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コメディアンによるダンテの「神曲」朗読劇がイタリア中を席巻する

<記事概要>

ロベルト・べニーニによる「神曲」朗読劇は、2月13日に最終回を迎える。最後にふさわしく、国営放送局RAIはゴールデンタイム(夜9時台)に放送することを発表した。ただしベニーニの一人舞台につきものの政治風刺は放映されない模様。途中にコマーシャルが入らない、密度の濃い「神曲」になりそうだ。

1月26日付日刊紙イル・テンポより


<解説>

ロベルト・ベニーニ。55歳。98年にアカデミー賞を受賞した「ライフ・イズ・ビューティフル」の主役として有名だが、イタリア国内では70年代初めから、脚本家、監督、コメディアンとしても幅広く活動している。

最近のベニーニの注目すべき作品といえば、やはりダンテの大叙事詩「神曲」独演会だろう。2006年夏、フィレンツェのサンタクローチェ広場を皮切りに、イタリア中の広場、屋外競技場を巡った。2007年11月からは、国営放送局RAIが放送しだした。その13回目の最終回が、この2月13日だ。

(YouTube映像 09:50)
http://www.youtube.com/watch?v=wRBoP-t4h9A 

2007年11月29日にテレビ放送された「神曲」地獄編第5章。総人口5700万人のうち1100万人が見たと言われる。


「神曲」は、14世紀始めごろに書かれた大叙事詩で、イタリアでは古典文学の最高峰とみなされている。ガイドを伴った主人公のダンテが、地獄、煉獄を経て天国に至り、神を見る(感じる)というあらましからして、宗教作品でもある。学校の授業では必ず学ぶことになっているものの、またそのせいもあってか、多くの人にとって「退屈な古典」の代名詞であったことは否定できないだろう。

その退屈なはずの古典文学が、コメディアンの手によって生き生きとよみがえった。広場は老若男女で埋まり、堅苦しさは微塵もない。ネットの掲示板で、ベニーニ版「神曲」の評価を見てみる。「難しい古典をだれにでもわかるように解説している」、「高校の古典の先生が彼だったら、神曲をもっと好きになったのに!」と、好意的もしくは絶賛する意見が目に付く。ベニーニは「神曲」を朗読する前に、得意の政治風刺で観客をリラックス、かつ舞台に集中させる。そしてそのまま「神曲」のSF的宗教世界にひきずりこむ。有能な教師だったら教室で取り入れそうな方法である。

政治風刺までする必要があるのか、という意見もある。しかし、当時イタリアの各都市がローマ教皇派と神聖ローマ帝国皇帝派に別れて争い、ダンテ自身はのちに派閥抗争にやぶれ故郷を追われた、という背景や経験が作品に散りばめられていることを考えてみよう。700年後のベニーニが、「神曲」を朗読するにあたって現代の政治批判をするのは、むしろ原作者を敬った自然な行為とも思えるのだがどうだろうか。

これだけ評判になると、当然ベニーニに対する批判もでてくる。映画監督ゼフィレッリは、「崇高な古典文学はまじめに取り組むべきで、一コメディアンにやらせるのはいかがなものか」と、高飛車ともいえる発言をして物議を呼んだ。

ベニーニのインタビュー記事などを読んでも、なぜ今ダンテなのか、はわからない。「神曲」が、当時の知識人が使っていたラテン語でなくトスカーナ語で書かれたこと、このトスカーナ語が現代イタリア語に一番近いこと、ダンテもベニーニもトスカーナ地方出身であること(ダンテはフィレンツェ、ベニーニはアレッツォ出身)は関係しているだろう。余談だが、ベニーニのトスカーナ訛りは強い。俳優が出身地のアクセントのままで映画やテレビに出るのはここイタリアでは普通のことではあるが。

ベニーニは自らを、ナショナリストではない、と断言している。この場合のナショナリストとは国粋主義者とでもいう意味だろう。しかしパトリオットというか、愛国者であることは間違いない。彼の発言を聞けばそれはすぐにわかる。

「神曲」が世界にどれだけ影響を与えたか。
イタリアの絵画、文学、建築がどれだけすばらしいか。

イタリア人が忘れているかもしれないそれらのことを、ベニーニは思い起こさせようとしているかのように見える。

イタリアのメディアでは、赤字財政問題、環境への取り組みへの遅れ、インフラの未整備など、国内のマイナス要因はすべて、近隣諸国に比べてどれだけ劣っているか、という物差しとともに語られることが多い。移民が急速に増え、他民族との共生の難しさも取りざたされるなど、グローバリゼーションの真っ只中にあって、個々人がイタリアの誇りを失わないでいることは、簡単なことではない。ベニーニの「神曲」が受け入れられたのは、大衆の「このまま行けばイタリア的なものを失ってしまう」という危機意識の現れなのかもしれない。

<参考>

日刊紙イル・テンポ
http://www.iltempo.it/spettacoli/2008/01/26/831735-show_please_proietti_torna.shtml

出版大手フェルトリネッリ社主催のインタビュー記事(イタリア語)
http://www.feltrinellieditore.it/SchedaTesti?id_testo=1014&id_int=1013

テレビ批評ブログTELE DICO IO
http://teledicoio.blogosfere.it/2007/11/benigni-recita-la-commedia-e-il-sublime-fugge-via.html

 


【関連情報】

○MediaSabor  2007/05/29
 「僕らのマエストロ、ゴー・ナガイ(永井豪)がやってきた」
http://mediasabor.jp/2007/05/post_112.html


○松岡正剛の千夜千冊『神曲』 ダンテ・アリギエーリ 2003/12/26
 ここには人文の地図があり、精神の渇望があり、文芸のすべてに及ぶ寓意が
 集約されている。それは宇宙であり、想像であり、国家であり、そして
 理念の実践のための周到なエンサイクロメディアの記譜なのだ。また、
 あらゆる信念と堕落の構造であり、すべての知の事典であって、それらの
 真摯な解放なのである。
http://www.isis.ne.jp/mnn/senya/senya0913.html


○イタリアに好奇心 「ベニーニ、ダンテを語る」 2006/08/01
http://senese.cocolog-nifty.com/koukishin/2006/08/post_e609.html


○☆THE─BREEZE☆ 「地獄の門」 2007/04/22
 1880年、フランス政府は新たな美術館を新設するにあたり、目玉とも
 言えるモニュメントを作ろうと考えた。その矛先が当たったのが当時
 「青銅時代」で一躍名を上げていたオーギュスト・ロダンだ。
 テーマは、ダンテの「神曲」をモチーフにしたレリーフを持つ扉。
 この依頼を受けたロダンは、「地獄編」に登場する「地獄の門」を作ろう
 とする。8,000枚もの膨大なデッサンを描き、ロダンの「地獄の門」
 に対する構想は迸るのを止めなかった。
http://blogs.yahoo.co.jp/aegis635/4016044.html


○AZ::Blog はんなりと、あずき色
 「サヨナラだけが人生か? グッドバイの文学」2006/03/17
 喜劇とは、逆境ではじまるかもしれないが、最後には幸せにいたるものと
 ダンテはいいます。一方、政敵に死刑宣告を受け、故郷フィレンツェから
 追放の身となるダンテ。祖国との無限の隔たり。そして正義とは無限に
 隔たった現実。隔地を転々と放浪、時には飢えもしながら、地獄篇は
 書かれたと伝えられます。
http://www.overcube.com/blog/archives/2006/03/post_477.php


○つれづれシステム管理者日記  ダンテ「神曲/地獄篇」2008/01/18
http://blog.livedoor.jp/microd_fujikawa/archives/50857992.html


○Ma chi? Maki! 「ドレ画のダンテ神曲」2008/01/14
 挿絵がギュスターヴ・ドレじゃあないですかああ!!
 ドレは19世紀に活躍したフランスの画家で、ダンテの神曲のために
 描かれた銅版画は特に有名だと思います。私は神曲「地獄編」と
 「天国編」の絵がもうもう・・・めちゃくちゃ好きで、いつか
 彼の挿絵入りの神曲を買おう!!と、心に決めていました。
http://scomu.jp/caroconiglio/archive/65


○ITスペシャリストが語る芸術 「ギュスターヴ・ドレ」2006/09/30
 いかに大画家の作品であっても、一般の人がピカソやダ・ヴィンチの絵を
 見て、大きな衝撃を受けることはあまり無いとは思う。私の場合は、
 ギュスターヴ・ドレの絵を初めて見た時に非常に感激したのを憶えている。
http://kay.air-nifty.com/art/2006/09/post_ecb6.html


○システムエンジニアの晴耕雨読   2007/12/29
 永井豪「ダンテ神曲」・・・現世は神によって人間性を試される場
http://plaza.rakuten.co.jp/sebook/diary/200712290002/


○シネマトゥデイ 2006/02/20
 「ロベルト・ベニーニ、夢でうなされたイラク戦争を映画化」
http://cinematoday.jp/page/N0007900

 

 


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