの銀行のマネージャーを勤めるキムさん(35歳)と妻のカレン(34歳)はとうとう、代理出産によって子供を得る方法を決断し、アメリカのプライベートエージェンシーを通して15万ドルの代理出産契約にサインをする間際だった。

だが、その直前、ある新聞の記事が彼の目にとまった。それはインドのグジャラート州の小さな町アーナンドで、貧しい女性達に代理出産希望を募り、子供の出来ないカップルに子供を授けているという、婦人科の女医ナイナ・パテル(Naina Patel)氏について書かれたものだった。

夫婦はすぐにナイナ・パテル女医と連絡をとった。その結果、去年の2月に待望の「我が子」を抱く事ができた。代理出産をしたのは、工場労働者の妻で29歳のレギーナ・マリーク。代理出産にかかった費用はたったの1万2千ドルであった。夫妻は、2人目の子供を代理出産してもらうために、再びアーナンドに出向くつもりでいる。

(「INDIA TODAY」2007年7月9日より)


<解説>

モラル的な論議は尽きる事がなく、「代理出産」というのは非常にデリケートなテーマである。脳死や安楽死問題同様、「命」そのものに人間がどこまで介入していいものかという問題も去ることながら、「代理出産」ともなると、「命」と「ビジネス」が結びつきかねないという世紀末的問題にまで発展する可能性があるからだ。

したがって、今回の記事も「代理出産」の是非を無理矢理考えよう、と思って紹介するのではない。最近「インドでは代理出産ビジネスがブーム」というのを耳にする事があると思うが、内情がどのようなものかを知るのに興味深いと思い取り上げてみた。

ナイナ・パテル氏のAkanksha医院は小さな町の小さな医院であるが、2003年からの代理出産成功例は35例、現在妊娠中の代理母が42人と、成功率において世界一である。「我が子」を望むカップルは、インドのお金持ちと在外インド人の他は、アメリカ、ドイツ、台湾、韓国、イスラエルのカップルが多いとの事だ。

ナイナ氏のやり方は非常にシンプルで、「子を望む不妊のカップル」と「代理で出産をする事を望む女性」双方が自ら名前を登録する、というもの。

代理母が子を宿したか否かは15日以内にわかり、もしも代理母が妊娠に失敗した場合、彼女は最初の規約どおり名目上の小額の金額だけをもらう。妊娠に成功した場合は、代理母は2.5ラークルピー(70から75万円)に加え、「健康な子供を生むための生活費」として妊娠中毎月3000ルピー(9000円)をもらう。

代理で出産を希望する女性は、皆、貧困に疲れた貧しい女性達である。カースト制度がはびこり、「女性の権利」などはないに等しいインド社会において、貧しいという事は彼女達にとってはほとんど「宿命」だ。そこから抜け出す能力(教育)も女だからという理由で充分に授けてもらえず、道も社会により遮断されているのが普通だからだ。

そんな彼女達の、明るく希望に満ちた顔の写真に焦点をあてたのが今回の記事だった。サーバントとして一日150から250円をなんとか稼ぐマンジューラ(30歳)は「私達は貧困に疲れたんです。これがよい人生への最良の道」と膨れたお腹に手を当てて笑う。オートリキシャドライバーの妻で29歳のジャグルティは「これで夫の借金30万円を返済し、彼の商売道具である新しいオートリキシャを買う予定です」と目を輝かす。

このようにしてインドでは、貧しい女性が手っ取り早く大金を手にする「またとない夢」がこの代理出産の成功例を支えているのは言うまでもないが、ここまで成功した理由として、やはり、ナイナ氏の代理出産への人間的なアプローチなしには成り立たなかったと、記事は書いている。

ナイナ氏はローカル紙に「代理妊娠のシステム」を科学的に説明して誤解を解いたりする活動をしており、また、病院の費用の他は単なる「不妊治療代金」しか取らないのだそうだ(別途で代理出産代を受け取らない)。

そして、「Rent a Womb(子宮を貸す)」という言葉を避け、「Donating a Womb(子宮の寄与)」という言葉を代わりに使うように決めている。なぜならば「代理出産問題は不妊カップル側にとっても代理母側にとっても非常に感情的な側面を持っており、ひとたびビジネス的な用語でこれらを語ってしまうと、それらのパワフルな感情的側面が埋もれて見えなくなってしまう」からだそうだ。

そしてナイナ氏が最も気をつけている事は、「代理出産で得たお金が確実に彼女によって使われ、決して夫や他の人によって横取りされたりせず、また他の者が女性に代理出産を強要しないようにすること」だそうで、その対策として、彼女は妊娠中の代理母にカウンセリングを行っているという事だ。

「西洋を中心としたたくさんの先進国で、終わらないモラル議論と、あまたの厳しい法的規制によってがんじがらめの代理出産ですが、ここ(アーナンド)ではむしろ、望んでも子供を得られない夫婦と貧困に苦しむ女性達の『win-win situation(双方にメリットのある状況)』なのです」とナイナ氏は語る。

だが・・・・・、今回の記事はあくまでも代理母ビジネスの「成功例」だけに焦点をあてたものだ。問題が起きない間は、「成功」と言っていい余地はあるのかもしれない。しかし、代理母が出産で命を落としたら、彼女の実子はどうなるのだろうか? 病気の子供が生まれたら、責任転嫁の争いが起きないだろうか? 生まれた子供にちゃんと愛情が注がれるだろうか?(他の代理出産の例では、障害をもって生まれた子供を依頼側のカップルが引き取り拒否したケースも実際にある)

「貧しい女性」の成功例だけに焦点をあてた今回のような記事やナイナ氏のビジネスライクではないやり方は、代理出産問題について「依頼側と代理母の双方が同意していればOKじゃないか?」 という印象を世間に与えがちだ。

だが、ナイナ氏のように「人間的アプローチ」をすれば、人間が「命」に介入していいとは言えないだろう。成功例の影で問題が無視される危険性は大いにある。やはり「代理出産」問題はそう単純な話ではないように思う。なにしろ、生まれてくる子は境遇を選べないのだから。


※注意事項
 筆者は代理出産についての相談等はいっさい受け付けておりません。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

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○企業法務戦士の雑感 2007/04/12 
「親と子」(代理出産で生まれた子供の法的措置に対する考察)
http://d.hatena.ne.jp/FJneo1994/20070412/1176399752

 

 

 

 


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