Entry

佐藤可士和の超“広告”術(前篇)【NO STYLE 広告論】

もう2月! ずいぶん遅くなってしまいましたが、2008年一回目のNO STYLEをお届けします。本題に入る前に、まず新年の目標を。今年は話題の海外コマーシャルやバイラルクリエイティブの紹介に加えて、一人のクリエイターにスポットを当て、そのアウトプットを読み解く新企画にトライしてみたいと考えています。

その一回目は、佐藤可士和氏(サムライ)。佐藤氏と言えば、NTT DoCoMo「FOMA N703iD」のプロダクトデザインやユニクロNYグローバル旗艦店のクリエイティブディレクションなど、話題のプロジェクトを次々と手がけるアートディレクター。メディアサボールの読者の中にも、その名前が気になっている方は多いことと思います。

しかし、その活躍ぶりがテレビ・雑誌等のメディアで紹介されることが多い割に、彼の仕事の本質について語られることは意外と少ないのでは? そこでこれから二回に渡って、佐藤氏のクリエイティブ(デザイン)のエッセンスに迫ってみたいと思います。


Chapter1:クリエイティブメソッドとして『超整理術』を読む

「佐藤可士和の仕事の本質について語られることが少ない」と書いたばかりだが、実はそんなことはない。佐藤が自らそのことを語っているテキストがある。いま20万部を超えるベストセラーになっている『佐藤可士和の超整理術』がそれだ。デスク周りから頭の中まで徹底的に“整理”することで、仕事が快適に進められるようになるというコンセプトの基、本人により書き下ろされたビジネス書ライクな一冊で、「超整理術」というタイトルから“HOW TO”ものを連想してしまうが(版元も日本経済新聞出版社)、実は彼のデザインに対する方法論は、ここにあますところなく書かれていると言ってもいい。


この書籍の本質は、そのサブタイトルにもあるように、「KASHIWA SATO'S Ultimate Method for Reaching the Essentials」(本質に到達するための究極の方法)にあると言っていいだろう。さらに言うなら、『超整理術』は“広告(ブランドコミュニケーション)”という行為の本質にも触れる刺激的なコンテンツだ。ビジネスマンの実用書としてはもちろん、広告をもっと面白くする“テキスト”として、もっと読まれてもいいのではないだろうか。

本の中で紹介される「財布をやめて手ぶらで行動する」といった身の回りの整理テクニックもおおいに参考になるのだが、それは実際に本書を読んでいただくこととし、この原稿では課題の本質を探し出す佐藤可士和の思考のプロセスにフォーカスして『超整理術』を読み解きたい。そうすることで、佐藤可士和というクリエイターの本質をつきとめてみたい。


Chapter2:「極生」のケース

佐藤が『超整理術』を行う目的は、「曖昧な状況を整理することで問題の核心をつき、新しい価値観を見いだす。そして、デザインによってその価値観を伝えることで、クライアントの抱える課題を解決するため」と要約することができそうだ。そのためにはあらゆる既成概念を超えたいという信念のようなものさえ、本書を読むと伝わってくる。

例えば、キリン「極生」のプロジェクトについて触れるくだり。ここにも、そういった意識の片鱗がうかがえる。佐藤の思考のプロセスを知るために、まずこのプロジェクトから取り上げようと思うが、その前に「極生」のキャンペーンをご存知でない方のために、その概要を簡単に紹介しておこう。


「極生」は2002年に発売された発泡酒。他社の商品より10円値段を下げる替わりに「テレビCMを打たない」という、大手メーカーの新商品にしては異例とも言える画期的なキャンペーンを展開し、商品はヒット。これまでの常識をくつがえすかのような新しい広告手法が業界でも話題になった。このプロジェクトで、佐藤はパッケージデザインを始めとするアートディレクション全般を手がけている(ネーミングを始めコピーライティングは前田知己)。

各メーカーがしのぎを削る熾烈な発泡酒戦争の中、「発泡酒のネガティブなイメージを打開し、新しい価値を作りたい」という依頼だったようだ。いかにブレイクスルーへと導いたか。少し長くなってしまうが引用も交えながら、その思考のプロセスを追ってみたい。(カギ括弧部分『佐藤可士和の超整理術』からの引用)

「競合商品より10円安い価格を設定する」というオリエンテーションを聞いた佐藤は、さっそく課題の“整理”に着手する。

「競合商品がひしめくなかで、10円の違いがどれだけ強いアピールになり得るのか。安さを強調することで、さらに安っぽいイメージを増長してしまわないだろうか。どうしたら、安さもアピールしつつ、イメージをいいほうに変えられるのか。問診を重ねていくうちに、徐々にさまざまな問題点が浮かび上がってきました」(『佐藤可士和の超整理術』より)

「問診」とは、『超整理術』の中で佐藤がたびたび使うタームで、クライアントからのヒアリングを指す。「アートディレクター=クライアントの問題を解決する医者」という、彼の日頃からの発想から出たタームだろう。

佐藤は整理(問題解決)へのプロセスとして、「1.状況把握」「2.視点導入」「3.課題設定」の3ステップを提案するが、「問診」は状況把握の手段として欠かすことができない作業である。問診により発泡酒マーケットの現状を把握した佐藤は、次のステップ(視点導入)に進む。

「問診で引き出した情報を並べて、“マクロの視点”を持ち込んでみました。商品そのものから発泡酒全体へと視点をぐっと引き、発泡酒のマイナスイメージがどこからきたのかを見つめ直してみたのです。

すると、ハッと気づきました。“無理にビールに似せようとしていた”ことがすべての原因、つまり問題の本質ではないか、と。発泡酒の広告もパッケージも、ビールのイメージを踏襲していました」(『佐藤可士和の超整理術』より)

つまり、メーカーも消費者も広告の作り手も「発泡酒=安いビール」という思いにとらわれていて、その先入観が発泡酒という存在を、さらにはそのブランドコミュニケーション(広告)を刺激的なものにする妨げになっているのではないか、ということに気づいたというわけだ。

実際、この頃の発泡酒のCMと言えば、「値段の安さ=親しみやすさ」といった解釈から、人気のタレントを起用し「でも(その割には)、美味しい」的な見せ方をするものが多かったと記憶している(最近でも、発泡酒や第三種のアルコール飲料の広告には、そういうアプローチのものが結構ある)。

しかし、ここで注目しておきたいことがある。“発泡酒=ビールもどき”という認識自体は、実はだれもが思い当たる“常識”で、多くの広告制作者がここから広告の表現を発想しようとしている点で、それ自体は特に卓越した視点とは言えない。今後紹介する、すべてのプロジェクトについて言えることだが、クリエイターとして佐藤可士和が優れているのは、その常識にクエスチョンマークをつけることから出発すること。彼の言う“視点”とは、健全なコミュニケーションを阻害する常識や世間の通念に「?」をつけることだ。

私が「広告批評」の編集者として、これまで何回も彼に取材させてもらい、いつも印象に残るというか、ハッとするのは実はこの部分。彼はこちらが当たり前と思って話していることでも、疑問点があると、「それはどういうことだろう?」といった質問を即座に投げかけてくる。

人とのコミュニケーションにおいて、世間で言う“あいまいに流す”、“とりあえずスルーしておく”ということがないのだ。ヘンに疑い深かったり、細かいことを気にしている感じではない。わからないことや人の話を聞いていて引っかかる点がただ単純に気になるといった様子。その点についてこちらが説明し、合点がいけば「なるほど」ということになるが、場合によっては説明しようとして、こちらがうまく説明できず、しどろもどろになって「あれ?」ということが起こる。

その指摘によって人は気づく。筋の通らないこと、あるいはやる意味のないことを、自分がなんらかの思いこみや日頃の習慣から、何気なく放置していたということに。佐藤にしてみれば、それこそ“整理”ができていないことになるのだろうが、「そこ」をあいまいにしていると物事はうまくいかないのだ。

彼はそういうポイントを発見するのに長けている。そして、あいまいな部分をクリアにして仕事を進めようとする。ここが“超整理術”の肝だろう(そういう思考を身につけるためには、やはり机周りやMac内のデータから片付けなければいけないのだが)。優秀なデザイナーには、こういう能力の高い人が多いが、佐藤氏の場合、そこが“術”になるほど徹底している。

ちょっと脱線してしまったが、『超整理術』の整理プロセスに戻ろう。「?」付きの視点導入が、広告(ブランドコミュニケーション)にとって大切だといったことに触れてきたのだが、それよりももっと重要なポイントがある。先ほど引用した文章(視点の導入のくだり)のあとに続くこの部分。

「『発泡酒独自のポジティブな立ち位置を築くことが最重要課題だ!』と確信しました」(『佐藤可士和の超整理術』より)

視点の導入から一気に、「発泡酒独自のポジティブな立ち位置の構築」という課題設定(第3のプロセス)に進む。さらっと読むと、「なるほど! そういうものか」となんとなくわかった気になってしまう部分だが(実際この本には相当意識を変えないと実行できないことが、さらっと書いてあったりする)、実はここに佐藤可士和ならではの他人に真似のできないアクロバティックな思考の跳躍がある。

“無理にビールに似せようとしていた”という常識を疑問視できるのが、クリエイターとしての資質だと、さっき述べたが、その“気づき”から真っすぐに佐藤の思考のベクトルは、「ポジティブな立ち位置の構築」、つまり新しい価値の創造へと向かうのである。

その反射神経・スピード感が佐藤可士和というクリエイターの武器である。常識のおかしさが露呈したからといって、ふつう人はその前で躊躇してしまうものだ。あえて常識に乗っかって(利用して)そこそこうまくやる“オトナ”な選択肢だってないわけではない。完全なオリジナルを提案するのではなく、もうちょっと従来のビール的価値観に依拠した表現でうまくやれないだろうか……という具合に。しかし、佐藤はそういった物差しで動いていないようだ。視点を導入した段階で彼はもう次の場所にいる。

「いままでネガティブだと考えられていた要素をもう一度見直してみて、ハッと思い当たりました。これらのマイナスイメージは、そのままプラスに転換できるのではないか、と。“ビールの廉価版”ではなく、“カジュアルに楽しめる現代的な飲み物”、“コクが足りない”のではなく、“ライトで爽やかな飲み口”というふうに」(『佐藤可士和の超整理術』より)

彼は新しい価値観を見い出すや否や、それをビジュアルに落としこもうとする。「極生」のケースでは、「キリンのシンボルマークの聖獣のみを強調した、シンプルでクールな」アイコンを開発し、それをパッケージから新聞広告に至るまで敷衍させるキャンペーンを展開し、ヒットを生み出した。「極生」のエピソードとして、コンビニの棚を広告スペースとして活用するアイデアがよく語られるが(そのために、あえてコンビニの棚で目立つパッケージにした)、実はその前の段階で勝負は決まっていたのである。

本質を見極めた後の「スピード」と「潔さ」。発泡酒という時代の商品の広告に、その資質が見事マッチした。佐藤可士和のデザインの“切れ”は、「スピード」と「潔さ」から生まれているのかもしれない。(続く)

 

【関連情報】

○夕刊フジ 2007/10/11
 アートディレクター・佐藤可士和さんの「超整理法」でスッキリ
http://www.yukan-fuji.com/archives/2007/10/post_10877.html


○六本木経済新聞 2007/11/02
 佐藤可士和さん、夫人と共にトークショー、「超整理術」刊行記念
http://roppongi.keizai.biz/headline/1211/


○K STYLE WEBSITE::BLOG 「特集 佐藤可士和-広告批評」2004/10/29
 広告批評2004年10月号の特集は、アートディレクター/
 クリエイティブディレクター 佐藤可士和氏でした。ご本人へのインタビュー、
 仕事仲間達12人の佐藤氏についてのインタビュー、そしてほぼ全仕事の作品が
 掲載されています。
http://kstyle.s57.xrea.com/2004/10/post_178.php


○CREAMU  2007/12/21
 クリエイティブディレクター、佐藤可士和に学んだこと
 『What Kashiwa Sato teaches me』
http://blog.creamu.com/mt/2007/12/what_kashiwa_sato_teaches_me.html


○ventus ─風のごとく─ 『佐藤可士和の超整理術』2007/12/08
 (文藝春秋の04年版ベスト・エッセイに選ばれたWebコラムニスト、
 島村由花のコラム・サイト)
http://ventus-1.seesaa.net/article/71582790.html


○kubolog  読書:『佐藤可士和の超整理術』 2008/01/12
http://www.evolverdesign.com/kubolog/2008/01/post_84.html


○山尾好奇堂 「まずは捨てまくれ」 2007/09/25
http://yamaonosuke.blogzine.jp/honke/2007/09/post_5.html


○四十路ベーシスト高橋竜奮闘記! 「佐藤可士和さん」2006/01/31
http://ryochang.exblog.jp/2619902/

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/557