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「チーフ・ビール・オフィサー」求人広告に30カ国から応募殺到 ─世界初の新職種CBOに就任した28歳─

  • 米国在住モチベーション・コンサルタント&コーチ 
  • 菊入 みゆき

<記事概要>

 Cクラス、という言い方がある。CEO, COOなど組織の役員クラスの職位のことだ。Cクラスに、CBO、ビール担当役員という新しいポジションが加わった。いくつかのメディアが、これを「ドリームジョブ」と紹介した。

 確かに、チーフ・ビール・オフィサーという名称は、「毎日昼間からビールが飲める、楽な仕事」を想像させる。そう思った人は多かったらしく、ホテルが出したCBO募集の広告に、30カ国から8,000人以上の応募が殺到した。難関をくぐりぬけ、夢の仕事を手にしたのは、若干28歳のスコット・カークマンズ(Scott Kerkmans)さんだ。

 スコットさんは、現在、世界中に拠点を持つスターウッドホテル&リゾート(Starwood Hotels & Resorts)傘下のフォーポインツ・バイ・シェラトン(Four Points by Sheraton)で、世界初のCBOとして働く。

 ドイツのオクトーバーフェスタ、デンバーのアメリカンビールフェスティバルなど、世界の主要なビール関係イベントに参加したり、地ビールの醸造元を訪ねたり、送られてくるビールの見本を味見したりといった、人もうらやむ職務内容の他に、同社の125のホテルを巡回し、バーテンダーたちの教育や、各ホテルで提供するビールの選定などにも携わる。

 さらに、同ホテルのウェブサイトに登場するなど同社のPRを担う役割も大きい。実は、このチーフ・ビール・オフィサーの募集、採用、活用のプロセス自体が、同ホテルの宣伝活動の一環なのだ。

Conde Nast Portfolio(2007年4月創刊のビジネス誌) 2008年1月14日
http://www.portfolio.com/careers/job-of-the-week/2008/01/14/Chief-Beer-Officer


<解説>

 「ビール担当役員求む」の求人広告が、ウォールストリートジャーナルに大きく掲載されたのは、昨冬のことだ。「酔っ払いの方はお断りします」という但し書きがついていた。広告のインパクトは大きく、フォーポインツ・バイ・シェラトン始まって以来の8000人以上という応募者を集めた。

 第一次の選抜試験は、「ビールの苦味のモトは、大麦か、ホップか?」(ちなみに、答えはホップ)といった内容の、ビールに関する20問のテストだった。これをクリアした人が、履歴書と小論文による選考を受ける。残った候補者が、自分をアピールする5分間のビデオを製作し、提出する。

 この中から、最終的に選ばれたのが4人。決勝戦は、同ホテルのウェブサイト上で行なわれた。彼らのビデオ作品が公開され、一般からの投票が募られたのだ。スコット・カークマンズさんのビデオは、全投票数の半分に当たる12,500票を獲得、彼をCBOの座に導いた。ビデオは同ホテルのサイトで見られる他、スコットさん自身が投稿したYou Tubeの映像も視聴できる。本人の親しみやすいキャラクターと、ビールへの熱情や知識がうかがえる内容だ。

スコットさんを紹介するホテルのウェブサイト:http://www.starwoodhotels.com/promotions/promo_landing.html?category=FPCBO

You Tubeに投稿されたビデオ:http://www.youtube.com/watch?v=b_b6kpCInNQ
 (04:57)


 スコットさんは、現在、同ホテルのビール・キャンペーンの顔としてウェブサイトに登場したり、ブログを書くなど、PRにも一役買う。若くフレンドリーなスコットさんが満面の笑みで、「僕がおすすめするビールはこれです」とグラスを掲げる図は、なかなかいい。採用の投票に関わった数万の人たちも、「おお、スコット君じゃないか。がんばっているな」と親近感を抱くだろう。

 ユニークな新職種を考え出し、その求人から採用決定までのプロセスを公開するというこの試みは、ホテルの認知度アップ、ファン層の拡大に効果がありそうだ。

 このような組織サイドの事情もさることながら、もうひとつ注目したいのは、スコットさん個人のキャリアの側面だ。彼が、夢を実現できた秘訣は何なのか。

 彼は、単なるラッキーマンではない。これまでの人生においても、ビールと密接につながっていた。きっかけは、21歳のときに兄からプレゼントされた、ビール醸造キット。スコットさんは、すっかり醸造のとりこになり、ニューメキシコ大学在学中に、醸造所でアルバイトを始める。これが、彼のビール人生の幕開けだった。醸造キットとは、お兄さんもユニークなものをプレゼントしたものだ。当時は、それが弟の人生を大きく変えるなどとは思いもしなかっただろう。

 卒業後、スコットさんは醸造の技術を身につけるため、ソルトレイクのいくつかの醸造所で、ボランティアとして働く。その後、アラスカ州ジュノーにある、ビールの名門アラスカン・ブリューイング(Alaskan Brewing Co)に醸造士としての職を得た。ここで、ビールコンテストの審査員などになれる、認定ビール鑑定士の資格を取得する。2005年に故郷のデンバーに戻ってからは、大手ビール販売会社で営業に携わるかたわら、ビールに関する雑誌「DRAFT Publishing」の共同出資者となり、記事も書くようになる。

 みごとに、ビール一筋のキャリアだ。スコットさんは言う。「今の仕事は、私のドリームジョブです。たぶん、誰にとってもそうだと思いますが」

 確かにそうだ。しかし、彼が今の仕事に寄せる「ドリームジョブ」という思いは、単なるビール好きが「いいなあ」とうらやむ気持ちとは、かなり違ったものだろう。始まりは、偶然手に入れた醸造キットだったが、彼はその偶然をしっかり自分のものにしていった。

 スコットさんのキャリアを見ると、「深める」「広げる」という大きな2方向の展開が、着実になされていることがわかる。ボランティアをしてでも知識を身につけたり、資格を取るなどしてプロフェショナリティを深めた。さらに、ビールというキーワードで、職場以外にも活動の場を広げ、ネットワークを作った。この深さと広さが、彼の成功に大きく影響していると思う。

 ドリームジョブ。いい響きだ。誰もが望むが、手にする人は多くない。情報が得やすい現在、私たちは様々な仕事について知り、アクセスすることが可能だ。今回のCBO募集のように、夢の仕事に続くドアは、探せばたくさん見つかりそうだ。しかし、それを開ける鍵は、私たち自身の日々の行動の中にある。

 今週、今月、私たちの仕事は、深まっただろうか、広がっただろうか。夢の仕事に近づいているだろうか。

 

【関連情報】

○雑種路線でいこう 「確かな未来を誰も約束できない時代」 2007/10/12 
 不確実な時代を生き延びるには「我慢」や「辛抱」だけでなく、自分の頭で
 考え、夢を育み、道を切り開くチカラも必要だ。無論それで生き延びるとは
 限らないところが不確実な訳だが、どうせ分からないなら無責任なオヤジ
 どものせいではなく、自分のせいでの人生を甘受したい。
http://d.hatena.ne.jp/mkusunok/20071012/uf


○モチベーションは楽しさ創造から 2007/09/13
 「給料は低く抑えることができれば儲かるのか?安モノ買いの銭失い症候」
http://d.hatena.ne.jp/favre21/20070913


○エキサイト ウェブアド タイムス 2007/04/24
 「新卒募集サイトで応募率が倍増。人材確保に有効な会社案内の作り方とは?」
 大手外資系広告代理店、ビーコン コミュニケーションズ(以下ビーコン)は、
 社員の一日を一本のムービーのように見せる新卒採用サイトを制作した。
 オープン後は、就職活動中の学生だけでなく、ニュースサイトや個人ブログ
 などでも取り上げられ話題となった。
http://www.excite.co.jp/webad/special/rid_306/


○内田樹の研究室 「創造的労働者の悲哀」 2006/12/19
 働きたいのになかなか仕事に就けない若者は「自分に向いた仕事、自分の
 適性や能力を発揮できる、クリエイティブで、見栄えがよくて、できれば
 賃金の高い仕事で」働きたいという条件に呪縛されているからである。
 残念ながら、若い人に提供される就職口の中で、そのような条件を満たす
 ものは1%もない。
http://blog.tatsuru.com/2006/12/19_1116.php


○分裂勘違い君劇場 2006/12/30
 「未来の転職が、過去にさかのぼって現在の自分を有能にする」
 転職、すなわち中途採用の面接では、自分が過去に取り組んだ仕事について
 質問されます。しかも、ごまかしがきかないよう、具体的な行動内容を、
 細かく聞かれます。広く浅く訊くのではなく、何カ所か適当に選んで、狭く
 深く訊いていきます。
http://d.hatena.ne.jp/fromdusktildawn/20061230/1167474130


○FPN  「面接で聞かれる可能性のある100の質問集」 2006/05/05
http://www.future-planning.net/x/modules/news/article.php?storyid=1385


○キャリアマトリックス(労働政策研究・研修機構)
http://cmx.vrsys.net/TOP/

 

 


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