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ダウ・ジョーンズを買収したルパート・マードックが描く、次世代メディアの姿

<記事概要>

8月1日、ウォールストリートジャーナル(WSJ)の発行元でもあるダウ・ジョーンズ社が、メディア王ルパート・マードック氏の手に落ちた。ダウ・ジョーンズ創業一族の根強い抵抗にも関わらず、DJ社はついに76歳のメディア王の手に落ちた。老舗経済紙WSJを含めた数社がマードック氏のメディア帝国、ニューズ社の傘下に入る事となった。

(LAタイムズ 2007年8月1日)


<解説>

老舗のダウ・ジョーンズがついにマードックの手に落ちた─全米のメディアの論調は、多少の苦々しさを含んだ報道だった。尊敬すべきライバルであるWSJがついにニューズ社の軍門に下った事を慨嘆するメディア関係者は多い。ダウ・ジョーンズ社は19世紀から米国の経済を牽引してきた聖域であり、今までマードックが買収してきたメディアとは格が違うのだ。

マードックの当面の目標は、ライバルのCNBCに対してぶつけられるケーブルチャンネルの立ち上げだ。経済チャンネルとしての名声を確保するためには、老舗メディアをニュースソースとして手に入れた意義は大きい。更に、中国を初め急進するアジア圏経済やヨーロッパ経済圏を視野に入れ、アジア版、ヨーロッパ版も企画されるという。他社に先がけて有料化され、かなりの利益を上げているとされるWSJのウエッブも、大幅に刷新される予定だ。

“現代の新聞王ハースト”“企業買収が趣味の男”と言われるマードックだが、ただ闇雲にメディアを買い漁っているわけではないだろう(そう見る向きもあるようだが)。マードックが本当に目指しているところは、次世代のメディアだ。1億人以上の若者が会員となっているMy-Space.com (米国版mixi ミクシィ)を初め、有力なインターネットサイトに触手を伸ばしているところからも、取得の青写真として将来のメディアミックス計画がある事がうかがえる。

インターネットにロングテール理論と呼ばれるものがある。アマゾンドットコムは売り上げの半分以上を13万位以下の商品から上げている。在庫リスクの少ないアマゾン(Amazon)は、売れない本でもリスティングすることが出来る。

結果的に230万もの本をリストしているわけだが、この品揃えの豊富さがアマゾンへの信頼となって、多くの顧客を引き付ける結果になっている。こうした「大きく売れる商品に頼らず、膨大な品揃えによって利益を上げる」メディアの世界でもロングテール理論は通用するだろう。

新聞やテレビ等、一方的な発信型メディアの時代はすでに終わりつつある。受け手が積極的に情報を探す新世代のメディアで、世界各地の膨大な情報を集め、ほんの些細なニュースでもロングテール宜しく並べれば、最強のメディアが実現する。マードックが最終的に目指しているのは情報のロングテール化、巨大ニュースポータルの実現だろう。

これらを視野に入れてか、マードックは買収した新聞やテレビニュースをインターネット時代のメディアに作り変えようとしている。買収後のFOXニュースが、緻密なニュース番組づくりからセンセーショナルな報道姿勢に転換したのは誰しも認めるところだ。WSJの編集方針に関しても、「各記事をもっと短めに、より平易にすべきだ」という発言をして、編集サイドから反発を買っている。WSJの質の高い報道が損なわれる事を心配する声も多い。

しかし、マードックに対する反感の本当の理由は、“メディア王”という響きに対する根本的な胡散臭さ、不信感だろう。あまりに極端なメディアの一極化は、ジャーナリズムにとって危険な状態を作り出す。一つの問題に対してNYタイムズとLAタイムズが異なる見解で論陣を張るからこそ、メディアの健全性は保たれるのだ。

マードックに対するジャーナリスト達の冷淡な反応には、メガメディアに対する本能的な危機意識が潜んでいる。反権力であるはずのメディアが一つの巨大な帝国として権勢を振るうようになれば、それはもはやメディアではないのだ。

 

■関連情報

○CNET 2007/08/01
 「ダウ・ジョーンズ創業者一族、ニューズコープの買収提案を受け入れ--WSJ報道」
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20353094,00.htm?ref=rss


○IBTimes 「米ニューズ、ダウ・ジョーンズ買収を承認」 2007/08/01
http://jp.ibtimes.com/article/biznews/070801/10440.html


○経済オンチ、日経を読む 
 「ダウ・ジョーンズは既に象徴的存在に過ぎないのかも」2007/08/02
http://blog.livedoor.jp/cronoq/archives/50477547.html


○世界のメディア・ニュース 2007/08/01
 「Financial Timesから見た、マードックのWSJ買収劇!」
http://blog.goo.ne.jp/jiten4u/e/700679f7487ceb65523e8233c631c71c


○Te2MODE.COM 2007/07/17
 「News Corp.(ニューズコープ)がDow Jones(ダウ・ジョーンズ)を買収」
http://www.te2mode.com/news/management/070717222037.html


○イザ! ダウ・ジョーンズ、「報道の独立」どう担保 2007/06/02
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/business/infotech/54933/


○Artistic Info Design 2007/05/04
 「豪州のメディア王ルパート・マードックが、Dow Jonesに50億ドルの買収を提案!」
http://design9.blog49.fc2.com/blog-entry-331.html


○ITmedia News 2007/03/23
 News Corp.とNBC、「YouTube対抗」サイト立ち上げへ
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0703/23/news016.html


○CNET 2007/02/09
 「次なるユーチューブ批判者は、ニューズ・コーポレーションのマードック氏」
http://japan.cnet.com/news/media/story/0,2000056023,20342734,00.htm


○阿部重夫編集長ブログ:FACTA online 2006/04/24
 「閑話休題――ニューメディアと新聞」
http://facta.co.jp/blog/archives/20060424000138.html


○メディア・パブ 2005/09/16
 「マードックのNews Corp,目指すは“エンターテイメントGoogle”」
http://zen.seesaa.net/article/6980755.html


○メディア・パブ 2005/04/18
 「Webを恐れるな! Webを無視するな!,マードックが新聞編集者に」
http://zen.seesaa.net/article/3019884.html 
 
 

 


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