クリスマスが近づくと、普段はあまり売れない香りを求めるお客様でアロマテラピー専門店は賑わうことになる。その香りとは、乳香（ニュウコウ、英名：フランキンセンス）と没薬（モツヤク、英名：ミルラ）だ。このふたつの香りはバルサム（松ヤニ）調、かつスモーキーな独特の芳香を漂わせ、人々を魅了する。キリスト生誕の際、東方の三賢人が黄金と乳香、それに没薬の3種の贈り物を携えてベツレヘムに旅立ったとされ、これこそ現在のクリスマスプレゼントの起源なのだ。そこで今回は、いずれも中近東の国々に生育するカンラン科の樹木から滲み出る樹脂を蒸留して得られる、乳香と没薬についての物語を紹介しよう。

ところで、芳香植物を蒸留して精油（エッセンシャルオイル）を得るテクニックが完成したのは10世紀とされる。したがって、はるか昔は精油という形ではなく、樹脂を焚いて香りを漂わせていた。これを薫香（くんこう）と呼ぶ。古代バビロンでは街中のいたるところで乳香を焚き、立ち上る煙がはるか遠くから見えたという。

香水のことをパフューム（perfume）と言うが、これはper（─を通して）とfume（煙）が合体してできた言葉だ。バビロンの人々は乳香を焚いて煙を太陽神ラーに届けた。煙によってヒトと神がつながり、人々は願いを届け、神はインスピレーションという形でメッセージを返したという。記録によれば、バビロンでは1年間に2万6千キログラムの乳香が焚かれたというから驚きだ。

ところで、アロマテラピーとしての乳香の効用は、深い呼吸をもたらして咳や痛みを和らげることだ。頭痛や生理痛の際に乳香の香りを深呼吸しながら吸い込むのだ。ドイツの中世の聖女ヒルデガルト・フォン・ビンゲンも頭痛に乳香をこめかみに置き、布で固定して眠る方法を勧めている。乳香の香りは透明感があり、ひとによってはあまり感じない場合もあるので、オレンジやレモン、バラやベンゾイン（安息香）とブレンドしても良いだろう。

ドイツのとある情報では、乳香の香りからTHC（テトラヒドロカンナビノール）と呼ばれる物質が検出されたという。THCは陶酔感をもたらすことから鎮痛効果の本体と考えれば話のつじつまは合うのだが、科学的に検証されたわけではないので、この話はこの程度にとどめておくのが賢明だ。

次に没薬だが、英名のミルラの語源は古代エジプトでおなじみのミイラだ。当時、人々が亡くなり埋葬する際には、防腐の目的で抗酸化効果の強いハーブ、つまりローズマリーやミルラと一緒に埋めたという。

没薬の特徴は、乳香の香りが天に向かって拡散していくのに対し、固まる力が強いこと。したがって、アロマテラピーでの用途としてはホホバ油やマカデミアナッツ油などに1％濃度、つまり植物油10mlに2滴の割合で希釈してマッサージオイルを作り、ボディケアオイルとして用いると皮膚を保護し潤いを保つことができるのだ。さらに、没薬は歯磨きなど口腔のケアにもよく用いられる。市販の薬用歯磨きのパッケージの成分表示をよく見ると、消炎作用をもつジャーマンカモミールや殺菌作用をもつオウバクエキスなどと共に、ミルラの文字を目にすることがよくあるはずだ。

今年のクリスマスでは香りの演出を楽しんでみてはどうだろう。ミステリアスな環境づくりには今回ご紹介した乳香や没薬がぴったりだ。ブレンドしても良いだろう。子供のパーティーには北海道モミの精油に高知ユズの精油をブレンドすると、温かみのある森のクリスマスが楽しめる。精油は種類を問わず強力な抗菌作用をもっているので、部屋の空気を浄化し風邪予防にもなるので、一石二鳥になるだろう。