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偏った食生活による腸内細菌のバランス変異と病気の関係

 食生活が変われば腸内細菌のバランスも変わってくるに違いないが、腸内細菌の動向を実際に確かめるのは容易なことではない。なぜならヒトの腸内には約1000種、1000兆個にもおよぶ腸内細菌が住んでいるといわれ、その重さは成人一人あたり約1キログラムにもなるという。これらすべての細菌集団の中から目的とする種ごとに細菌を分離培養することは不可能だからである。

 ところが、この問題にメタゲノム解析という新しい解析法を用いて腸内細菌叢(そう)の解明に挑んだ研究グループがあった。服部正平(東京大学大学院新領域創生科学研究科 情報生命科学)教授らの研究グループである。服部氏らの研究によれば、乳児を含む健康な日本人13名の腸内細菌叢をメタゲノム解析法で遺伝子情報を解析したところ、離乳前の乳児と通常の食事をしている人の間では遺伝子及び菌の組成が著しく変化することがわかったという。

 また、夫婦間や親子間でも腸内フローラ(細菌叢とも呼ばれ、たくさんの花が種ごとに群生している花畑の様子に似ていることからフローラと名付けられた)は必ずしも似ておらず、これまで腸内細菌は親から子へ細菌伝播されると言われてきたことが覆され、個人には個人独自のフローラが形成されることがわかった。このことは、食生活が変われば腸内細菌のバランスも変わってくることを裏付けることにもなるかも知れない。難しい分離培養をせず、細菌集団のままゲノム解析するメタゲノム解析は健康診断などにも応用ができ、今後ますます期待される解析法だ。

 この研究によって腸内フローラはある程度食事内容によって変化すると言えるようである。近年増加している大腸がんやアレルギーの発症は、偏った食生活による腸内細菌のバランス変異が関係している。ヒトの大腸内ではたくさんのバクテリアがひしめき合いながらも人体に有害な物質を分解したり、わずかではあるがビタミンの合成をしたりしている。これは紛れもない「共生」である。

 さて、温暖化に限らず大気や土壌の汚染などによっても地球環境は変化している。こうなると私たちの体に変化が起こらないはずがない。単純に考えても毎日の食べ物がすでに環境変化の影響を受けているはずである。敗戦後の食料難から脱却した日本人の食生活は、生活様式や嗜好の欧米化に伴って肉や乳製品を多く摂るようになった。低カロリーということで和食が見直されてはいるが、和食に使われる野菜は化学肥料や農薬の普及で栽培効率が格段に向上した分、ビタミンやミネラルの含有量は逆に減ってしまっているという。見た目は同じ様でも摂取できる栄養素は以前とはずいぶん違うようだ。

 日本人の食生活はこの半世紀で大きく変わった。高度経済成長と平行して増えたのは国民の所得だけでなく、病気も同時に増えてきたのである。心臓病、高血圧、脳血管障害、がん、糖尿病などはどれも生活習慣と深い関係がある。とくに毎日の食事との関連は深く、予防医学の観点からも食習慣と病気の関連は無視できないレベルにきている。

 口から入った食べ物は胃や十二指腸を通って消化・分解され、小腸でアミノ酸、ブドウ糖、脂肪酸、グリセリンなどの形で吸収される。そのあとの食物残渣処理を大腸で請け負ってくれるのがこの腸内細菌たちなのである。しかも個人個人の食べ物によって細菌たちのバランスに微妙な違いが出てくるとなれば、正しい食習慣を無視するわけには行かないだろう。

 地球温暖化の影響などといっても、10年前にはほんの一部の学者が唱えるSF映画の宣伝文句のようにしか扱われていなかった。ところがここ数年、誰もこれに異を唱えようとする者がいない。もはや海面の上昇で島が水没しそうな国、度重なる洪水、拡大する砂漠化、多発する台風や竜巻などなど、あらゆる方面で誰もが明らかな環境の変化を感じている。まさかこんなに早く来るとは思えなかったことが、このところ次々と起こっている。

 国際社会も危機感を持ち政治レベルで少しずつ行動しようという動きが出始めたが、やはり基本は個々人の生活基盤……つまり何によって収入を得て生活を支えているか。その仕事の結果が地球環境にどんな影響を与えているかが問題なのである。事実を見つめなおす必要が出てきているのだろう。どんな自然災害にしても一番初めに被害者となるのが一般人なのはどこの国でも同じなのである。

 それにしても環境変化の予測というのは実に難しく、その対応は困難を極めている。その意味では医療の世界も同じといえよう。病気もまた、減るどころかむしろ増え続けているからだ。感染症を克服するために開発された抗生物質が皮肉にも新たな耐性菌を生み出しているし、薬害エイズのように医療行為そのものが新たに病気を作りだす(医原病)ことさえある。医療そのものが経済活動の中に組み込まれてしまっている。

 人類にとって生存とはまさに病気との闘いであったに違いない。しかし、どうやら地球全体で見ると病気と闘っているのはわれわれ人間だけのようである。人間を除く他の生き物は病気と闘っているようには見えない。「闘えない」のでもなく、むしろあらゆる変化に対応しながらも、どこかで身を任せて「共生」の道を選択しているように見えるのである。もしかすると、腹の中のバクテリアの方がずっと人間より賢いのかも知れない。

 

 

 


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