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“エコロジカルアプローチ”という「食育」の新たな方法論

食育基本法が施行され、食育元年といわれた2005年から、約2年が経った。いまや「食育」は、育ち盛りの子どもを持つ親を中心に、多くの一般消費者の関心を呼び、関連ビジネスも目立つ。一方で、「食育」の定義や目標、方法はさまざまで、食に関することなら、何でも「食育」といってしまえという風潮も感じられる。

06年12月に発行された内閣府の初の「食育白書」でも、“食育”の定義や目指すところは、あくまで包括的だ。食育を進める上で、包括的な取り組みの何から始めればよいのか、など具体的な方法論については提案がなく、いまの時点では地域の事例紹介にとどまっている。

こうした中で、主に欧米の栄養教育学者など、いわば“食育の専門家”が重視し始めたのが、環境問題を含め、環境・社会・人間にとってよりよい食卓のあり方を総合的に捉え、すべてが持続可能な食生活を目指す「エコロジカル・アプローチ」という考え方である。本稿では、このアプローチを紹介しながら、日本の食育の課題について考えてみたい。

環境問題から食を考えるアプローチは、環境保護団体をはじめとする市民団体、生協など日本でもこれまでに、いくつかの代表的な取り組みはある。特に近年は、温暖化防止をテーマにした環境問題から食生活のあり方を提案するメディアが目立ってきた。

07年1月に刊行された、アル・ゴア氏の「不都合な真実」の書籍版(ランダムハウス講談社)では、食に関する2つの提案がある。ひとつは“食生活を変えて、肉の摂取量を減らそう”、もうひとつは“地場産のものを買おう”である。NPO法人「グリーンピース・ジャパン」は、06年秋から「トゥルーフード・ガイド」を出し、遺伝子組み換え食品が含まれているかどうかが、品目別にひと目でわかる商品・メーカーリストを公表している。朝日新聞(東京・07年1月)は、こうした動向を、“食卓と環境とのつながりを考える食育”として特集記事にまとめている。

一方で、「エコロジカル・アプローチ」は、こうした環境に関わる取り組みを重視しながらも、栄養問題、家庭や地域のコミュニティ社会の問題をも、総合的に解決していこうとする方法論である。

このアプローチを世界的にリードする研究機関のひとつが、米国コロンビア大学・ティーチャーズカレッジの栄養教育プログラムだ。米国で肥満問題が深刻化した1980年代以降、個人を対象とした栄養指導から脱却し、地域など社会全体で取り組む教育の仕組みづくりに取り組んできた。

背景には、日本より深刻な子供の肥満問題がある。肥満の直接の原因は、安くて、糖分や油分の多い清涼飲料、ファーストフードを大量に食べてしまうことだ。しかし、それは個人の問題ではなく、つい手を出してしまう、または、ほかの選択肢が身近にない、などの社会や食環境のあり方から変えないといけない、という結論に達したためだ。

<コロンビア大学が事務局となって開発した総合食育プログラム「LiFE」開発の
 中心メンバーのひとり、パム教授>


同プログラムの教授陣が10年以上をかけて、米国の子供向けに開発した総合食育カリキュラム「LiFEプログラム」は06年、ほぼ完成した。このプログラムでは、なぜ清涼飲料やファーストフードがいけないのか、その代わりに新鮮な地元の青果物を食べたほうがいいのか、を栄養面、社会面、環境面から2年間かけて学ぶ。このプログラムにより、子どもたちは、自分の体のためだけでなく、地球や地域にとってもよい食事の大切さを学び、食べ物について総合的に考え、将来にわたって選びとる力を身につけることが実証されつつある。

<コロンビア大学ティーチャーズカレッジの栄養教育プラグラムの講義の
 ひとつ。学生は、栄養学だけでなく有機農法についても学ぶ>


日本の子どもについても、肥満の問題が深刻化し、その解決が「食育」のひとつの大きな目標になっている。原因は、清涼飲料やスナック菓子などの取りすぎであることは、程度の差はあれ米国と共通する。しかし、なぜいけないのか、代わりにどのようなものを食べればいいのか、を教える場面は、多くが「栄養面のみ」のアプローチにとどまっているのではないか。

一方で、農業体験なども、「食育」の一貫として進められているが、地元の野菜や果実がなぜよくて、ファストフードがなぜだめなのか、という比較学習は、総合的に行われていない。栄養についてだけ、農業体験だけ、という“単発”の授業の場合、その学習効果は、2か月ほどしか続かないという報告もある。

女子栄養大学の食生態学研究室は、食環境の改善を含めた食育のあり方とその効果を長年研究してきた、日本では数すくない研究の場のひとつだ。同大の足立己幸名誉教授は「感受性の高い子どもの時期から、世界の人々との課題を共有する視野」を育てることが、結果的に、子ども自身が、総合的によりよい食を営む力につながると述べている。

日本の2006年度の食料自給率(速報値)は、カロリーベースで39%と、13年ぶりに40%台を割り込み、戦後2番目の低さとなった。それは、日本の食卓が、世界の食べ物に支えられている現状を表すものであり、子どもたちの食べものの選択も、世界の社会情勢や環境問題とつながっていることを示す。より広い視野で、食の世界の全体像を捉え、子供の視線で教える「食育の専門家」が求められている。

 

■参考情報

○グリーンピース・ジャパンによる「トゥルーフードガイド」サイト
 http://www.greenpeace.or.jp/campaign/gm/truefood/

○米国コロンビア大学が主体になり開発した総合食育プログラム「LiFE(linking food and environment)」サイト 
 http://www.tc.edu/life/

○内閣府 平成18年版 食育白書
 http://www8.cao.go.jp/syokuiku/data/whitepaper/index.html

○農林水産省 平成18年度 食料需給表(食料自給率の算出に用いる/2007年8月10日公表)
 http://www.kanbou.maff.go.jp/www/fbs/fbs-top.htm

○農林水産省 「食料自給率の部屋」
 http://www.kanbou.maff.go.jp/www/fbs/fbs-top.htm

 


■関連情報

○フジサンケイ ビジネスアイ 2007/07/23
 「一流シェフ、食育に一役 学校給食プロデュース」
http://www.business-i.jp/news/ind-page/news/200707230038a.nwc


○イザ! 和食で朝食取れば「学校とても楽しい」 小5調査 2007/05/23
http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/natnews/education/54194/


○分裂勘違い君劇場 2007/02/07
 「健康のためには、お肉もしっかり食べなきゃ」というのは科学的根拠のない迷信です
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20070207/1170721518


○livedoorニュース  お弁当にも「格差」? 気になる微妙な子供心  2006/06/02
http://news.livedoor.com/article/detail/2032540/


○Garbagenews.com 2006/12/02
イギリスの「給食改革」で思わぬ波紋・親が勝手に油モノを子どもに買い与えることも」
http://www.gamenews.ne.jp/archives/2006/12/post_1688.html


○Demilog@はてな 「食育にはまず社会的な視点を」 2006/05/31
http://d.hatena.ne.jp/demian/20060531/p1


○世相 「欠食児童」 2006/05/22
http://dogmarion.cocolog-nifty.com/seso/2006/05/post_6bd6.html

 


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