Entry

選挙公約を○○と考えてみる(by 山口浩) 

政治家の選挙公約は、「信用できないもの」の代名詞だ。というと語弊があるかもしれないが、実際のところ、選挙公約が守られなかった例は枚挙に暇がない。

もちろん、そもそも私たちの国が間接民主制をとっている以上、国民の代表として選ばれた政治家には、状況の変化に応じて選挙時の公約を覆す裁量の余地が少なくともある程度はあってしかるべきではある。しかし、選挙のときの威勢のいい公約、まさにそれによって票を獲得したはずの公約が、見る間に骨抜きにされたり忘れられたりしていくさまをあまりに繰り返して見せられたため、どうせ政治家はみんなうそつきだという冷めた見方をするようになってしまった人も多いだろう。

拠って立つべき公約を反古にするならいっぺん辞めてもう一度選挙からやり直してくれ、といいたくなることもある。なんとか公約を守らせることはできないか、それが難しいなら、せめて守る気のない公約をする政治家を初めから排除できないかと考えたくもなる。

考えてみると、相手を信頼して何かを行うことは、社会のほかの領域にも少なからずある。せっかくの信頼を相手に裏切られてしまうと、自分が手ひどく損をする。そういう領域ではしばしば、相手の甘言を許さないしくみ、相手に約束を守らせるしくみが発達している。そうした他の分野での工夫を、選挙公約の分野に取り入れることはできないだろうか。

たとえば広告。もし公約が広告だとしたら、と考えてみる。広告が、企業が自社製品やサービスを購入してもらいたいために、それらを魅力的に見せ、購入意欲をそそるためのメッセージだとしたら、選挙公約は政治家という商品、あるいは政治というサービスの広告ではないか。

広告業界にはJARO(社団法人日本広告審査機構)がある。それにならうと日本公約審査機構、「選挙公約」は「election pledge」だから、英語では「JEPRO」(Japan Election Pledge Review Organization,Inc)ぐらいになろうか。JAROのウェブサイトからその活動内容の説明をもらって、それを少し変えてみると、JEPROの活動内容はこうなる。
.
「有権者に迷惑や被害を及ぼすウソや大げさ、誤解をまねく公約を社会から無くし、良い公約を育む活動を行っています。有権者からの苦情や問い合わせをもとに、JEPROは公平なスタンスで公約を審査し、問題のある場合は公約主へ公約の改善を促しています。」

公約の審査は当然、選挙前にやってもらいたいが、権力によって政治活動を制約するというのもまずいだろうから、JAROがそうであるように、JEPROも当事者の自主規制機関として、中立的な立場から運営するとよかろう。広告とちがって、公約をその場で撤回させることは難しいかもしれないが、JAROと同様、苦情が話題になるだけでもある程度の効果はあるのではないか。

もう1つ、公約を契約、特に投融資に関する契約と考えてみよう。こちらも似た要素がある。出資者は、不確実な将来に対して、現時点で資金を投ずるわけだが、選挙も、有権者が持つたった1つの「票」を候補者に投じ、あるいは預ける行為とみることができる。どちらも相手を信頼していればこそできることだ。その信頼を裏切られたのではかなわない。投融資の分野では、そうした裏切りを防ぐために、さまざまなしくみが発達している。

代表的なものとして、ここでは担保と格付けを挙げよう。担保は、契約の履行を確かなものとするため、あるいは万一契約が履行されなかったときの補償を事前に確保しておくため、あらかじめ提供を約束しておくものだ。

融資を受ける際に不動産を担保提供するのと同じように、選挙公約に反したら所定の財産を供与するといった契約を候補者と有権者が結ぶのはどうだろう。担保は、逆にいえば、それを放棄することで債務から逃れられるという要素もある。必要に応じて公約を反古にする余地は残されているわけだ。それでも、公約を反古にすれば自らの財産を失うとなれば、公約を立てるのにはより慎重になるはず。その場しのぎでできもしないようなことを口にするケースは減るのではないか。

公約を守る政治家と、公約を守らない政治家がいたとすると、何か特段の事情がない限り、公約を守る政治家の公約のほうが信用できると考えるのは自然だ。しかし、すべての政治家の公約遵守状況を記録しておくことは有権者にはなかなかできない。どの政治家の公約はどの程度信用できるのかといった情報をまとめ、分析して、わかりやすいかたちで示してくれる専門家がいるといい。

投融資の分野でそうした機能を果たしているのが格付機関だ。格付機関が投融資先の信用力を格付けするのと同じように、政治家をその公約遵守の可能性によって「AAA」とか「BB+」というふうに格付けすることができたらいい。ここでも、リスクとリターンのトレードオフが成り立つだろう。安全にいくか、リスクをとってハイリターンを狙うか。格付けが高ければいいとは必ずしもいいきれない。有権者には選択の余地がある。

もちろん、上記はいってみればただの思考実験だ。正直いって実現性も低いし、実際にあったとしたらいろいろ問題も出てくるだろう。それでも、こうして考えてみることでわかってくることがある。それは現在、政治家たちが公約をいかに軽く扱っているかということだ。有権者が自らの1票に託した信頼や期待は、広告や投融資に対して抱く信頼や期待と比べて、決して軽いものではないはずだ。他の分野であれば、人々の信頼や期待はもっと大事にされ、それらを守るためのさまざまな工夫も行われている。にもかかわらず、政治の分野では軽く扱われているとすれば、有権者が不満を持つのは当然ではないだろうか。私たちはもっと文句をいっていいのではないだろうか。

 


【編集部ピックアップ関連情報】

○Bone Head 「田舎の選挙」 2007/04/17
 このもらったマニフェストを見ると、数値目標が書かれていないので、
 今までの選挙公約と同じと思いました。しかし、こんな田舎で、きちんと
 自分の公約を書いて配るということはすばらしいと思います。
http://blog.m3.com/BH/20070417/1

○エキサイトニュース 2006/02/16
 「嘘・大げさ・まぎらわしい」でおなじみのJAROって何してるの?
http://www.excite.co.jp/News/bit/00091139913040.html

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/583