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脱金融偏重の決め手は米欧共同軍産複合体の形成━英経済の綻び繕う軍需産業

英国を中心に欧州連合(EU)主要加盟国が猛烈な勢いで軍備拡張を進めている。欧州最大の軍需企業、英BAEシステムズの米国防総省からの受注は売上高の4割を占めるに至り、今や米欧の軍需企業は共同軍産複合体の形成を進めている。

15年続いた英国の「奇跡の経済」は1980年代の米国と同様、マネーゲームにうつつを抜かす金融取引を中心に極端にサービス業を突出させ、製造業の急速な衰退を招いた。

経済の軍需への傾斜は、2001年の米同時テロ、03年のイラク侵攻を梃子に、爆発的に拡大する軍需に対応し、畸形(奇形)的な武器製造で製造業再興と国内雇用の安定確保を図ろうとする試みと言える。


▼新英国病

1970年代の英国病の処方箋となったサッチャーリズムは「小さな政府」と「公営企業民営化」の推進で病を治癒できたかに見えた。

だが、90年代から続いた英国の好景気は米国病そのものだった。それは金融サービス業への労働人口の傾斜と、英閣僚が「イナゴのようなもの」と吐き棄てたファンドマネーによる投機がもたらした。しかも成長財源だった北海油田が枯渇して、石油輸入国に転じたことが斜陽に追い討ちをかけた。

貿易収支、サービス収支、外国からの移転収支から成る経常収支は06年、サービス部門が285億ポンド(約6兆6千億円)の黒字となったものの、全体としては843億ポンド(約19兆5千億円)という記録的な赤字を計上した。

英国の成長は膨大な借金によって賄われてきたのである。加えて、金融偏重による工業生産の国内総生産(GDP)に占める割合の低下は米国病に感染した新英国病とも命名できた。


▼米に次ぐ軍事予算 

英国の競争力のある製造業はロールスロイスとBAEシステムズに象徴される航空宇宙・軍事産業である。さらにグラクソ・スミスクラインやアストラゼネカといった世界屈指の化学、製薬会社も英国を本拠としている。

航空宇宙・軍需産業のさらなる育成を英国内の雇用の創出と確保とに結び付けてきたブレア前首相は、退任の置き土産としてブッシュ米政権と武器輸出自由化協定を締結した。協定締結は英国を筆頭とする米欧の共同軍産複合体形成をさらに促進することは必至。
退陣したばかりのブレア前首相は軍需産業を非常に重視した。1997年の首相就任直前、ブレア氏は現在のBAEシステムズの社内報で「雇用確保を保障するため、『武器市場拡大』と『強い国防産業育成』を主要政策のひとつとする」と表明している。 
 
米英両国は依然、世界最大の武器ディーラーとして「君臨」している。英国は米国に次ぐ世界第二位の軍備予算を有し、同じく2位の武器輸出国である。冷戦終焉の1990年代には軍備費は若干縮小したが、2000年以降は目に見えて拡大している。

▼英海軍を皮切りに大軍拡へ

ブレア退陣20日前の6月8日、戦術核搭載の英新型原子力潜水艦が進水した。英政府は海軍備増強への145億ユーロの投資を皮切りに、総額370億ユーロ(6兆円超)を投じて軍備高度化に踏み切った。英BAE社は20年ぶりに潜水艦を現地組み立て方式で、米国、ドイツ、フランス、スペインへ輸出。米欧諸国間での部品、技術の相互依存が進展した。

英軍備近代化計画には米ボーイング社製の潜水艦搭載型巡航ミサイル・サブハープン、BAE社製の高速魚雷・スペアーフィシュと並び、米軍需企業のレイセオン社が製造する次期巡航ミサイル・トマホークが導入される。核反応炉搭載の英新型原潜は任期中に核燃料棒取替えを必要としない。(核燃料棒とは、効率よく核エネルギーを取り出すために天然ウランを濃縮・加工し、円柱形の棒状に成型したしたもの。使用済み核燃料棒を硝酸で溶かし、プルトニウムだけを抽出する作業を再処理といい、再処理には1年程度かかる。)


▼呼応するドイツ 米企業のロビー 

この英国の動きに呼応するかのように、ドイツの有力紙は6月13日付のトップ記事として「ドイツ連邦議会も海軍力増強に26億ユーロの予算を承認し、21世紀を砲艦外交へと導いた」と報じた。ドイツ政府はシュレーダー前政権(社会民主党)の下で着手された国の医療負担や失業手当の削減など従来の社会福祉国家からの脱却を目指す「改革路線」を進める一方で、国防予算の大幅増に動いている。

英国を筆頭にEUのリーダー国は米国の軍需産業との提携を着実に深めている。それを証明するのが、米軍需産業の筆頭格、ロッキード・マーティンの在欧関連会社がEU委員会のロビー会員となってEUの軍事予算の拡大を要求していることだ。

 

■関連情報

●小林恭子の英国メディア・ウオッチ   
「サウジアラビアとBAEの賄賂疑惑」  2007/06/27
http://ukmedia.exblog.jp/6392184

●日暮れて途遠し 
 「米の東欧ミサイル防衛施設配備(MD)…その1」 2007/06/18
http://blog.goo.ne.jp/taraoaks624/e/c8923dc90875450d84a48adf579edbce

●ぺきん日記 -中国/北京より- 2007/05/27
 中国:「バブルを崩壊させないために軍事力増強を」と主張する"論文"が
ネットで大ブレイク中!!
http://beijing.exblog.jp/6905367

●イザ!(iza)「米本土射程、中国の新原潜5隻体制へ 米紙報道」2007/03/04
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/41788/

●イザ!(iza) 【軍事報告】中国の軍事における革命 野口裕之 2007/02/24
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/world/china/40643/

●イザ!(iza)中国 欧米と並んだ「翼」最新主力戦闘機配備 2007/01/22
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/35888/

●暗いニュースリンク 「ブルックリンから世界のために」 2006/12/09
http://hiddennews.cocolog-nifty.com/gloomynews/2006/09/post_338c.html

●模型とキャラ弁の日記 「外貨獲得手段としての軍需産業」 2006/10/06
http://d.hatena.ne.jp/D_Amon/20061006/p1

●ル・モンド・ディプロマティーク日本語・電子版2006年9月号
 「世界の新たな現勢」
http://www.diplo.jp/articles06/0609.html

●極東ブログ 
 「中国の対外武器販売が世界の紛争を悪化させている」 2006/06/12
http://finalvent.cocolog-nifty.com/fareastblog/2006/06/post_ee74.html

●りぼんぷろじぇくと 「戦争のつくりかたWEB版」 2005/09/04
http://smile.hippy.jp/ehon/index.htm

 


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