Entry

イタリアに「2ちゃんねる」がないワケ

 3月1日、コバルト60という放射性物質の混入した鋼材が中国から輸入されていたことが明るみに出、警察が輸入ステンレス鋼材30トンを押収した。

 イタリア国内では大問題になるのかと思いきや、期待したほどメディアは取り上げていない。大手メディアが取り上げなくても、ネット上では問題提起がされ、議論されているのだろう、と思い検索してみたが、そう活発でもない様子。検索しながら思い当たったのは、そういえばここには巨大掲示板というものがないのだ、ということだった。

 「フォーラム」と呼ばれる、いわゆる掲示板は確かにあるのだが、どれもテーマごとに特化されたものだ。アニメ専用だったり、音楽専用だったり。それらが、すべて別個のものとして存在しているだけで、「2ちゃんねる」のような、どんなテーマをも網羅するような巨大掲示板は、ない。

 欲しい商品を探しに、東急ハンズにとりあえず行き、建物の入口で該当するフロアを見つけてそこに赴くのと、どこで売っているかわからないので、とにかく商店街のめぼしい小売店を片っ端からあたってみることとの違いに似ている。

 ただし、運良く該当する小売店があったとしても、小売店が運営する友の会会員にならないと陳列したものに触ることすらできない。

 つまり、通りすがりの新参者は、すぐには議論に参加できないのが普通だ。
 無責任な書きなぐりを許さない、このハードルの高さは何に由来するのだろう。発言には責任を持つべし、という不文律がここの社会にはある、と考えるべきなのか。その規範が日本に比べて厳しいのか。

 考えても結論はでてこないので、ここでは別のことを挙げようと思う。キリスト教にかかわりのあることばを核とする、「神への冒涜とされることば」(以下、「冒涜語」という)の存在と、法的・社会的なそれへの対処のしかたが、そのカギではないか、ということだ。

 ここでいう冒涜語は、話者が聞き手にあきらかな悪意を持って放つ罵倒語(これはこれで大変なバリエーションなのだが)とは違って、明確な攻撃対象はいない。「神」や「イエス」や「聖母マリア」などのキリスト教における固有名詞と、侮蔑的なことばとの組み合わせでできたものが多い。例えば、「豚」や「犬」、「売春婦」といった単語に、聖なる固有名詞を繋げたもの、などがある。どういうときに使うのか、といえば、最悪の状況に陥ったときに思わず口にしてしまうものといえば想像できるだろうか。

 特定の個人を誹謗するものではないのだが、モラルに欠けるとして最も嫌われるものである。

 ネットの上での冒涜語にまつわる、実際に起きた出来事を紹介する。

 2006年の11月に、消費者団体のサイト内にあった掲示板が、裁判所の命令で強制的に削除される、という事件があった。問題とされたのは、キリスト教を中傷するような文や冒涜語があったスレッドで、訴えたのはキリスト教関係者。裁判の進行が遅々としてはかどらないことでは有名なイタリアの司法が、異例の速さでスレッドを削除させた。しかし、削除を求めたその法的根拠をめぐって、いまだ争いは続いている。

 実際1999年まで、公の場で冒涜語を口にすることは、刑法に明文化されたあきらかな犯罪だったが、現在では犯罪とはみなされていない(ただし罰金をとられる可能性は今でもある)。

 法的な扱いがどう変われど、冒涜語を口にしてはいけない、というタブーがなくなることはないように思う。一方、イタリア人の日常会話の語彙からそれらが消えてなくなることもないだろう。

 そう考えると、正体のわからない「名無しさん」を掲示板に野放しにするわけにはいかないのだろう。まして管理が行き届きそうにない「2ちゃんねる」型の掲示板ならなおさらのことだ。

 しかし、おもしろいもので、別の場所で冒涜語をあえて披露しようとする人々がいるようなのだ。

 「冒涜語教室」というタイトルで冒涜語を羅列しただけのものが、動画サイトYouTubeに多数アップされている。こういうのを「ガス抜き」というのだろうか。

そのうちのひとつ。(YouTube映像 04:24)
http://it.youtube.com/watch?v=j1zmqYu4zps
(イタリア語)

 タイトルに注意を払っていれば、敬虔な信者が偶然耳にして不快な思いをすることはない、ということなのか、1年にわたって掲載され続けているものもある。

 敷居が高く、かつ小規模な掲示板ばかりの国と、その巨大さと匿名性から社会問題を引き起こすこともある掲示板のある国と、利用者にとってどちらがいいのかはさておき、為政者にとって都合がいいのは前者であることは確かなようだ。

 


【編集部ピックアップ関連情報】

○MediaSabor  2007/06/25
 「インターネットの普及でジャーナリストの情報収集法はどう変わったか」
http://mediasabor.jp/2007/06/post_140.html


○WIRED VISION  2007/05/10
 日本人の本音が分かる、巨大掲示板『2ちゃんねる』
http://wiredvision.jp/news/200705/2007051019.html


○小野和俊のブログ  2007/03/16
 「IT業界の大企業での生々しい話を5つほど」
 2ch へのアクセス禁止で開発効率が大幅に低下
http://blog.livedoor.jp/lalha/archives/50156986.html


○デジモノに埋もれる日々 2007/01/21
 「慣習が生み出す情報連鎖─2ちゃんねる型スレッド管理のしくみ」
http://c-kom.homeip.net/review/blog/archives/2007/01/post_320.html


○ITmedia News  2006/12/01
 ひろゆき氏「Web2.0はカネにならない」 
 モバゲー&GREE「携帯はこれから」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0612/01/news015.html


○ITmedia News  2006/03/13
 ひろゆき氏「市民メディアはマスコミに勝てない」
http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0603/13/news023.html


○INTERNET Watch「2ちゃんねる入門リンク集2007」
http://internet.watch.impress.co.jp/static/link/2007/07/13/


○海岸にて「イタリアで中国製鋼材から」 2008-03-02
 この先は、中国製鋼材など「素材」も心配しなければならなくなりそうです。
 家庭用に加工されるものは大丈夫なのだろうか、工業製品用とはいっても
 そのタンクで貯蔵される「もの」があるわけですから、それらへの影響は
 ないのだろうか。また、日本に輸入されているものはどうなのだろうか?と、
 疑問は多々残ります。
http://flouria-w.de-blog.jp/blogseagull05/2008/03/post_ec1a.html


○半角カナのように 2008/03/04
 中国製品異物混入事件、今度はイタリアで「中国産ステンレス鋼から
 放射性物質」
http://blog.goo.ne.jp/halt387/e/b2231494183767486d9d743eb66fc4ca


○不埒な天国─Paradiso Irragionevole─
 「Il dizionario di bestemia giapponese」2007/01/06
 何気ない会話の中でイタリア人によく聞かれるのは
 「この言い回し(罵詈雑言の類)って日本語に訳したらどうなるの?」
 「日本語の罵詈雑言を教えて」なんてこと。
http://albero4.blogzine.jp/paradiso_irragionevole/2007/01/il_dizionario_d.html

 

 


  • いただいたトラックバックは、編集部が内容を確認した上で掲載いたしますので、多少、時間がかかる場合があることをご了承ください。
    記事と全く関連性のないもの、明らかな誹謗中傷とおぼしきもの等につきましては掲載いたしません。公序良俗に反するサイトからの発信と判断された場合も同様です。
  • 本文中でトラックバック先記事のURLを記載していないブログからのトラックバックは無効とさせていただきます。トラックバックをされる際は、必ず該当のMediaSabor記事URLをエントリー中にご記載ください。
  • 外部からアクセスできない企業内ネットワークのイントラネット内などからのトラックバックは禁止とします。
  • トラックバックとして表示されている文章及び、リンクされているWebページは、この記事にリンクしている第三者が作成したものです。
    内容や安全性について株式会社メディアサボールでは一切の責任を負いませんのでご了承ください。
トラックバックURL
http://mediasabor.jp/mt/mt-tb.cgi/604