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基礎医学を義務教育化したら、どんな効果が予測されるか

 前回は、この日本列島に人が住み始めた遙か遠い昔に思いを馳せてみた。厳しい自然環境の中で古代人が抱いたであろう「死」と「いのち」に対する畏敬の念が信仰につながっていったと想像してもあながち間違ってはいないだろう。食料を探して原生林に足を踏み入れ、川や海で漁をする生活の中で自ずと身につけた生きるための知恵には、現代医療が失いつつある何かが見え隠れしていそうな気がしてならない。私たちの祖先は無意識に自分の体調を推し量る術を身に付けていったのかも知れない。

 ところが、今私たちが暮らしている社会環境は体調を推し量るどころか、24時間不眠の都市化生活を日々送っている。生活習慣病、メタボリックシンドロームなどの疾患も生まれた。

 そこで今回は、「すべての国民が基礎医学を義務教育として学んだとしたらどうなるか…」ということについて考えてみたい。今やあらゆるものが情報化されつつある。このコラムもしかり。ひとたび活字になれば情報は固定されて一人歩きを始める。内容の正確さはともかくとしてインターネットの普及は患者にとっても医学情報をより身近なものにしてきた。その反面、間違った医学情報の解釈や一方的な思い込みなどから健康を害するなど、あふれる情報に翻弄されてしまうこともしばしば起きてきている。

 「義務教育に基礎医学を取り入れる」という発想は、10年ほど前に経験したあるインタビューがきっかけで、ふっと心の中に湧いた思いつきである。「もし、成人したすべての国民が人体のつくりや機能、有害物質や感染症に関するある程度の基礎的な医学知識を持っていたとしたら、医療は一変するのではないか」と、いうものである。医者と患者の関係、医療の質とサービスは一体どう変わるだろうかと空想したのである。

 取材先は、元検事でさわやか福祉財団理事長の堀田力さんであった(記事は小紙「医療新報」199号 http://www.iryou-shimpo.com/download/pdf/199.pdf)。

 このインタビューで「患者というものは医師の前に出るとどうしても弱い立場になるが、それはなぜか」という質問を筆者は堀田さんに投げかけた。

 すると「身体のことは医者である自分の方が知っているんだからと、患者さんの意見に耳を傾けず、ついついその場を仕切りがちになるのでしょうね。患者さんの精神的な自立が医療の目的だという認識が案外、抜けているんですね」と、堀田さんは指摘された。

 「医療の目的とはいったい何か」という堀田さんの言葉に身震いするほど緊張したことを、今も鮮明に覚えている。医療の目的などと云うことを改めて考えたことなどなかったからである。そして、その目的が「患者の精神的な自立」にあるという考えに感銘を受けた。

 この取材から10年が経つ。「基礎医学を義務教育化する」というこの時の思いつきが、最近また気になり出したのには理由がある。新型インフルエンザの驚異が現実味を帯びてきたからだ。鳥インフルエンザが人から人へと感染するといわれる新型インフルエンザウイルスは呼吸器官だけでなく、全身の組織で急激に増殖するといわれている。空気感染するインフルエンザウイルスは航空機などの交通機関が発達した現代都市では、ひとたび感染が起これば現在の医療体制では防ぎようがなく、治療に当たる医師の安全確保すらおぼつかないといわれ、100万人規模の死者を出すとさえ予測されている。

 対応するワクチンもなくタミフルの効果も未知数だ。感染の蔓延を防ぐのには国民一人一人の医学知識と感染予防につながる行動に頼るしかない。

 さて、話をもどそう。仮に国民の医学知識を看護師なみに引き上げることが出来たとしてどんな効果が予測出来るだろうか。

  1)当然のことながら、医師のレベルはぐっと上がる。患者はすべてある程度の
    医学知識を持っているのだからいい加減な診療は出来なくなる。加えて、
    患者から得られる病気やケガの情報が正確さを増し治療成績が上がる。

  2)毎年増え続ける医療費の抑制につながる可能性があり、医療改革への奇策
    となる。

  3)伝統的な民間医療の質が向上する。悪質な医療類似行為や詐欺まがいの
    健康食品被害が少なくなる。

  4)生活習慣の改善が進み、高血圧、心臓病、肥満、感染症の抑制につながる。

  5)何よりも、自分の身体について学ぶのであるから国民の健康意識に直接訴える
    ことができる。自身の健康に無関心ではいられなくなる。

  6)教育現場に新風を吹き込むことが出来る。

 以上の効果がほんとうに生まれるかどうかは定かではないし、教育者の育成などの問題も考えあわせれば実現はかなり難しいだろう。しかし、なによりも大事なことは、国民はもっと自分の身体のことを知るべきではないかと思うのである。一人一人の意識の問題だろう。

 


【関連情報】


○Smoke  映画 『アウトブレイク』 (アメリカ 1995年) 2008/01/30
 すさまじい伝染力と死亡率を持つ未知の病原体の脅威と、
 それに立ち向かう人々の姿を描いたパニック・サスペンス。
http://blog.goo.ne.jp/hazukoqw/e/6aae0b6a45793ba8330f95831dd5190a

○Outbreak Movie Trailer (1995) YouTube映像 01:57
http://jp.youtube.com/watch?v=Mj9SUJdpJS4


○メディア・パブ 2008/01/15
 「NHKドラマに触発されて新型インフルエンザ関連情報を収集する」
http://zen.seesaa.net/article/78200910.html


○レジデント初期研修用資料 「NHKのインフルエンザ番組」2008/01/14
 ウィルスがどう変化しようが、やるべきことはたぶん一緒。たとえ薬や
 ワクチンに効果が期待できなかったとしても、「隔離」は確実な効果が期待で
 きるはず。これはもちろん、感染症をやっている人たちなんかには常識以前の
 お話だけれど、ドラマ編では隔離政策が俎上にあがることはなかったし、
 実戦編でもまた、隔離政策にあんまり言及なかったのは、何故なんだか
 よく分からない。
http://medt00lz.s59.xrea.com/blog/archives/2008/01/nhk_1.html


○魔法のランプ*R*  2008/01/16
 最強ウイルス「H5N1」 インフルエンザパンデミックはもうまじかに
 H5N1に感染した人の体内でウイルスが突然変異をし、人から人への
 感染力を強め、広まりだしたら数日のうちに都市部は大混乱となる。
 (都心部で一人が感染したら、一週間で25万人と予測される)
http://lamp.blogmin.jp/600693.html


○フリーライター前原政之 mm(ミリメートル)
 岡田晴恵『H5N1』『H5N1型ウイルス襲来』2007/12/15
http://mmaehara.blog56.fc2.com/blog-entry-1289.html


○モノモライにはゆで卵  『H5N1』 岡田晴恵  2007/12/20
 著者は国立感染症研究所の現役研究員。
 発生は時間の問題と言われている強毒性新型インフルエンザが実際に海外の
 どこかで人から人への感染能力を獲得して発生した場合、それは日本に
 どのように上陸&拡大し、その時国内ではどのような大混乱が起こるのか
 について検証したシュミレーションストーリー。
http://www.mypress.jp/v2_writers/mokomoko2560/story/?story_id=1688205


○Moura  2006/08/14
 「パンデミック・フルー/新型インフルエンザ、鳥インフルエンザ ガイドブック」
http://blog.moura.jp/influenza/2006/08/qa_e287.html


○国立感染症研究所 感染症情報センター:インフルエンザ・パンデミック対策
http://idsc.nih.go.jp/disease/influenza/05pandemic.html

 

 


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