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全米一のリベラル都市が海兵隊徴兵事務所に退去要請。保守派からの猛反発を招く混乱に。

  • 米国在住ジャーナリスト

 全米一のリベラル都市として知られるカリフォルニア州バークレー市が、市内にある海兵隊事務所に撤退要請を行うための決議を行ったことが全米に波紋を広げている。

 事の発端はバークレー市議会が1月29日に可決した決議内容。それによると今後、市内中心部にある海兵隊の徴兵事務所を歓迎しない存在とし、招かざる侵入者として扱うと規定。合わせて海兵隊事務所の徴兵業務に反対活動を行っている女性平和団体「コード・ピンク」を市として支援し、同団体が抗議活動を行うために海兵隊事務所前の駐車場を使うことを許可するなどの内容となっている。海兵隊は2006年後半に同市に徴兵事務所を設置、昨年秋ごろからコード・ピンクによる抗議活動が始まっていた。

 これだけを聞くと脈絡が分からないかもしれないが、つまりはイラク戦争とつながっている。米国政府がイラクに派兵をして戦争状態にあるいま、被害はイラク側だけでなく、米兵にも数多く出ている。死者や怪我、心的外傷後ストレス障害(PTSD)などが相次ぎ、帰還兵の保障を巡る問題も頻発。一方で、税金は戦費として消費され続けている。

 目的のはっきりしないイラク戦争を続けることに対する疑問が増えていることもあり、バークレー市としては徴兵を行う軍の施設にノーと表明し、ブッシュ政権のイラク政策にはっきりとした意思表示をしたことになる。海兵隊へ市から手紙を送り、徴兵事務所の撤退を求める考えだ。

 地方分権が進み各自治体が独自の政策を行う米国でも、自国が戦争中にこうした決議を行うのは非常に珍しい。それには、バークレーという土地柄を理解する必要がある。カリフォルニア州は全米の中でもリベラルな地域といわれるが、同州北部にある人口約10万人のバークレーはその最たる地域。1950年代のヒッピー文化の発祥の地であり、60年代の学生運動の波もここから始まっている。

 カリフォルニア大学バークレー校を求心力として、常に政治・社会的にリベラルな価値観を持ち、その中核をなすのは反体制的な思想。市民のライフスタイルもリベラルで、健康志向、地球環境保護といった側面に重きを置いた取り組みが目立つ。

 ここで行われるボランティアワークや市民活動は非常に多く、反戦運動も活発に行われている。市議会の決定は、そうした「バークレー的価値観」で眺めれば、そう突飛なものではない。ただ、それが全米的に受け入れられるかとなると、また話は違ってくる。今回も、イラク戦争を支持する保守派の人々が黙っていなかった。

 市の決議が行われた直後、共和党の上院議員6人はバークレー市に支給している連邦補助金230万ドルを引き上げ、代わりに海兵隊へ回す法案を提出することを明らかにした。補助金がストップすると、市内の学校給食プログラムやバークレー大学に影響が及ぶことになるという。議員の一人は「愛国心の強い納税者は、バークレー市が我々の勇敢な海兵隊を侮辱したことに対して黙っていないだろう」と述べ、今回の決議を市の国に対する宣戦布告とみなしている。

 市にも議会の決定を見直すようにとのメールが殺到。同時に、海兵隊支援者や退役軍人、その家族、保守派グループなどがバークレーに押し寄せて戦争反対派との間で小競り合いが起き、逮捕者が出る騒ぎにまで発展してしまった。市当局の発表によると、抗議行動が起きている場所などに重点的に警官を配置した結果、それだけで8万ドルから10万ドルの経費がかかっているという。

 バークレー市の旗色は決してよくない。軍事情報を掲載するウェブサイトが行ったインターネット調査によると、全ての連邦予算を市から引き上げることに賛成する人が9割に上る。民主主義的な行動なのだから何も反応してはいけないと回答した人は1割にも満たなかった。こうした批判を受けてバークレー市では先週、徴兵事務所の撤退を求める手紙を海兵隊へ送ることを中止した。合わせて軍人への敬意を表明するなど、だいぶトーンダウンしてきている。

 とはいえ、平和団体による活動は依然としてやむ気配をみせていない。写真は15日に撮影したものだが、現在無人となっている海兵隊徴兵事務所の前でシュプレヒコールを挙げる活動家は数十人規模に上り、通りすがりにクラクションを鳴らして支援表明をするドライバーも結構いた。バークレーは元から反戦運動が良く行われている場所だけに、賛同者も多いと見られる。



海兵隊徴兵事務所の前で抗議行動を行う平和団体

 それにしても、退役軍人を票田としている議員たちがヒステリックに叫ぶのは仕方がないとして、良識のある米国人なら少し冷静に考えてみる必要があるのではないだろうか。途中から問題の本質がすり替わってしまったような感じもするが、バークレー市が本質的に言いたかったことはイラク戦争への疑問の投げかけであって、軍隊や軍人の否定でないことは明らかだ。

 戦争に直接結びつく海兵隊徴兵事務所が市にあったから、反戦メッセージを伝えるために、歓迎しない意向を表明したに過ぎない。それをバークレー市と海兵隊だけの問題に矮小化してしまったら、見えるはずのものも見えてこない。

 市議会とはいえ体制側の一部には違いない。それがあえて戦時中に「王様は裸だ」と勇気を持って言い出したことをアメリカの良心と取るか、それとも単なるエゴと取るかで、この国の器の大きさが分かろうというものではないか。

 


【編集部ピックアップ関連情報】

○404 Blog Not Found 「左翼が徴兵賛成な理由」2007/11/29
http://blog.livedoor.jp/dankogai/archives/50959485.html


○エコノミスト*練習ちょう 2007/11/12
 「アメリカのホームレス 4人に1人が退役軍人」
http://econotes.cocolog-nifty.com/syugyo/2007/11/41_ffbb.html


○田中宇 「テロ戦争の意図と現実」 2007/09/11
 読者の多くは、私の説に懐疑的だろう。毎日詳細に英語などの国際情勢
 を見ていないと、この状況は感じられないだろうから、多くの人が私の
 説に懐疑的なのは仕方がない。アメリカの覇権の永続しか見たくない
 外務省など日本政府の影響を、日本のマスコミが受けているという
 こともある。「多極化やネオコンの自滅主義を言い出す田中宇を
 見損なった」という指摘は多い。しかし、多くの人々には見えないまま、
 世界の現実は、アメリカの覇権の経済的・政治的・軍事的な自滅に
 向かって進んでいる。
http://tanakanews.com/070911terror.htm


○GIGAZINE  2007/05/11
 「イラク戦争に費やした4560億ドルがあれば何ができるか」
http://gigazine.net/index.php?/news/comments/20070511_iraqwar_cost/


○模型とキャラ弁のダイアリー 「徴兵制の条件」2007/01/07
 徴兵制導入の予兆としては、「徴兵は若者を鍛えなおすのに良い方法」
 なんて報道が積極的になされるようになったら黄(キケン)信号、日本が
 国際貢献の名の下に大規模な治安維持軍を派遣するようになったら
 赤(アカン)信号といったところでしょうか。
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20070107/p1


○kom’s log 「国民皆兵」 2006/03/23
 学生時代狭い部屋に住んでいた主任研究員は置く場所がないのでしかたなく
 キッチンに立てかけていたそうで、「遊びに来たアメリカ人の友達が
 度肝抜かれていたよ、あっはっは」といっていたが、キッチンに
 自動小銃かよ、と思って私もちょっと目をまるくした。どんな自動小銃
 なのかなとあとで調べたら、スイスの制式自動小銃はこんなかんじ。
 (右上写真)とても高性能で、素人でもちょっと練習すれば、300メートルの
 距離で直径20センチほどの的に当てることができるようになるそうである。
http://d.hatena.ne.jp/kmiura/20060323

 

○One Day = $720 Million:イラク戦争の1日のコスト 約800億円
  (YouTube 01:46)
http://www.youtube.com/watch?v=Wnq6cD5jk1Q


○GreenFestival Washington DC with Medea Benjamin of CodePINK
 コード・ピンク創始者 メディア・ベンジャミン(YouTube映像 04:29)
http://www.youtube.com/watch?v=13729sYcJyQ&eurl=http://100voices.wordpress.com/2007/11/06/green-festival/

 

 


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