Entry

超人気コミック『デトロイト・メタル・シティ』の映画におけるデス・メタル度はどのくらい?

 ヤングアニマル(白泉社/毎月第2・第4金曜日発売)で若杉公徳が連載している話題作『デトロイト・メタル・シティ』が映画化され、23日から全国東宝系で公開されています。

 …と言っても、実はまだ映画のほうは見ていません(この原稿の締切りは、映画の公開前なのです。原稿がUPされている頃にはおそらく見ているでしょうけど…)。

 タワーレコードでのキャンペーンやテレビCMでも目にしますし、それ以上に原作自体が単行本の売上げ250万部を超える人気作なので説明の必要はないと思いますが、『デトロイト・メタル・シティ』とは、スウェディッシュ・ポップやカヒミ・カリィに心酔している主人公=根岸崇一が大分から上京して音楽で生活していこうと奮闘する中、インディー・レーベルの女社長の目にとまり、自分が忌み嫌っているデス・メタルを演奏させられて、そっちの方がどんどんカルト的な人気を得ていく…という、かなり屈折したストーリーのコミックです。



今月発売された『デトロイト・メタル・シティ』第6巻

 主人公の根岸はデス・メタルを演奏する際、カツラやコスチュームを身に着け、ヨハネ・クラウザー2世という別人格へと変貌するのですが、ステージを降りればヒョロっとした気の弱い青年に戻ってしまうので、出待ちのファンにも気づかれず、恋心を寄せている女性にも真相を知られないまま、葛藤の日々を送っていきます。このヤヌスのような二面性が周囲の反応と相まってバカバカしく展開していく様は最高に面白く笑えます。

 映画『デトロイト・メタル・シティ』で主人公の根岸を演じるのは松山ケンイチ(ちなみに、ハイスクール時代に僕とヘヴィ・メタル・バンドを組んでいた鮎貝健が、映画ではKISSのジーン・シモンズ演じるジャック・イル・ダークのバンドでベースを担当しています。そのバンドでギターを担当しているのは最近TVでもお馴染みのマーティ・フリードマンで、実は『レコード・コレクターズ』5月号に掲載しているインタヴューは、この撮影の翌日に行なわれました)。

 松山が根岸役を演じることはかなり前からアナウンスされていて、半年近く前の時点でヨハネ・クラウザー2世の衣装を身に纏った松山の写真を目にした僕は、彼の『デスノート』でのL役を思い出し、「これは期待できるかも…」と楽しみにしていました。

 ですが、松山の根岸崇一=クラウザー2世はハマリ役としても、肝心の音楽はどうなるのだろう…という懸念が、映画化を知った時点からずっとあったんです。

 クラウザー2世率いるデトロイト・メタル・シティが演奏するのはデス・メタル。果たして、その音楽を誰が手がけることになるのか、というのが映画の成功を分ける大きなポイントになるな…と思いました。

 音楽のほうは映画公開の2週間前から、CDシングルが発売されています。そこで早速、「SATSUGAI」と「魔王」「グロテスク」の3曲を聴いてみました。

 正直な感想を述べると、映画が大ヒットしたとしても、こだわりのあるデス・メタル・ファンにはこの音楽は受け入れられないかもしれない…と思いました。僕個人としては、この3曲を完全に否定はしません。原作を読んでいる方ならお馴染みの「SATSUGAI」のサビ部分、「SATSUGAI SATSUGAIせよー!」という歌詞の後ろで鳴っているドラムはスラッシュ・メタルやデス・メタルでよく聴くことのできる4拍子すべての拍の表にバス・ドラムが、裏にスネアが入るパターンが使われていて、このジャンルを意識していることがわかります。

 ただし、全体的な作りはデス・メタルというよりは、90年代以降に登場したリンキン・パーク(Linkin Park)やパパ・ローチ(Papa Roach)といったニュー・メタルと呼ばれるジャンルに近い音。メタルをまったく聴かない人にとっては「どっちもメタルじゃん」ということになるのかもしれませんが、横ノリのグルーヴをもつニュー・メタルと縦ノリのビートをもつデス・メタルでは、リズムの構造が異なるために、両者のファン層はかなり異なります。

 映画の製作側がタイミングを見誤ったな…と感じたのは、現在はニュー・メタルがかなり下火になってきている一方で、デス・メタルの人気が再び盛り上がりを見せているからです。特に今年は、アット・ザ・ゲイツ(At The Gates)とカーカス(Carcass)という90年代に解散してしまった伝説的なデス・メタル・バンド2組が期間限定の再結成をし、両バンドとも来日するというメモリアル・イヤーにあたり、デス・メタル・ファンは大いに盛り上がっています(もちろん僕もアット・ザ・ゲイツを観に行きましたし、カーカスも観に行く予定です)。そんな時期でもあり、一部の人にとっては抵抗を感じるかもしれない本格的なデス・メタル・サウンドが映画に取り込まれるのも画期的な面白いチャレンジになるかもしれないな…と期待していました。

 しかし、製作会議の場で「本格的なデス・メタルなんてダメだよ。お客さんがひいちゃうよ」という発言でもあったのでしょうか…。その配慮がかえって中途半端な結果になってしまったように思えて残念です。

 ちょっとネガティヴな方向に進んでしまいましたが、映画のサントラ・アルバム『魔界遊戯─For The Movie』にはなかなか強力なナンバーが入っていますよ。「スラッシュキラー」や「恨みはらさでおくべきか」は多くのメタル・ファンも納得でしょう。特に「恨みはらさでおくべきか」はシンフォニックなサウンドの導入がノルウェーの(というよりも世界を代表する)ブラック・メタル・バンド、ディム・ボガー(Dimmu Borgir)を彷彿させ、オオッと思わせてくれました。

 ここでもう一つ大切なポイントを。実はデス・メタルのカテゴリーにくくられているバンドは、先に触れたアット・ザ・ゲイツのように、過激なサウンドをもちつつも実は歌詞の内容は思索的だったりします。クラウザー2世率いるデトロイト・メタル・シティのように反道徳的、悪魔的な歌詞を歌うバンドは、デス・メタルというよりも実はブラック・メタルの範疇に入るんですね。

 原作を読みながら「デトロイト・メタル・シティの元ネタになっているバンドって何だろう?」と考えたとき、真っ先に名前が思い浮かんだのはブラック・メタルのヴェノム(Venom)やイモータル(Immortal)といったバンドでした。ブラック・メタルもやはりデス・メタル同様にファストなビートと過激なサウンドに包まれていますので、こだわりのあるブラック・メタル・ファン(どのくらいの数いるのでしょう?)にも残念ながら今回の音楽は受けないかもしれませんが…。

 僕自身は、『魔界遊戯─For The Movie』の収録曲も含め、音楽面でどこに最も違和感を感じたかと問われれば、ギターです。CDを聴くかぎり、デス・メタルやブラック・メタルで頻繁に聴くことのできる高速カッティングによるギター・リフが今回の楽曲には全く出てきません。これは、役者にギタリストを演じさせる手前、仕方がなかったのかもしれませんね(実際には弾かなくとも、弾いているように見せる演技も難しいでしょうから…)。ですが、この部分がどうしても物足りなく感じてしまう部分でもありました。

 最後に、感心した(というか感動した)点をひとつ。今回のデトロイト・メタル・シティのCDは、なんとすべてデスレコーズから発売されているんです。原作を知っている方なら「ピン!」とくると思いますが、デトロイト・メタル・シティの所属レコード会社を模して、わざわざ新レーベルを立ち上げているんですね。こういう細部にわたるこだわりは嬉しいですね。デスレコーズと明記されたCDオビを見ると、「ダウンロードじゃ笑えないから、笑うためにCD買っとくか?」と前向きな気持ち(!?)になれます。ところが、現実世界では、デトロイト・メタル・シティの対抗グループでもあるテトラポット・メロン・ティやMC鬼刃のCDまでがデスレコーズから発売されちゃってる…。このへんの徹底できなさが、「仕方ないよね…」と思いながらも、ちょっと泣けます(笑)。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○デトロイト・メタル・シティ 公式サイト
http://www.go-to-dmc.jp/index.html


○デトロイト・メタル・シティ Detroit Metal City Trailer(YouTube映像 01:40)
http://jp.youtube.com/watch?v=bcu8W-3XjjM&feature=related


○BARKS ニュース 2008/07/12
 「デスレコーズ発足、デトロイト・メタル・シティ禁断のCD化続々決定」
 漫画・映画の世界が現実の世界とコラボレーションし、
 デトロイト・メタル・シティをはじめとする登場アーティストがCDデビュー
 まで果たしてしまうという史上稀に見る壮大な音楽プロジェクトが
 ここに実現する。
http://www.barks.jp/news/?id=1000041687


○felicity  2008/08/20
 「Detroit Metal City vs Shibuya City─渋谷系コンピレーション」
 今夏公開の映画「デトロイト・メタル・シティ」。
 映画本編、そして原作漫画にたびたび登場するアーティストたち、
 コーネリアス、カヒミ・カリィ、カジヒデキらが在籍したことで知られる
 「trattoria」レーベル。91年から10年間の活動期間にリリースした
 アイテムは250タイトルに及び、渋谷系の総本山レーベルとして音楽界に
 多大な影響を残しました。このアルバムにはバンド
 “デトロイト・メタル・シティ”が演奏している所謂デスメタルは1曲も
 収録されておりません。
http://www.bls-act.co.jp/felicity/2008/08/detroit_metal_city_vs_shibuya.html


○草壁コウジのUFO時代 2008/08/19
 「カジヒデキとテトラポット・メロン・ティ」
 「デトロイト・メタル・シティ」という漫画に出てくる渋谷系POPバンド、
 その名もサジヒデキ率いる「テトラポット・メロン・ティ」。
 映画化に伴いこれがCD化され、なんと本家カジヒデキさんが歌ってるのだ。
http://kusakabe.otaden.jp/e6570.html


○ ORICON STYLE  2008/02/22
 木村カエラらが生贄 松ケン主演で映画化の
 『デトロイト・メタル・シティ』トリビュート盤発売
 自分たちの持ち歌を“メタルリミックス版”にし、漫画の主人公であり
 デスメタル界のカリスマというキャラクター“クラウザー2世”
 (通称・クラウザーさん)に“生贄として曲を捧げる”というコンセプト
 の『デトロイト・メタル・シティ トリビュートアルバム─生贄メタルMIX─』
http://www.oricon.co.jp/news/confidence/52244/full/


○シブヤ経済新聞 2008/08/21
 渋谷で「デトロイト・メタル・シティ」公開記念展--カツラや顔出しパネルも
http://www.shibukei.com/headline/5511/


○上野経済新聞 2008/07/08
 上野「デスメタル」ギャラリーがオープンから1年迎える―CD・レコード店も併設
http://ueno.keizai.biz/headline/130/

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/800