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ホワイトカラー・エグゼンプションは日本のビジネス慣習に馴染まない

■ホワイトカラー・エグゼンプションの対象者とは

近年のITの急速な発達は、人の働き方を劇的に変えた。毎日、パソコンに向かって仕事をするホワイトカラーの働き方は、労働基準法の前身とされる工場法が想定していた工場労働者(ブルーカラー)のそれとは大きく異なる。自宅や通勤途中、休憩時間中に仕事のことを考えたり、就業時間外に会社のパソコンを使って自己啓発に励むこともめずらしくない。こうした状況の下では、労働時間と非労働時間を区別することは容易ではない。

政府は、このような実態に対応するため、2005年4月より、ホワイトカラー労働者にマッチする柔軟な労働時間制度のあり方について議論を始め、今年1月初旬に「ホワイトカラー・エグゼンプション(WE)」に関する労働基準法の改正案を取りまとめた。

しかし、これに対して、マスコミはこぞって「残業代ゼロ法案」とか「残業代不払い法案」などといったキャッチコピーをつけて取り上げた。政府は、当初、1月25日召集の通常国会への法案提出を目指していたが、1月16日夕方、安倍首相は今国会への法案提出を断念する意向を表明した。7月の参院選を前に、国民の大半を占めるサラリーマンを敵に回すことが得策でないとの判断からであろう。

法案では、「ホワイトカラー・エグゼンプション」の対象者について、1.労働時間では成果を適切に評価できない業務に従事する者であること、2.業務上の重要な権限および責任を相当程度伴う地位にある者であること、3.業務遂行の手段および時間配分の決定等に関し、使用者が具体的な指示をしないこととする者であること、4.年収が相当程度高い者であること、の4つの要件を定めている。


■不可解な年収要件の基準設定

このうちの「年収要件」について、政府は突如今年になって年収900万円以上という基準を打ち出してきた。政府の発表では、日本の雇用者数5,400万人のうち年収900万円以上が540万人、このうち現時点で労働時間の規制を受けない管理監督者が300万人、自己の裁量性を持たない者が200万人、残りの40万人のうち半数の20万人を想定している。

さらに、実際に導入までこぎつけるのは、そのうちの1割、2万人という。わずか2万人の労働時間の規制緩和の是非をめぐって、これだけ大騒ぎをしたということか。

たしかに、一定の年収が支払われている者であれば、労働時間規制の対象から除外しても労働者保護の観点から問題になることは少ないかもしれない。実際、一昨年、話題になった「モルガン・スタンレー証券会社事件」で東京地裁は、給与が会社に与えた利益や果たした役割によって決まっていたこと、会社に労働時間を管理されることなく労働者が自分の判断で働き方を決めていたこと、基本給だけでも月額180万円を超えており、残業代を基本給に含める合意をしても労働者の保護に欠ける点がないこと、などを理由に、残業代の支払いを不要とした。

しかし、単に年収水準のみを議論することは、本来の法改正の趣旨からそれていないか。また、どれくらいの水準なら労働者保護に欠けないかといった判断も難しい。


■仕事の進め方に着目することの重要性

重要なことは、労働時間を規制することがなじむかどうか、業務遂行の手段や時間配分の決定等に関して使用者の具体的な指示を受けないものであるかどうか、という点にあるはずである。たとえいくら高収入を得ていても、裁量性を持たず、逐一、上司から指示を受けて業務を遂行するのであれば、労働時間規制の対象から除外するべきではない。

現在、わが国において、労働時間規制の適用が除外されているのは、部課長などの地位にある管理監督者や農業、畜産業、水産業等に従事する者など、一定の者に限られる。今回の「ホワイトカラー・エグゼンプション」法案は、まさにこの部分の適用を拡大しようとしたわけである。
一方、デザイナーやコピーライター、新聞記者など、労働時間管理がなじまない職種の者については、労働時間規制の対象から除外するのではなく、あらかじめ定めた時間労働したものとみなす専門業務型裁量労働制の導入が認められている。

このほか、企画、立案等を中心業務とする一定のホワイトカラーを対象に、企画業務型裁量労働制も創設されている。これらの裁量労働制は、年収水準ではなく、あくまでも仕事の進め方に着目したものである。


■アメリカとは異なる日本のビジネス慣習

今回の法案は、残業代ゼロ法案のレッテルを貼られるなど、多少の誤解があったことは否めないが、そもそも「ホワイトカラー・エグゼンプション」という新たな概念を持ち込む必要があったのだろうか。単にアメリカの要請のもとにアメリカの真似をして導入しようとしたというのであれば、あまりにもお粗末というほかない。

今後、政府には、現行の裁量労働制の範囲の拡大を含めて、弾力的な労働時間制度のあり方についてしっかりと議論していただきたい。

わが国では、「ホワイトカラー・エグゼンプション」法案の見本となったアメリカとは違い、仕事の内容を契約書(ジョブディスクリプション)等であまり厳密に取り決めたりしない。このため、部や課、係といった組織の中で、指揮命令者の下で具体的な指示の下に職務を遂行する。いわば自由裁量がほとんどない。

また、アメリカのように、仕事とプライベートを明確に区分する文化、意識が浸透しておらず、いまだに長時間労働美徳感、仕事のために家庭を犠牲にするといった発想から抜けきれないでいる。この機会に、私たち国民一人ひとりが自分自身の働き方について、もう一度立ち止まって見つめ直してはどうだろうか。


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