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生き様こそ心の化粧─映画『化粧師 KEWAISHI』に教えられる

▼化粧は所詮、外面を整えるもの。心に化粧をするのは、あなた自身―。

 石ノ森章太郎の原作漫画『八百八町表裏 化粧師』(83―84)を映画化した『化粧師 KEWAISHI』(02)は、女性解放運動が盛んになった大正時代の日本を舞台に、自由な意思を持ち始めた女性たちの自立を描いたドラマである。主人公の化粧師(けわいし)・小三馬は、現代で言うならメイクアップアーティスト。 女優や芸者の間では「小三馬に化粧を頼むと良いことが起きる」と評判が良く、高額の料金を払ってまで予約をする者もいるほどだ。

 人気の理由は、女性の心をつかむ巧みな話術でも、女性の悩みを延々聞き続ける辛抱強さでもない。寡黙で無愛想なこの男は、ただ顔を彩り飾るだけの化粧は施さない。小三馬の元を訪れた女性は、鏡に映った自分の姿に絶句する。美しくなった自分の姿に恍惚としているだけではない。化粧をする前の容姿は、これまでの自分の生き様や振る舞いがそのまま表れていたという事実を突きつけられ、言葉を失うのだ。

 容姿はその者の心を移す鏡である。小三馬は、飾り立てる化粧はせず、代わりに余計なものをそぎ落とし、その人本来の姿を引き出す。外面を整えても、心の中は隠しようもなく表に現れることに気づかせるのだ。


▼小三馬に心を脱がされた女性たち

 女優を目指す小夜は、名声を求める一方で日の目を見ない自分の不運に苛立ちを覚えていた。目尻まできつく引かれた墨のせいで目は狐のように吊り上がり、きつく結んだ唇にのせた深紅の口紅が、彼女の気の強さとは対照的に小夜を幸薄い女にみせていた。劇団の入団試験に備えるため、予約も取らずに小三馬の作業場を訪ねた小夜は、小三馬に大金を渡して顔を整えてほしいと要求する。小三馬は、無言で小夜の肌に筆をすべらせる。しばらくして小夜が目を開けると、鏡には自分自身も見たことのない、素のままの美しさを引き出された清楚な女の顔があった。

 口の聞けない少年は、いつもしかめ面をしている母親を不思議に思っていた。遠征から家に戻ったばかりの亭主に愚痴をこぼし、ことある毎に息子を怒鳴りつける母の眉間には、神経質そうな深い縦じわが二本刻まれている。いつもけんか口調で乱れた髪を撫でつける母は、実際の年齢よりもずっと老けて見えた。少年が無理にでも小三馬の元へ連れて来なければ、母は長い間忘れていた、見られることの喜びを再び思い出すことはなかっただろう。いつもは引っ張るように息子を連れ歩いていた母は、化粧をした日は夫に寄り添うように歩を進め、小三馬の家を後にした。

 小三馬に思いを寄せる純江は、なにかと彼の身の回りの世話を焼くことで気を引こうとしていた。小三馬は、純江の気持ちを知りながらも特別な優しさを見せることはなかった。両親が経営する飲食店を継ぐために、純江は小三馬以外の男性と縁談をまとめる決意をする。心が求める男性とは一緒になれない無念さに、頬に涙を幾筋もつたわせ、小三馬が仕上げたばかりの化粧を台無しにした。

 呉服屋で奉公をする少女・時子は、女優になる夢を果たすために寝る間を惜しんで勉強に励んでいる。貧しい村の出身で、文字も読めない時子にとって、女優になることは夢のまた夢。だが、自分のような境遇の人間が女優になれると証明できれば、村の子どもたちも希望を抱くようになる。志あれば道は開けると信じて努力する時子の姿に心を打たれ、小三馬は彼女の誇りにふさわしい最高の化粧を施してやるのだった。


▼生き様に値する「顔」とは

 小三馬が化粧を生業に決めたのは幼少の頃。母親が銅山から流れてきた水銀に命を奪われた。村に呼び寄せた化粧師は、遺体に死化粧を施した。陶器のように白く塗られた肌と、頬と唇にのせた朱色で彩られた母の顔は、生前見たこともないほど美しく、生きているうちにきれいな姿にしてやりたかったと小三馬を後悔させた。あまりにも突然に死を迎えた母の人生に足りなかったもの―それは、苦労の影に押しやられた女の喜びだった。母が生前求めることのなかった幸せを瞬時に与え、もの言わず村を出て行こうとする化粧師に、小三馬は迷わずついて行った。


 人の生き様は、自分が思っている以上に顔に表れるものである。それとは対照的に、雑務に追われた生活を送る人は、知らず知らずのうちに本来あるべき自分の姿とは異なる容姿になっているのだろう。小三馬のような化粧師が実際にいたならば、ぜひ一度心を脱がされたいものだ。

 


【関連情報】

○石森プロ 公式サイト
http://www.ishimoripro.com/index2.php


○*hironyaさんのライフスタイル* 「化粧師 KEWAISHI」 2007/08/25
http://plaza.rakuten.co.jp/hironya3/diary/200708250000/


○風の歌を聴け 「化粧師」 2006/11/30
http://noripi-49.at.webry.info/200611/article_24.html


○こまものや日記 「化粧師KEWAISHI」 2006/09/17 
http://blog.kansai.com/komamonoyajun/340

 


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