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僕らのマエストロ、ゴー・ナガイ(永井豪)がやってきた

写真は、ヴェネツィアの大運河に現れたデビルマンです。漫画界の巨匠、永井豪がヴェネツィアの地方紙記者の求めに応じて描いたもので、5月4日付地方紙イル・ガッゼッティーノ紙に載りました。ちなみに見出しは「マジンガーはヴェネツィアを救えるか」でした。高潮の被害が増え、水没の危機がささやかれる観光地の嘆きが表れています。

永井氏がイタリアを訪れたのは、4月下旬にナポリで開催されたコミックフェアに招待されたためです。5月上旬にかけてローマ、ヴェネツィアにも滞在しました。

滞在中、メディアからのインタビューは相当数あったようです。日刊紙「ラ・レプッブリカ」は特集を組んでいましたし、経済紙の「イル・ソーレ24オーレ」も文化欄にインタビュー記事を載せています。

漫画家・永井豪が、イタリアのアニメオタクにとって、いわゆる「神」であることは知っていました。しかし、大手メディアまでが彼のイタリア訪問を取り上げていたのには、正直驚きました。永井作品とともに育った世代が社会の中枢を担いつつある、ということなのでしょう。

イタリアで放映された最初の永井豪作品は「グレンダイザー」。1979年のことです(日本での放映は1975年)。その後80年代にかけて「マジンガーZ」、「グレートマジンガー」などが放送され、当時の子供たちを熱狂させます。アニメと言えばディズニーやワーナーしか知らなかった世の親たちにとっては、日本のロボットアニメは認められるものではなかったようです。戦闘シーンが暴力的で子供に悪影響を及ぼす、と考えられたからです。

今でこそコンピューターグラフィックスを駆使してアニメを製作することができますが、70年代のロボットアニメは全てが手作業だったはずです。なのに、永井氏のロボットアニメは、人間の手によるものではなくてコンピューターが描いているのだ、という声があったと聞きます。コンピューターの概念が、一般の人にとってはあいまいだったその頃の、ネガティブな都市伝説だったといえます。

永井氏はインタビューで、
「マエストロ(先生)の作品が、ヨーロッパ文化に影響された、ということはありますか」
と聞かれ、「神曲」に感銘を受け、それが作品の元になった、と答えています。「神曲」はいうまでもなく、ダンテ・アリギエリによって14世紀に書かれた大叙事詩です。

「デビルマン」の前身ともいえる、「魔王ダンテ」という漫画は、ダンテの「神曲」がモチーフなのですが、よほどの永井ファンでない限り知る人は少ないでしょう。

28年前に子供たちを熱狂させ、社会問題まで引き起こした世界的な漫画家が、実はイタリアの大詩人、ダンテの「神曲」からデビルマンを創造していた!
永井氏は事実を述べただけなのでしょうが、イタリアの人たちの自尊心をくすぐったことは間違いありません。

ともあれ、日本製アニメは70年代末から今にいたるまで、途切れることなく流入しています。放映される作品はもちろん変わってきていますが。

さて、日本のアニメが売れているのは、日本民族がいまなお持ちつづけている世界観が、今必要とされているからではないのか、と私は常々感じています。

世界観などというと大仰ですが、モノにさえ魂が宿り、神々は万能ではなく、世の中には得体のしれないナニモノカがいて、人間はそれら妖怪と共存してきた、という、思想というにはあまりにも土臭い、いわば「感覚」のようなものです。その感覚なしに、「ドラゴンボール」や「犬夜叉」や「ポケモン」が生まれ得たとは思えません。作者の方々が、「いや、どうあってもあの作品は描けた」とおっしゃるならまた別ですが。

「ドラゴンボール」の悟空は、最強の異形の敵に体力回復剤を施したり、昨日までの多くの敵をたやすく友に変えてしまう、なんとも人の良い主人公ですが、その悟空を、海外の子供たちは文句なしにヒーローと認めています。また、妖怪に恋をする中学生かごめ(「犬夜叉」の主人公)や、宇宙人と暮らす一家(「ケロロ軍曹」の日向家)に、子供たちが感じとっているのは新鮮な「癒し」なのではないでしょうか。

数十年後、この子供たちの誰かが、一国を代表する文化人や経済人になることだって、ない、とは言いきれません。

「神曲」が創作後6世紀を経て日本に紹介され、その数十年後に「神曲」から生まれたデビルマンがヴェネツィアの大運河に舞い降りたことなど、ダンテだってよもや想像していなかったでしょうから。


■関連情報

●コミックフェア、永井作品の写真
http://www.kataweb.it/multimedia/media/665162


●Il Sole 24 ore
http://www.ilsole24ore.com/art/SoleOnLine4/Tempo%20libero%20e%20Cultura/2007/04/intervista-nagai-prisco.shtml?uuid=7d88c128-f4c0-11db-95fe-00000e251029&DocRulesView=Libero


●La Repubblica
http://xl.repubblica.it/dettagliospeciale/45961


●MediaSabor  2007/07/12
 「日本を夢見るフランスのコスプレイヤーたち ─第8回ジャパン・エキスポ(Japan Expo)2007」
http://mediasabor.jp/2007/07/2007japan_expo_2007.html

●MediaSabor 「マンガ(漫画)消費大国フランスでコスプレ人気ブレイクの予感」 2007/06/14
http://mediasabor.jp/2007/06/post_128.html


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