世界遺産の多くが生活空間。イタリア落書き事情
- イタリア在住ジャーナリスト
<記事概要>
「大聖堂へ落書きをしたとして、フィレンツェまで謝罪しに来てくれた日本の友に感謝しよう。彼女らによる大聖堂の落書き事件については、これで完全に終わったこととしたい。」フォルツァ・イタリア党のガブリエレ・トッカフォンディは、岐阜の短大生がフィレンツェを訪れ謝罪したことについてこう語った。
さらに続けて、「しかしフィレンツェのみならずイタリア全体にはびこる落書きにどう対処すべきかという問題はいまだ残されたままだ。」とし、落書きをした者に対しては厳罰に処するなどのあらたな法整備を早急に整える必要があることを明言した。
2008.7.10 付055NEWS (フィレンツェのローカルWEBニュース)より
http://www.055news.it/index.asp?idn=12426
<解説>
日本人観光客による落書き事件はここイタリアでも大きく報道された。日本でそれほどの騒ぎになっていなかったら、イタリアではニュースにさえならなかったのではないか。とはいえ、日本人観光客が非を認めて謝ったことは、現地の人に少なからずインパクトを与えたようだ。「落書きなんてここイタリアではどこにでもあるのに」という意識があるためだ。さらに「イタリア側、大聖堂側の誰も責めてはいないのに」というのもイタリア人を驚かせたツボだと思う。
この、日本人観光客による落書き・謝罪事件が起きる前から、イタリアの街のあちこちに見られる落書きにどう対処するかという問題は、常にあったといっていい。
世界遺産への落書きとそこらへんの壁に書かれたものを一緒にするのか、と指摘される前に言っておくと、イタリアにある世界遺産の多くが生活空間である、ということをまず指摘しておくべきだろう。
聖堂や王宮や城が単体で世界遺産となっている場合もあるが、ヴェローナやフィレンツェ、ナポリ、シエナなどは、街の中心部全体が遺産として登録されているのである。ヴェネツィアにいたっては、ヴェネツィア本島が浮かぶ潟が世界遺産だ。つまりこれらの街に住む人々は、そこで買い物をし、犬を散歩させ、通勤通学路としてそこを利用しているわけだ。文化財ということを知ってはいても、ことさら丁寧に扱おう、大事にしよう、という意識はない。
また、イタリアは世界一の世界遺産登録数を誇る(2007年7月時点で41箇所。うち文化遺産40箇所)という事情もあるだろう。遺跡が腐るほどあるから、そこで生活しているから、といって落書きが認められるわけでは決してない。ただ、世界遺産というものへの接し方や捉え方が、たぶん他の国の人と、特に日本人とは違うことだけは言えると思う。
生活者として街を見てみると、実に落書きは多い。病院の、市庁舎の、学校の、そしてスーパーの壁。バス停のガラスのしきり、ゴミ箱、電車の車体、駅の通路。枚挙にいとまがないとはこういうことをいうのだと改めて思う。すきまがあればどこにでも書く人たちに、ここから先は世界遺産ですからダメです、ということが通用するのかどうか。
不思議なのは、落書き問題とともに決まって浮上する、「落書きは芸術か、はたまた文化破壊行為か」という議論だ。世界遺産か否かに関係なく、落書き行為自体が犯罪行為なのだが、それを脇において「落書きの中にはすばらしいものもある。それらは芸術と認めよう」とする意見が、知識人と言われる人からも出てくる。アートの国とはいえ、ワケがわからない。
「落書きアーティストに厳罰を。新しい法律を」と言い出す政治家も、実はわたしには理解できない。今だって法律はちゃんとあって、それを適用さえすれば済むことなのに。現行法では、罰金刑が適用されることになっているらしいが、摘発されることはほとんどないのだそうだ。中には「刑務所に送るべし」という強硬な落書き反対派もいるのだが、許容人員を超えている刑務所に、落書き実行犯まで送り込むつもりなのだろうか。
今年1月のコリエレ・デラ・セーラ紙に、ミラノの市警察の落書き実態調査が掲載された。それによると、市内の13歳から18歳の青少年の半数が、市中での落書き経験者だという。
また、イタリアの比較的大きな市では、これらの落書きを消すために年間25百万ユーロ(42億円相当)の経費を負担している、とコリエレ紙は分析する。車体や窓ガラスや椅子に落書きされるバスやトラムの被害はさらに甚大で、ミラノの交通会社が負担する経費は年間50百万ユーロとも言われている。これだけの出費があるということは、それで儲ける清掃業者やガラス製造業者がいるということでもある。ちなみに落書きによく使われるスプレーだが、1本3ユーロ50セントで売られていて、ミラノだけで年間4万本が売れるという。売上にして14万ユーロ、日本円で約24百万円の市場規模だ。
落書きを市中からなくすことが不毛な努力に思えてくるが、日本人観光客の行動が、イタリアの落書き問題に一陣の風を吹かせたことはまちがいない。これを機に、イタリアの落書きに対する風潮が変わってくれることを期待したい。
<参考>
イタリア刑法第639条 (落書きについての条項)
アンチ落書き協会のサイトより
http://www.associazioneantigraffiti.it/legislazione/639_codice_penale.pdf
コリエレ・デラ・セーラ紙2008年1月5日の記事
http://www.corriere.it/cronache/08_gennaio_05/fenomeno_graffiti_afea7da0-bb62-11dc-b478-0003ba99c667.shtml
元文化相ヴィットリオ・ズガルビが落書きを擁護している記事
イル・ジョルナーレ紙(2006年9月23日)より
http://www.ilgiornale.it/a.pic1?ID=120768
ジョルジョ・アルマーニが「落書きした者は逮捕せよ」と言っている記事
コリエレ・デラ・セーラ紙(2006年9月21日)より
http://www.corriere.it/vivimilano/speciali/2006/09_Settembre/21/armani.shtml
みんなの世界遺産
http://www.sekaiisan.org/content1+index.id+2.htm
ローマの落書きについてのニュース映像(YouTube映像)
http://it.youtube.com/watch?v=2vReHI_u2rI
ローマの地下鉄の落書き(YouTube映像)
http://it.youtube.com/watch?v=-4n0HgorhDw
http://it.youtube.com/watch?v=tTZGDABo-7E
国鉄車両の落書き(ローマで撮影:YouTube映像)
http://it.youtube.com/watch?v=gB2eKkuC7O0
【編集部ピックアップ関連情報】
○病床軟弱 「新聞とコラム」 2008/07/03
フィレンツェの落書き事件-「敬服」あり、「寛容度ゼロ」と茶化す向きあり。
イタリアの反応が面白い
フィレンツェを訪れる若い日本人は、辻仁成らの小説「冷静と情熱のあいだ」や
その映画版(01年)に引かれたのかもしれません。わたしはどちらも知りませんが、
インターネットの映画案内であらすじを読んで苦笑してしまいました。
http://blogs.yahoo.co.jp/aka59mahi/12078703.html
○ミラノ駐在ブログ 2008/07/11
「フィレンツェの大聖堂落書き、短大学長が関係者に現地で謝罪」
多分、フィレンツェの関係者の本音は、「もうこっちはなんとも思ってないから、
いいかげん忘れてよ」という感じでしょうか。イタリア人は基本的にどんなに自分が
悪くても謝りません。
http://blog.livedoor.jp/shiroyuki11/archives/51233549.html
○おうちしごと日報 「折り紙建築、ヨーロッパ上陸」 2008/06/30
さて、イタリアの続きです。
フィレンツェのドゥオーモ、サンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂です。
http://yurinippo.exblog.jp/8222296/
○SHIFT | THINGS | インサイド/アウトサイド 2008/05
権力と巨額資金が世界規模で行き来するアート界に対抗するため、
アーティストはグラフィティーを始めた。街中に溢れる世界企業の
巨大看板広告、消費社会の加速を扇情するTVコマーシャル。貧富の差が
益々広がるばかりの社会に反抗したバスキアやキース・へリング など、
80年代NYストリートカルチャーから発生したグラフィティーは、今、
さらに発展を見せている。
http://www.shift.jp.org/ja/archives/2008/05/inside_outside.html
○「INSIDE OUTSIDE」7/4イベント(YouTube映像 03:57)
http://jp.youtube.com/watch?v=Ut49FPCEB14&feature=related
○Inside Outside trailer(YouTube映像 01:17)
http://jp.youtube.com/watch?v=4hZICnxlKzE&feature=related
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