Entry

2008年秋冬NYコレクションに見るアジア系デザイナーの台頭

 米国最大のモードの祭典、ニューヨークコレクションの主役がアジア系ファッションデザイナーに変わり始めた。中国系や韓国系の若手デザイナーが台頭。欧州の有力ブランドを任されるデザイナーも現れた。このアジアンタイフーンが浮き彫りにするのは、ニューヨーク女性の移ろいゆく気分と、日本ファッションの閉じ具合だ。

 この春、東京都内に「3.1 Phillip Lim(スリーワン フィリップ リム」の国内第1号店がオープンする。デザイナーのフィリップ・リムは中国系アメリカ人。生まれたのはタイだ。幼くしてアメリカ西海岸に移住し、大学で経営学を学んでファッションビジネスの世界へ。2005年、31歳にしてブランドを立ち上げたから、ブランド名に「3.1」と付けた。

 その才能に目を付けたのが「ユニクロ」。リムとのコラボレーション商品を開発し、ヒットさせた。「3.1フィリップ・リム」の春物は国内の有力ショップの店頭を彩り始めた。東京店はニューヨークに続く第2のショップ。ニューヨークコレクションのアジアンタイフーンは日本にも春一番を吹き込んでいる。

 20代前半の若いアジア系デザイナーも成功をつかみつつある。アレキサンダー・ワンはサンフランシスコ市生まれの中国系。まだ24歳と若いが、ファッションスクールの名門、パーソンズ・スクール・オブ・デザイン校在学中から「Alexander Wang(アレキサンダー ワン)」ブランドを旗揚げ。2007年春夏・ニューヨークコレクションでデビューを飾った。2008─2009年秋冬コレクションでは最前列をファッションメディアの大物が占め、早くも人気ブランドの勢いを感じさせた。

 中国系だけではない。「Doo.Ri(ドゥー リー)」を立ち上げたドゥー・リー・チャンは73年、韓国に生まれ、4歳でアメリカに渡った。ワンと同じくパーソンズで学んだ後、2003年にコレクションデビューを果たした。ニューヨークコレクションに参加するアジア系女性デザイナーにはアナ・スイ、ヴィヴィアン・タムといった先輩がいるが、「ドゥー・リー」は手の込んだドレープ使いや、シャーリング、ギャザーといった、布地に表情を出す手技に特徴がある。ジャージー素材を生かしたエレガントな仕上げも得意としている。

 タイ人のサクーン・パニクガルが立ち上げたブランド「THAKOON(サクーン)」は2008─2009年秋冬コレクションで最も高い評価を受けたブランドの1つ。イノセント(無垢)なたたずまいと、細部まで作り込んだ丁寧な仕立てが持ち味。映画「プラダを着た悪魔」に登場する鬼編集長のモデルになったとされる、米国「VOGUE」誌の名物編集長、アナ・ウィンターも大の「サクーン」ファンだ。ほかにもピーター・ソム、リチャード・チャイといったアジア系デザイナーがニューヨーク・コレクションに参加し、気を吐いている。

 アジア系デザイナーがニューヨークで人気を博す理由の第一は、これまでのニューヨークブランドとは異なる、しなやかで丁寧な服づくりにあるようだ。「カルバン・クライン」「ダナ・キャラン」など、かつてニューヨークを代表する存在だったブランドには、実用重視のシンプル第一主義が共通して感じられた。仕事も家庭もバリバリこなす「スーパーウーマン」が自らに買い与える「制服」「ガンバリ着」だった。

 生き馬の目を抜くビジネス社会で男性と互角以上に渡り合う女性には、それなりの装いが求められた。女っぽさを閉じこめたユニセックスのフォルム、「仕事がデキル」感を与える肩パット、早歩きしやすい膝丈スカート、無彩色の単色パンツスーツ─ ─。今でもマンハッタンの女性に多い出で立ちだ。

 しかし、ワーク・ライフ・バランスに敏感なニューヨークのビジネスウーマンは近年、ニューヨークブランド特有の機能美に愛着を感じつつも、もっとこなれた、人間味あるスタイルを求める気持ちをたくましくしてきた。その裏側にあるのは、ビジネスシーンでの自信かも知れないし、プライベートでの反省かも知れない。おそらくその両方だろう。

 アジア系新ブランドに共通する、さりげない女らしさ、ディテールの遊び、洗練の手仕事などは、「適度」という商品価値をしっかり保っている点で、ニューヨーク女性のお眼鏡にかなった。過度にゴージャスでもデコラティブでもないが、気の利いた仕掛けが程良く織り込まれ、「フツー」ではない。大量生産品でもない。見事に「空気を読んで」いるのだ。

 しかも、リーズナブルプライスという強みを持つ。手が出しやすい価格設定は、値段に敏感なニューヨーク女性の心をつかんだ。高給をもらうエグゼクティブ女性だから、価格に無頓着だと思うのは間違い。アウトレットのはしりはニューヨーク郊外だったし、マンハッタンには高級ブランドのディスカウントストアが何軒もある。アジア系新ブランドは絶妙の値付けで、新たな価格ゾーンを提案した点でも、これまでのニューヨークブランドと異なると言える。

 欧州ブランドを任される、ニューヨークのアジア系デザイナーも現れた。イタリアの人気ブランド「TOD'S(トッズ)」のクリエイティブ・ディレクターに就いたのがデレク・ラム。中国系アメリカ人のデザイナーだ。

 自らの名を冠したブランド「DEREK LAM.(デレク ラム)」を、ニューヨークコレクションで発表し続けている。上品なテイストのドレスが得意で、今ではニューヨークを代表するドレスブランドに成長した。

 「トッズ」は靴に強みを持つブランドだが、近年はウエアにも進出。ミラノコレクションに参加している。レディースウエアを手がけるのはもちろん、ラムだ。

 「ジバンシィ」が1996年にアレキサンダー・マックイーンをデザイナーに起用したとき、フランスが誇る老舗が英国出身の鬼才を迎えたことに驚きが走った。「グッチ」がトム・フォードを抜擢した際も欧州屈指の有力メゾンに米国人が乗り込んだとして話題をまいた。しかし、両ブランドの目が正しかったことはその後の両ブランドの成功が証明している。

 ただ、これまでは国こそ違っても、欧米出身、非アジアのデザイナーが同じく欧米・非アジアのブランドを任されてきた。欧米とアジアの壁は乗り越えられずにいた。日本人の高田賢三が興したブランド「KENZO(ケンゾー)」を、現在はイタリア生まれのアントニオ・マラスが任されているという、逆のケースは既に実現している。今後、ラムのように世界へフィールドを広げる、ニューヨーク発のアジア系デザイナーが相次ぎそうな気配だ。

 しかし、目を日本に転じると、東京コレクションの花形ブランドだった「ドレスキャンプ」が次のパリでデビューを飾るものの、ニューヨークでのアジアンタイフーンのような目覚ましい動きは感じ取れない。日本人デザイナーが欧州ブランドを任されるといったうれしいニュースも耳にしない。日本ブランドが欧米に相次いで新ショップを開くという話も聞かない。

 英語の壁だけが問題ではないだろう。ファッションは視覚言語だ。私たち日本人にも欧米ファッションは美しく感じられる。「バーニーズ ニューヨーク」本店に日本の「アンダーカバー」や「サカイ」などの比較的若いブランドが古参の「コムデギャルソン」や「ヨージ ヤマモト」などと並んで置かれ始めたのは頼もしくもうれしい限りだ。ただ、そのそよ風はニューヨーク発の台風に見劣りする。

 3月中旬の東京コレクションは国内最大のモードイベントだ。しかし、時期や規模、海外メディア受け入れ、英語情報発信などの面で、世界の4大コレクションに比べれば、まだまだ見直しが求められる点は多い。日本モードの情報は海外ではあまりにも乏しい。「ドメスティック(国内)ブランド」は近年、人気が高まり、ファンの厚みも増した。だが、日本人が日本人だけを相手にしていたのでは、マーケットは縮む。最も競争の厳しい中価格帯で響くジャパンブランドの海外雄飛を期待したい。

 

【関連情報】

○Style.com:(Fashion Shows)
http://www.style.com/fashionshows

○MODE PRESS
 【動画】<08/09年秋冬ニューヨーク・コレクション>デレク・ラム、新作を語る
http://www.afpbb.com/fashion/2656126

○MODE PRESS
 【動画】<08/09年秋冬ニューヨーク・コレクション>ドゥーリー、新作を語る
http://www.afpbb.com/fashion/2627211

○3.1 Phillip Lim F/W 2008 runway show (YouTube映像 02:01)
http://jp.youtube.com/watch?v=BuYxNvrpVAs

○Thakoon F/W 2008 runway show (YouTube映像 02:02)
http://jp.youtube.com/watch?v=20qkLVk7x_c

○ALEXANDER WANG RUNWAY REMIX (YouTube映像 01:33)
http://jp.youtube.com/watch?v=OKUDayIOkpg

○JAPAN FASHION WEEK in TOKYO 2008
http://www.jfw.jp/

○CFD-東京ファッションデザイナー協議会
http://www.cfd.or.jp/

 

【編集部ピックアップ関連情報】

○マンハッタン日記  2008/02/05
 「2008年秋冬 ニューヨーク・コレクションに見られるトレンド」
http://blogs.yahoo.co.jp/manhattan_arbitrage/31853056.html


○ブランドファッション通信  2008/01/09
 ユニクロD.I.P第3弾は「ティムハミルトン」「アレキサンダーワン」
http://brandbanzai.seesaa.net/article/77387386.html


○HOED 「ALEXANDER WANG」 2007/09/18
 決して最先端をイッてるわけじゃないんだけど、あったらいいなと思う
 モノを形にして絶妙なバランス感覚を発揮してる今期のALEXANDER WANG。
http://blog.hoed.jp/?eid=496723


○wabi's セレクション 「3.1 phillip limの秘密」2007/09/12
 普通、「これを使ってたらもっとお高いんじゃないっすか?」ってな生地を
 たっぷり使っているので、着ていて本当に気持ちが良いのがしばらしい。
http://wabis.exblog.jp/6155375/


○アナ・ウィンター (NEWトピックス) 2008/03/11
 スタジオでつくりあげられたファッションだけでなく、仕事もプライベートも
 充実し、プライドとお金、そして都会的な感性を持った現代女性のリアルな
 美しさを抜群のセンスで誌面にし、信奉者といえる女性読者を勝ち得て膨大な
 広告収入も実現させた実力者だ。
http://www.artifata.com/magazine/topics/2008/03/post_18.html


○Groovin' High  ネットで変わる米国の「次世代広告」 2007/05/13
http://blog.saishu.jp/archives/50948949.html


○福田淳 タブロイド007 「最低が教えてくれる最高の仕事」2006/11/25
 ◆絶大な権力を誇る編集長ミランダ・プリーストリーの鉄のルール◆
 ・トップ・ファッション誌のスタッフとして、常にトレンドを意識した
   ファッション、メイクでいること。靴はピンヒール。
 ・ファッションが映えるよう、モデル体型でいること。食事はサラダだけ。
   こってりした食べ物は厳禁。
 ・ミランダの命令は絶対服従、すべてが大至急。チャーター機を出せというなら、
   たとえ嵐の日曜日の夜でも飛ばさなくてはならない。
 ・指定のコーヒーとペストリーをあつあつの状態で出せるように、ミランダの
   出社を見計らって毎朝何度でもスターバックスに走らなくてはならない。
http://tabloid-007.com/archives/50765536.html


○さくらの映画スイッチ 「プラダを着た悪魔」2006/11/22
 「プラダ」も、その姉妹ブランド「ミュウミュウ」も、もちろん登場する。
 ニューヨークを舞台に独身キャリアウーマン達を描いた人気ドラマ
 『Sex and the City Season6』で、“ニューヨークでプラダのプレゼントを
 喜ばない女はいないだろう”とナレーションがはいったくらい、ニューヨーク
 での「プラダ」のブランドイメージはイイようだ。
http://movie-sakura.cocolog-nifty.com/blog/2006/11/post_ebae.html


○映画「プラダを着た悪魔」The Devil Wears Prada Trailer
  (YouTube映像 02:10)
http://jp.youtube.com/watch?v=EKDkJjwACxk


○WIRED VISION  2008/03/10
 「セクハラ」と「ワークライフバランス」の差異に何を見るか
 現在CSRヒットチャートを赤丸急上昇中の「ワークライフバランス」。
 仕事と家庭生活の均衡をとれる労働環境をつくろうという運動。主に
 雇用主である企業の責任の問題として語られます。
http://wiredvision.jp/blog/fujii/200803/200803101000.html


○CNET  2008/03/10
 ワークライフバランス「根付かない」が約半数--業務効率化には社員・
 企業ともに努力が必要
http://japan.cnet.com/research/column/insight/per/story/0,2000091177,20368998,00.htm

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/602