Entry

「メディアリテラシー」を云々する前に「メディアリテラシー」をどうにかしてくれと思う話

「メディアリテラシー」が重要である、というのはいまさら繰り返すまでもないほど当たり前の話だ。メディア発のさまざまな情報が氾濫する今の世の中において、その意味や背景を的確に理解し、適切に活用していく能力は、現代人として必須の能力といえよう。教育の果たすべき役割は大きいが、現状は問題も山積しており、課題は多い…

…などというよくある話ならわざわざ繰り返さない。ちょっと待て、と思う。「メディアリテラシー」にはもう1つあるのではないか、という気がしたので、そちらについて書いてみたい。

「メディアリテラシー」ということばが一般的にどういうものを意味しているかについては、しかるべき資料にあたっていただきたい。ちなみにWikipediaでは「情報メディアを批判的に読み解いて、必要な情報を引き出し、その真偽を見抜き、活用する能力」と定義していて、これがベストかどうか評価する能力はないが、短いことばでなかなかうまく表現していると思う。

実際には、メディアからの情報を受け取るだけではなくて、自ら発信していくときに知っておくべきことなども含む、というのが今ふうの考え方だろう。参加型ジャーナリズムの話もその一類型であり、ネットで議論するときのマナーといったものも含めて考えていいのではないかと思う。ちなみに、英語版のWikipediaでは、メディア・リテラシーをこう定義しているのだが、「creating」のあたりに発信者としての視点もあらわれていると思う。

Media literacy is the process of accessing, analyzing, evaluating and creating messages in a wide variety of media modes, genres and forms. It uses an inquiry-based instructional model that encourages people to ask questions about what they watch, see and read.

ただ、ここでとりあげたいのは、そうした、一般的に受けとられている意味での「メディアリテラシー」の話とはちがう。一般的には使わない用法だが、個人的には、これも「メディアリテラシー」と呼ぶべきものなのではないかと思う。

「リテラシー」はもちろん英語の「literacy」だが、このことばには、たとえば「media literacy」や「computer literacy」といったように、「何々の分野に関するリテラシー」という使われ方の他に、「adolescent literacy」や「adult literacy」といったように、「何々の人たちのリテラシー」といった使われ方もある。ここでいいたいのはこちらのほうだ。

つまり、「メディアの人のリテラシー」という意味での「メディアリテラシー」を考えなければならないのではないか、というわけだ。もちろん、今でも「メディアリテラシー」には「発信者」の視点があるのだが、どうも見ていると、メディアリテラシーにおける「発信者」の視点を語るときには、いわゆるマスメディアの人たちのことをすっぽり忘れて、「個人の情報発信」だの「市民のエンパワメント」だのといった側面ばかり見ているような気がする。まるでマスメディアの人たちは、そうしたリテラシーの点でなんらの問題もないといわんばかりではないか。

申し訳ないが、実際はそうではない。もちろん、総じていえば、マスメディアの人たちは、情報を発信する際のさまざまな能力において私たち素人をはるかに上回っているのであろうが、一方で繰り返される誤報や捏造、偏向やメディアスクラムといったさまざまな事例があることから考えれば、問題がないなどということは断じてない。その社会的な影響力という点で考えたら、充分なレベルとはとてもいいがたいのではないか。

ならば私たちは、私たち自身の「メディアリテラシー」を云々されるのと少なくとも同程度に、あるいはより高いレベルで、マスメディアの人たちの「発信者」としてのリテラシーに対して、もっと注文をつけていいのではないかと思う。

マスメディアに属する人たちは、社会全体からみればごく少数だ。私たち全員が充分なレベルのメディアリテラシーを身につけるのも重要だろうが、影響力のある発信者であるマスメディアの人たちに、より高いレベルの「メディアリテラシー」を身につけてもらうほうが即効性のある方策ではないか。どちらか一方でいいというわけではないから、彼らだけに問題を押し付けるつもりはないが、かといって私たちだけに押しつけられるのもおかしな話だ。

とはいえ、マスメディアの人たちがときに誤りをおかしたり、特定の分野についてあまり詳しくなかったりといったことがあったとしても、それ自体は必ずしも問題とは思わない。もちろんそうしたことはできるだけ避けていただきたいが、いくら大組織でも、すべての分野について充分なレベルの専門知識を持った人をそろえるのは不可能だし、まちがいは誰にだってある。それより気になるのは、Wikipediaにも出ている「メディアリテラシー」の中心的な部分に関連する。こんなふうに書いてあるので引用してみる。

受信者の側に立つ人間には、発信された情報を受け取る際、「その情報は信頼できるかどうか」を判断する事はもちろんの事、
・その情報にはどのような偏りがあるか
・さらに一歩進めて、その情報を発信した側にはどのような意図・目的があるか
 (つまり、なぜ、わざわざ、そのような情報を流したのか? なぜ、わざわざ、そのように編集したのか? を考えること。)
等を始め、各種の背景を読み取り、情報の取捨選択を行う能力が求められる。そしてこれが、先の「情報を評価・識別する能力」となる。

この表現で、情報に偏りをもたらしたり、情報発信の意図を付け加えたりするのは、いうまでもなくマスメディアだ。それを私たちは見抜けといわれているわけだが、その前に、マスメディアの人たちがもう少し注意してくれてもいいのではないのか。

完全に中立な立場をとるといったことは実際には難しいから、偏ったり意図を込めたりすること自体はしかたないにしても、少なくとも自分たちが出している情報に偏りがあること、自分たちが意図を込めていることに対して、もう少し自覚的であるべきではなかろうか。それが発信者としてのメディアリテラシーというものではなかろうか。

マスメディアは、一般人とはその発信する情報の浸透力、影響力に圧倒的な差があるがゆえに、発信者として注意すべきことについても、一般人よりはるかに高い注意が求められるはずだ。

もちろんマスメディアの人たちはこのことを強く意識しているだろうし、たとえば情報の正確さとかについては、実際に高いレベルのチェックをしているだろう。しかし見ていると、マスメディアの人たちは、そうやってチェックした上であってもなお、発信している情報が偏っていたり、そこに世論を誘導するような意図を込めたりしているかもしれないという点については、充分注意をしていないのではないかと思われるふしがある。

建前上、表向きには中立だと言い張るわけだが、まさかそれを本気で信じているのではあるまい。となると、意識的に世論を誘導しようとしているということになるが、そうした建前と本音の乖離自体について、何も問題意識は感じないのだろうか。自らが社会に対して発信する情報に偏りや意図があること自体を伝えようとは思わないのだろうか。世論調査で自ら望む結果を引き出すよう質問に細工してみたり、一見中立的に見える記事を書きながら見出しで印象操作したりするようなまねをしていて平気なのだろうか。

こんな意見は、受け手側の能力に注目するというメディアリテラシーの中心的な考え方からずれているのかもしれないし、メディアリテラシーというよりはメディア論の本流の部分で議論すべきことなのかもしれないが、要するに納得のいかない部分があるわけだ。

メディアリテラシー論において、マスメディアの偏向や隠された意図を見抜くことが私たちに求められている以上、個々のマスメディア企業が中立だと声高に自己主張してもあまり説得力はない。どうせ中立なんかではありえないのだ。メディアの中立性は個々の企業ではなくメディア全体として保てばいい。建前としての中立を装うのはやめて、自らの偏向やら意図やらをきちんと説明するのが親切でもあり、また誠実でもあるのではないだろうか。


【関連情報】

MediaSabor 「あってはならない」は、あってはならない 2007/07/09


GIGAZINE「お天気カメラが核爆発の瞬間を捉えて生放送」2008/01/06


Tech Mom from Silicon Valley 2007/10/16
 「CMに富が集中する、日本のメディアのエコシステム」


レジデント初期研修用資料 「ネット時代の煽動技法」2007/09/25


CNETブログ 2007/02/24
 新聞が背負う「われわれ」はいったい誰なのか


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/548