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せっかくアニメの殿堂を中止したのなら

米オバマ大統領がtwitterアカウント(http://twitter.com/BarackObama)を持っていていろいろつぶやいている(実際に本人がすべて打ち込んでいるとは思わないが)件は知られている。このアカウントは現時点で約211万人がフォローしていて、私もその1人であるわけだが、そのつぶやきの中でもここのところ大きな割合を占めているのが医療保険改革に関する件だ。オバマ大統領も含め、twitterでの医療保険改革に関する人々の主張は、ハッシュタグ「http://twitter.com/#search?q=%23hc09">#hc09」でまとめて見られるが、賛否入り乱れて騒然となっているさまがよくわかる。

就任後半年ほどたって、オバマ政権もだんだんあちこちで苦しいところが目立つようになってきているようだが、その中で最も大きなものといえるのがこの医療保険改革ではなかろうか。クリントン大統領の時代にも改革を試みて挫折した、いわばいわくつきの難問。政府は全米各地でタウンホール・ミーティングを開催したり、あるいはウェブで批判への反論を公開したりと説明に躍起だが、反発が強く、図らずも「暑い夏」となっているらしい。

<参考資料>
http://www.whitehouse.gov/realitycheck/7

http://my.barackobama.com/page/content/hcpbevent/

http://my.barackobama.com/page/content/falseattacks


といっても、ここでは別に米国の問題について書きたいわけではない。米国の有名ブログ
「Daily Kos」の記事(http://www.dailykos.com/storyonly/2009/8/26/772918/-*Awesome*-Cartoon-Explains-Public-Plan)で、この医療保険改革に関するあるYouTube動画(http://www.youtube.com/watch?v=Jng4TnKqy6A&eurl=http%3A%2F%2Fwww.dailykos.com%2Fstoryonly%2F2009%2F8%2F26%2F772918%2F-*Awesome*-Cartoon-Explains-Public-Plan)が紹介されていたからだ。


この動画は、米国民に対し、なぜ国営の医療保険が必要なのかを説明するものだ。誰が作ったのかは知らないが、まあ政府関係者でないことはまちがいないだろう。全体的にチープな作りだが、説明はそれなりにしっかりしていて、今この問題で争点となっている部分について、わかりやすく説明している。民間企業では利を追うからだめという理由についてはちょっと納得しがたい部分もあるが、アメリカの保険会社についての話だとすれば、まあわからないでもない。Daily Kosの「中の人」はこのビデオを絶賛していて、難しい概念や考え方を説明するときにはこのように映像を使って説明するのがいいと書いている。

難しい、といっても、この動画が医療保険制度の詳細をこと細かに説明しているわけではない。むしろ逆で、ごく基本的なところ、つまりそもそも「保険」なるものはいったいどういうものであるか、民間企業と政府のちがいは何かなど、感覚的には小学校の授業で習いそうな内容について、これでもかこれでもかとわかりやすくかみくだいて説明している。つまり、この動画がターゲットとしている人々は、成人ではあるのだろうが、そのくらいにしないとわからない人々ということなのだろう。

政府は国民を選ぶことはできない。もちろんいろいろな人がいるわけだが、中には理屈の通った話を理解できない人も少なからずいる。医療保険改革に関する強い反発やその背景については、この記事(http://news.goo.ne.jp/article/newsengm/world/newsengm-20090817-01.html)が参考になる。無視できない規模のこうした人々にも選挙権が与えられている以上、主張する政策を実現したければ、彼らに説明してわかってもらわなければならないわけだ。

考えてみると、民主主義というしくみは、社会を構成する人々にある程度のリテラシーやら理解力やらがあることを前提としている。しかし、あまり正面から認めるのは差しさわりがあるが、こうした能力を誰もが必ず持ち合わせているわけではない。となると、仮にある政策が客観的には合理的で優れていたとしても、それが理解されないために実施されない、という状況が生じうる。特に、有権者の幅広い層に当面の負担を強いるようなものの場合、中長期的には有益だったとしても、支持を得ることは難しい。このような問題は、民主主義にもともと内在し逃れられない宿命のようなものという意味で、民主主義にとって一種の「業病」のようなものといえるかもしれない。おおっぴらにこのことばを使うことにいくばくかのタブー感を伴うという意味でも、「業病」という表現は適切だろう。

この「業病」と闘うにはどうしたらいいか。そこで考えられる1つの方法が、Daily Kosでも取上げられていた、「わかりやすく説明する動画」だ。こういった工夫で複雑な内容をわかりやすく伝えられるのであれば、利用しない手はない。日本なら、やはりアニメだろうか。そういえば先日の総選挙でも、某党がネガティブキャンペーンにFlashアニメを使って話題を呼んだが、内容についてはともかく、政策の意図や効果を伝えるために、アニメで解説するという手法は必ずしも悪いアイデアではないように思える。国内向けもいいし(動画版「萌え防衛白書」なんてどうだろう)、海外向けに日本のよさを伝えたり、日本の主張を伝えたりすることもありえよう。

そんな金がどこにある? あるではないか。「アニメの殿堂」こと国立メディア芸術総合センター建設のために予定されていた117億円だかの予算が。それを一部でも使えばいい。業界平均的にいえば、23分のアニメを作るのに必要なコストは、だいたい1200から1300万前後だろう。より「フェア」な単価で、「フェア」な条件で発注したとしても、充分余裕がある。箱モノに大金をつぎこむより、こちらのほうがはるかに安くすみ、かつ薄給に苦しむクリエーターたちを直接支援することにつながる。コンペ方式にする考え方もあろう。伝えたい政策は毎年必ず何かしらあるわけで、予算を確保できれば、ある程度の期間続けることができるはず。

政府支出で需要を創出しても業界の育成に役立たないという意見もあるだろうが、それが「実需」に基づくもので、ある程度恒常的なものとするのであれば、悪影響はさほど大きくないのではないか。少なくとも、「アニメの殿堂」をやめるなら、代わりにこのくらいはしても、ばちは当たるまい。もちろん、誰も通らない道路を作るのが無駄であるように、誰も見ないつまらないアニメを作るのは無駄だから、クォリティには気を使ってもらいたいが。

 

 


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