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スポーツが危ない。暴力、リンチ、薬物─自浄能力のない組織上層部

 ケベック・メジャー・ジュニア・ホッケーリーグ(QMJHL)で事件は起こった。プレーオフ1回戦第1試合(3月23日)を戦っていたケベック・レンパーツのバックアップ・ゴールテンダー ジョナサン・ロワ(19)が相手チームゴールテンダーのボビー・ナダウ(20)に突然襲い掛かった。

 しかも監督がベンチから暗に示唆したのではないかととれる行動がテレビカメラで捉えられていた。さらに、この監督というのが『あのパトリック・ロワ』で、殴った選手が監督の息子だったことでも、カナダでは大きな注目を浴びた。

(2008年3月23日CBC)
CBC:カナダ3大ネットワークのひとつ。カナダで最も長い歴史を持つテレビ局で、日本のNHKのような存在。


≪解説≫

 ニュース映像を見ると、その行動は異常だった。ホッケーでは当たり前の両チーム入り乱れての乱闘がひと段落した頃、自陣ネットに帰りかけたロワ選手が突然踵を返し、相手GKに突進、相手が無抵抗にもかかわらず氷上に倒れている選手をなお殴り続けた。そしてベンチに引き揚げる時には観客に向かって中指を立てた両手を高々と掲げて会場から消えていった。(このビデオはYouTubeで見ることができる http://jp.youtube.com/watch?v=HlaDJoD2-Qc

 この事件には問題が3つある。ひとつは行為が悪質極まりなかったこと。二つ目はこれがジュニアリーグだったこと。そして三つ目は監督が示唆した可能性があるということだ。それがNHL史上最高のゴールテンダーと称されるパトリック・ロワだったことが事件以上に話題性を持った。

 結局リーグはジョナサン・ロワ選手に7試合、パトリック・ロワ監督に5試合の出場停止処分を下した。地元警察も捜査を始めた。ところが事態はこれだけでは収まらなかった。

 次の日、ケベック州の政治家がこの問題に対して「ジュニアリーグの殴り合い(ホッケー用語のFighting)を一切禁止すべきだ」との主張を始めた。これにはNHL解説者等が一斉に反応した。処分が軽すぎるという点では意見が一致するものの、ホッケーの華であるFightingを禁止することについては物議を醸している。

 しかし、問題の本質は本当にそこにあるのだろうか。

 QMJHLが所属するのは、ジュニアメジャーと言われる組織で、カナダ全土と北部アメリカを含む地域別4リーグから構成されている。チームは16から24歳までの選手が登録され、NHLへの最短距離として知られる超ハイレベルのジュニアリーグだ。

 そのジュニア選手が憧れとするNHLから、この事件の5日後の28日、興味深いニュースが飛び込んできた。実はNHLでも暴力行為による民事裁判が現在進行中である。

 バンクーバーでの2004年3月8日 バンクーバー・カナックス対コロラド・アバランチ戦で問題の暴行行為は起きた。刑事裁判ではすでに有罪判決が加害者の当時カナックスFWトッド・ベツゥージ選手(現アナハイム・ダックス所属)に下された。

 しかし、被害者である当時アバランチFWスティーブ・ムーア選手がベツゥージ選手、カナックスチーム、当時オーナーのオルカベイに対して総額3800万ドル(約38億円)の賠償請求を起こしていて、これにベツゥージ選手が当時のマーク・クロフォード監督(現ロサンジェルス・キングズ監督)が『報復』を示唆したとして賠償責任の一端があると訴えたニュースだった。

 さて、4年前に起きたこの事件、当時もカナックスを担当していた私は実際に試合を見ていたし、前後の事情もわかるので説明したいのだが、かなり複雑な事情が絡んでいて長くなるのでそこは省略する。事件のポイントはこの時のNHLの対応にある。結局ベツゥージ選手に17カ月の出場停止処分(翌シーズンの施設封鎖期間も含む)とカナックスに対して制裁金が課せられただけで、こうした暴力行為に対する根本的な対策というものを何一つ講じなかったことが問題だった。

 暴力とFightingの線引きという責任を放置し、相手が大けがをすれば厳重処分、軽傷だと反則行為で済ませるという曖昧さがこうした最悪の事態を引き起こしている。

 そして今なお、命を落とすほどの犠牲者が出ないのが不思議なくらい、極端な悪質行為が後を絶たない。ホッケー界最高峰のNHLでさえこうなのだから、精神年齢の低いジュニアリーグはなおさらだ。新しい対策に向けて政治家や親が圧力をかけるのも第3者の目から見れば当然のことと映る。

 これは何も北米ホッケー界に限った傾向ではないだろう。薬物使用の有無に揺れたMLBも、力士死亡という悲劇を起こした日本相撲界も、さらに言えば今のIOCだって根本は同じところにある。

 もともと正と悪の境界線を引けない組織トップに、この先自浄能力を期待できるのだろうか。とてもそうは思えない。結果は対策が後手に回り、そしていつも犠牲になるのは末端の選手であり、ファンである。

 NHLもジュニアリーグもプレーオフが始まりシーズンも佳境に入る。こうした事件は2度と見たくないと思う。本来スポーツとは何なのか、プロスポーツの在り方とは、誰のためのものなのか、考えさせられる1週間だった。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○若林弘紀 プロホッケーコーチ・ヘローキィの日記
 「パトカー出動」  2008/03/15
 「知性と品性は、スポーツと暴力の境目です」
 Class and intelligence draw the line between sports and violence.
http://blog.livedoor.jp/hockeylabjapan/archives/51231465.html


○サッカーで大切なこと 「ボウヤーの来シーズンは!?」2005/04/10
 ボウヤーには、6週間分の給与に相当する5000万円の罰金が科され、
 内部処分としては、プレミアリーグだけでなく英国史上でも最高額となった。
http://blog.livedoor.jp/jigga_1_900_hustler/archives/18481913.html

 

 


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