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オリンピックの光と影。金融危機で窮地に立たされたバンクーバー

(記事概要)

 世界金融危機がオリンピックを飲み込もうとしている。2010年2月に開催されるバンクーバー冬季五輪をめぐって、バンクーバー市は6日、選手村建設を請け負っているミレニアム・ディベロップメントに最高で1億加ドル(約85億円:1加ドル=約85円)を融資する決定を行っていたことが明らかになった。さらにこれが10月14日非公開で行われた会議ですでに決定されていたことも明らかになった。

 選手村建設については、現時点ですでに約7000万加ドルも予算オーバーしていることが分かっていて、この不足分をどこから補うのかということは議論になっていた。これまで市はミレニアムが負担すると繰り返していた。ミレニアムに融資しているフォートレス・インベストメントグループが世界金融危機の打撃を受けていることは、10月初めにはすでに明らかになっていたにもかかわらずだ。(2008年11月6日 Vancouver Sun)


選手村:開閉会式会場のBCプレース、ホッケー決勝会場GMプレースの対岸に位置する


(解説)

 ミレニアムが選手村建設を競り落としたのは2006年。1億9600加万ドルは入札最高額だった。当時のバンクーバーは不動産バブルで沸いていた。建設予定の1100戸は、オリンピック終了後に一般住宅として売却される予定になっていて、バンクーバー市最後の一等地に建設される10億ドルの土地開発計画は順調に進んでいるかに見えていた。

 しかし、今年の秋に襲った世界金融危機はここにも忍び寄っていた。住宅開発業者のミレニアムに6億8300万加ドルを融資しているニューヨークに本拠を置く金融機関フォートレス・インベストメントグループがこの金融危機で大打撃を受けた。市はすでに同社に1億9000万加ドルのローンを約束しており、さらに、今回1億ドルを両社に融資するというニュースが流れたのだ。

 この1億ドル融資のニュースには二つの問題が絡んでいる。ひとつはさらなる税金をつぎ込むこと、もうひとつはその決定が秘密裏に行われたことだ。後者については、11月15日にバンクーバー市長選があるため、一段とヒートアップしている感がある。今回の決定も6日に全国紙 “Globe and Mail”が掲載して初めて公になり、市民への説明責任に欠けていると現市長と市議が責められている。

 では、なぜここまでして市がこの建設を急いでいるかと言えば、もちろん、2010年2月までに完成させることが至上命題だからだ。

 何もかもがわからないまま税金だけがつぎ込まれていくという構図は、『スポーツの祭典』という華やかな舞台がオリンピックの光とするならば、いわば影の部分だ。

 しかも、影は選手村だけに忍び寄っているわけではない。ブリティッシュ・コロンビア(BC)州が行っているオリンピック関連の主要インフラ整備が3つある。ひとつは、リッチモンド、バンクーバー国際空港、ダウンタウンを結ぶモノレールのRAVライン。二つ目は、新コンベンションセンター建設。そして、バンクーバー・ウィスラーを結ぶ幹線道路“Sea to Sky highway”の拡張工事だ。

 二つ目の新コンベンションセンターは、オリンピックの時に主要メディアセンターとなる。くしくも市の1億ドル融資ニュースがメディアから漏れた同日、BC州政府は新コンベンションセンターをメディアに公開した。計画当時4億加ドルだった工事費は、8億8300万加ドルまで膨れ上がり、去年まで “On budget, on time” と息巻いていたゴードン・キャンベルBC州首相も、「ここまで膨れ上がったことを誰も喜んでいないが、とにかく現在の予算内でやらなければ」と言うのが精いっぱいだった。


工事中の新コンベンションセンター。2009年4月に完成予定

 これらの予算オーバーを補うのはもちろん州の税金。BC州政府は、オリンピック招致活動の時から、開催期間中はもちろん、開催前後もBC州にとって大きな利益があると繰り返し強調してきた。

 そもそも、バンクーバーに冬季五輪が決定したのは2003年7月。誘致活動も入れると関わって10年近くになる。その間、バンクーバーでは急激な右肩上がりの経済成長を続けてきた。特に2003年頃から不動産が好調で、2006年、07年は完全に不動産バブルだった。バンクーバーで一戸建て住宅を買おうとするなら、所得の75パーセントを住宅ローンにつぎ込まなければ買えないという一般庶民には全く手がでない状況になった。時同じくして、BC州はコモディティバブルにも沸いた。カナダドルがアメリカドルと逆転するという現象まで起き、バブル経済とともに人件費や材料費がかさみ、建設工事費用も膨れていった。

 そして、バブルがはじけて残ったのは借金だけというどこかで聞いたような話がまたしてもオリンピックを襲っている。今年10月、カナダ不動産協会は不動産のピークを2007年と発表、2008年5月には完全に右肩上がりが終結し、現在は買い手市場になったと発表した。バンクーバーは価格下落率が全国で最も大きく、すでに10パーセントも価値が下落、この先2年でさらに18から20パーセントほど下がると予測されている。

 ミレニアムが建設中の選手村も、現在420戸が売りに出されているが、契約済みは265戸のみ、今年中に300戸を販売する予定にしているが、この経済危機でどれくらい売れるかは全くわからないという状況だ。にもかかわらず、相変わらず、ミレニアムも市も、必ず完売すると強気の姿勢を見せている。

 もし売れなければ最悪の場合、市が負債だけを抱えることにもなりかねない。そういう状況を市が自ら作ったというのだから始末が悪い。

 2009年10月にはバンクーバーオリンピック協会(VANOC)への引き渡しを約束している。もしこれが実現できない場合、市はVANOCに対してペナルティが課せられることになっている。しかし、その罰則の内容はこちらもまた非公開だ。

 オリンピック関連施設への直接的な予算責任がないVANOCだが、この世界金融危機で焦っていないわけがない。というのも、まだスポンサー契約目標額を達成していないからだ。スポンサーシップ目標収入額7億6000万加ドルのうち決まっているのは7億3500万加ドルのみ。

 さらに、メジャースポンサーであるGMやエアカナダが大打撃を受けている。携帯会社ベルの親会社BCEも買収の話が尽きない。

 州や市、さらにはVANOCの予算でさえ、結局は住民が負担することになる。秘密裏にことが運び、予算が足りなくなった時点で住民に負担を強いるというのが何とも釈然としないというのが、市民、州民の反応だ。

 私はバンクーバー市に住んでいる。州と市、両方の借金返済のために税負担が増える羽目になるのは目に見えている。選挙権もないのに、高い税金ばかり払わされてもどかしい気もするが、これと言って抵抗する術もない。

 だったらと、せめてオリンピックを楽しもうと決めている。来年1月から、オリンピック競技施設で、毎週末世界大会が開かれる。こちらもかなり楽しみにしているが、カナダでは国内在住者向けにオリンピック競技のチケット先行販売が行われた。10月3日から受け付けられ、先着順ではなく、受付期間内に購入申し込みを行えば、だれにでも購入チャンスがある申請方式で、11月7日に締め切られた。

 一人一回限りの申請なので慎重に選んだが、結局人気種目に集中してしまった。チケットは、希望者数が販売数に満たない場合は希望者全員に販売され、超えた場合は抽選となる。

 どのチケットが購入できたかは12月5日までに通知される。ゴタゴタとした影の部分ばかりを見ているのもつまらない。選手たちの活躍する光の部分も存分に楽しみたいと思っている。

 さて、どの競技が当たるのか。どれか一つでも当たれば、自分へのクリスマスプレゼントとするつもりだ。全部当たれば…かなり豪華なクリスマスプレゼントになる。

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○外から見る日本、見られる日本人 2008/11/08
 「さてどうなるバンクーバーオリンピックビレッジ!」 
 プロジェクトの現場に行く限りではこのまま「普通に急いで」工期は
 調度からぎりぎりです。つまり、あと一度でも資金調達で詰まるか、
 フォートレスが詰まるか、ミレニアムが詰まるかで窮地に立ちます。
http://blog.livedoor.jp/fromvancouver/archives/51726247.html

 

 


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